ヒヒイロカネについての伝説、検証

ヒヒイロカネは、太古日本で様々な用途で使われていたとされる、伝説の金属または合金。緋緋色金、日緋色金とも表記し、火廣金(ヒヒロカネ)、ヒヒイロガネ、ヒヒイロノカネとも呼称し、青生生魂(アポイタカラ)はヒヒイロカネを指すといわれる。現代の様々なフィクションにも登場する。

竹内文献には謎の金属が登場する。
それは、火炎のゆらめきにも似て朱くかがやき、けっして、 錆びることのない金属。比重は金よりも軽く、その純粋な物は鉄よりも柔らかだが、合金すると、プラチナよりも硬くなるという、まぼろしの金属が、ヒヒイロカネである。 
ヒヒイロカネで造られた茶釜で湯を沸かすと、木の葉数枚の燃料で湯が沸騰するというのである。
このヒヒイロカネは、カカコノ山で産出したという。

ヒヒイロカネについての記述がある竹内文献についても調べてみた。
竹内文献とは、越中富山(富山市)の御皇城山(おみじんやまー現在の呉羽山)にあった、皇祖皇太神宮(こうそこうたいじんぐう)に伝わった古文書類である。
竹内文献には、奇妙な文字で書かれた古文書と、これも奇妙な機器類があった。この古文書をさして「竹内文書」といい、機器類を「御神宝(ごじんぽう)」といい、この総称を「竹内文献」と呼ぶ。
「竹内文書」は元は神代文字で書かれていたが、平群真鳥が、漢字・カナ混じり文に書き改め、竹内家ではこれを四代ごとに筆写し、代々、秘密裏に伝えてきた。
「御神宝」と呼ばれる機器類には、謎の金属「ヒヒイロカネ」で造られた皇室の三種の神器である鏡・刀剣、また、古代文字が彫り込まれた石や、天皇の骨で造ったという神骨像など数千点にも上るおびただしい量の物だった。
「竹内文書」には超古代の歴史が記されており、それは日本だけでなく、世界全体を対象とした地球規模の壮大な文明の存在だった。
日本の正史・日本書紀では歴史は神武天皇に始まる。
だが竹内文献では、神武天皇以前にウガヤ・フキアエズ朝72代、それ以前に25代・436世にわたる上古代があり、さらにその前にも天神7代の神の時代があったといい、過去3000億年にさかのぼる奇怪な歴史が語られていた。

精製されたヒヒイロカネは朱色をしており、これで作られた刀の記述もちらほら見受けられる。

正体は岩手県から発掘された餅鉄といわれる磁鉄鉱の塊だともいわれる。しかし竹内文書によれば陸奥のカカノコ山が原産だといわれる。また、隕鉄であるという説もあるようだ。

ここでヒヒイロカネについての仮説を立てたいと思う。

ヒヒイロカネというのは失われし技術(オーパーツ)であるという説があるが、おそらくニッケルクロム系の合金で、今のステンレスだろうという説が1番有力だ。隕鉄の成分とには3-11%のニッケルを含んでいる。そして岩手県釜石市でよく取れる餅鉄の成分の60%以上は酸化鉄であり、不純物が少なく砂鉄に比べ、鉄にしやすい。これらをあわせて、偶然にクロム18%-ニッケル8%の合金が出来上がったという説だ。
しかし、個人的に調べていくうちに合金説は違うのではないかとも考えている。
理由としては3つあげられる。まず一つはその時代には確かに優れたものだったが、唯一無二のというほどまで希少ではなかった。それこそ、偶然にもできた合金ならば化合率を常に一定にして精製することが当時の科学力でできたのかという疑問。二つ目は、このヒヒイロカネというのが西洋のオリハルコンに当たるという点だ。これを考えるにあたり、オリハルコンについて調べた。 プラトンのアトランティス伝説におけるオリハルコンは、武器としては使われておらず、硬さ・丈夫さよりも、希少価値が謳われていた。オリハルコンは、真鍮(黄銅)・青銅・赤銅などの銅系合金、黄銅鉱や青銅鉱などの天然の鉱石、あるいは銅そのものと解釈する説が最有力であるが、鉄、琥珀、石英、ダイヤモンド、白金、フレスコ画用の顔料、アルミニウム、絹など、種々の解釈があった。またアトランティス伝説と同様に架空の存在とする説も多かった。このように偶然出来た産物というよりも、その時代に存在していた今の時代の金属の名前が違ったものだったのではないかと考えた。三つ目は、ステンレス鋼ではないと思う理由だ。ヒヒイロカネの説明として木の葉数枚でお湯が沸騰するというものだが、これは熱伝導率が高い証拠である。しかしながらステンレス鋼の熱伝導率を調べてみると、ステンレスよりも、この時代にあった銅の方が熱伝導率が高いのだ。このことから、私はヒヒイロカネは運良く合成され、その製法が細かく記述されちゃんとやれば誰でも精製できた今は失われて見つかっていない新たな合金か、それこそ今はありふれた金属だったが、昔の人からしたら素晴らしいものに感じたか、架空の存在かだと結論づけた。