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【声劇】タブラ=ラサ(4人用)
利用規約:https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
上演の際は、作者名とリンクの記載をお願いします。
初投稿なので、どうぞ温かい目でみていただけると幸いです。
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【配役表】♂:♀=2:2
ジェイ:8歳の女の子。拘置所の近くの療育所で暮らす。明るく活発で素直。本を読むのが好き。
エル:36歳の男性。8年前、9人を殺した咎で服役している死刑囚。
キー・テイラー:32歳の女性。療育所の職員。ジェイが赤子の時からお世話をしている。
ロック・グレン:37歳の男性。死刑囚エルを見張る刑務官。強面でぶっきらぼうだが、情には篤い。
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【あらすじ】
とある療育所にて、ジェイは、母代わりのキーとともに幸せに暮らしていた。不自由なく、まっすぐに育っていくジェイだったが、彼女には、ある秘密があった…。子どもは知りたいことも知りたくないことも呑みこんで、大人になっていく。
【本編】
ジェイ(N):…アイは、お父さんと二人で、しあわせにくらしていました。お父さんは、お仕事でつかれていても、家に帰ると、いつもアイと遊んでくれます。アイは、そんなお父さんのことが、大好きでした。しかし…ある日、アイのお父さんは、仕事に行ったきり、帰ってきませんでした。
【刑務官のロック・グレンは、各独房の前を目を光らせながら通り過ぎていく】
グレン(N):ここは、「拘置所」。死刑が確定し、執行を待つ者が収容されている。そして、その中で最も執行期日が迫った者…それが、
エル:…ん、その足音は、ロックじゃないか
グレン:…勝手に口を開くな、エル
エル:はいはい、お前さんも堅いね
グレン:それ以上しゃべると「報告」するぞ
エル:まあ待ってくれよ…一つ聞いてほしいことがあってな、
グレン:(眉間にしわを寄せている)…
エル:どうせもうすぐこの世とおさらばすんだ、最後ぐらいいいだろ
グレン:はぁ……一分だ、要点をまとめて話せ
エル:ふふっ、はいはい
エル:…俺にはな、かわいいかわいい娘がいるんだ。ちょうど俺が収監される時に連れてこられて、今もおそらく、この近くの療育所で暮らしていると思うんだがな…
グレン:…時間だ——
エル:——まあ待てよ、その娘にな
グレン:…会いたい、と?
エル:いんや、その逆だ
グレン:逆?
エル:あぁ…あいつがもし生きていたら、俺のことは一切話さないでほしい。
グレン:娘さんに、お前のことを認知させるな、と?
エル:ああ
グレン:…そういうわけにはいかない。ある程度の年齢になったら、親のことは認知させるのが決まりだ。もうおそらく知っているのではないか?
エル:…いや…どうだかな
グレン:…?
エル:ふっ、簡単なことだろ?俺の存在なんて、あいつにとって足枷にしかならない。
死刑囚が実の父なんて知ったら、どう思う?
グレン:…お前の娘に、お前のことを話すな…ということだな
エル:そうだ…あいつの未来のためだ。反対はしまい。
グレン:……エル
エル:なんだ?
グレン:療育所に連絡を取ってみる。娘さんの名前を教えてくれ。
エル:……ない
グレン:え?
エル:名前は、わからない
グレン:名前がわからないだと?忘れたのか。
エル:…まあ、そんなところだ。
グレン:っ…まあいい、わかった。それで調べてみる。
【同時期 療育所の一室】
テイラー:(ドアを開く)ジェイー?そろそろ寝る時間よ〜
テイラー:あら〜?あの子どこ行ったのかしら、ジェイー?
ジェイ:(小さな声)ふふっ…今日こそは見つかんないもんねっ!
テイラー:…ふふっ、み〜つけたっ!
ジェイ:うわぁっ!え〜!もうちょっとかかると思ったのに!
テイラー:もう、何回目だと思ってるのよ。あなたの隠れる場所はだいだいわかるわ?
ジェイ:えー!つまんないなぁ
テイラー:ジェイ?明日もあるんだし、寝ないとでしょ?
ジェイ:んー…じゃあキー、昨日の本の続き読んでよ!
テイラー:? ダメよ、もうこんな時間——
ジェイ:——だって気になって寝られないんだもん!読んでくれたら寝るから!お願い!
テイラー:…仕方ない子ね、いらっしゃい。
ジェイ:はーい!
テイラー:えっと…どこまで読んだかしら
ジェイ:えっとね…たしか、アイのお父さんがいなくなっちゃうところだよ!
テイラー:ええ、そうね…あ、ここだわ。
テイラー:「アイは、お父さんと二人で暮らしています。」…「ある日、アイのお父さんは、仕事で家を出たっきりで、夕方になっても、帰ってきませんでした。」…「アイは、だんだんと、しんぱいになってきました。どこにいったんだろう?いつ、かえってくるんだろう、と思いました。」
ジェイ:ねえキー、ジェイも、いつか、お父さんに会える?
テイラー:……そうね、きっと、会えるわよ。
ジェイ:えへへっ!楽しみだなぁー!
ジェイ(N):きょうは、キーといっしょに、本の続きをよみました。アイのお父さんも、わたしのお父さんも、いっしょに、かえってくるといいな…。
【しばらく間を空ける】
ジェイ:(寝息を立てて)すう…すう…
テイラー:おやすみ、ジェイ…(ドアを閉める)
テイラー(N):…ここは、刑務所や拘置所の近くにある施設。親が服役している子どもたちが暮らしているの。ジェイは赤ちゃんの時にやってきて、以来ずっとここで暮らしているわ。
テイラー:ジェイ…あなたは、まっとうに生きて、幸せになって。…お願いよ…
【その時、療育所内の電話が鳴る】
テイラー:はい、こちら療育所、キー・テイラーです。
グレン:夜分にすみません、刑務官のロック・グレンです。一つお聞きしたいことがあるのですがよろしいですか?
テイラー:はい、どうぞ
グレン:そちらに、名前のわからない状態で入所した、女の子の情報はありませんか?
テイラー:……!
グレン:…もしもし?
テイラー:…明日、こちらにいらしてください。そこで書類をお見せしますね。
グレン:わかりました。お伺いします。
【電話を切る】
テイラー:…ふぅ。……名前のない女の子…。刑務官さん…。
【次の日 療育所内 応接室】
グレン:よろしくお願いします。
テイラー:はい、こちらこそ
テイラー:施設内で名前がわかっていないのは、この子だけになります。資料は閲覧のみでお願いします。
グレン:わかりました。…身元不明人…この書類上にも名前はないんですか?
テイラー:はい、施設内では仮に「ジェイ」という名前をつけて呼んでいます。
グレン:ジェイ…どんな子どもなんです?
テイラー:とてもいい子なんです。うそもつかないし、いつも明るく礼儀正しくて…たまにちょっといたずらをしますがね。
グレン:ふふっ、そうなんですね
テイラー:ええ、かくれんぼとか、本を読むのが好きで、いつも一緒に遊んでるんです。生まれてからずっとここにいるので、もうなんでも話しますよ。
グレン:テイラーさん、彼女のこと、とても大切になさってるんですね
テイラー:ええ、ええ…そう、とても大切にしているんです!
グレン:…
グレン:テイラーさん、また何かあったら、連絡取り合いましょう。
テイラー:…っ、はい、ありがとうございます。
【療育所内 ジェイの部屋】
ジェイ:…キー、おそいな…おしごと、たいへんなのかな
ジェイ:いいやっ、キーが来るまえにつづきよんじゃうもんね!
ジェイ:んーと…「アイは、日がくれても、お父さんをまちつづけました。ついに、いてもたってもいられず、お父さんを、さがしにいくことにしました。しかし、アイは、お父さんの仕事がなにか、知りません。だから、とにかく、いろんな人にたずねてみることにしました。」…
【拘置所内の一室 グレンはエルに聞き取りをしている】
グレン(N):エルがはじめに手をかけたのは、母親だったそうだ。その次は、はじめてできた友人、その後…立て続けに、人を選んで殺していった。
エル:9人目は…そうだな、髪のキレイな女だった。
グレン:…エミリーさん、だったか?
エル:ああ、そいつは俺の噂を聞きつけて、わざわざ会いに来たんだ。
グレン:噂?
エル:そうだ…俺に頼めば「消してくれる」って噂をな
グレン:…では、エミリーさんも…初めから殺すつもりでいたと。
エル:ああ…
エル:最初はすぐに殺してやるつもりだった。…だが、どうも踏ん切りがつかなかった。逢瀬を重ねて……気がついたら、俺はあいつを、愛していた。
グレン:…
エル:そうしたら、あいつがな…妊娠したんだよ、
グレン:…お前の「娘」さんを?
エル:そうだ…
グレン:…エル
エル:なんだ。
グレン:なぜ…エミリーさんを殺した?
エル:言っただろう、あいつは俺に消してもらいに来たんだ。
グレン:だが、エミリーさんにはもう、消えたい理由なんてなかった筈だろう!愛した人間との子どもができて、幸せに暮らせると思っただろうに、なぜ殺したんだ!
エル:……あいつが、母親になりやがったからだ
グレン:…母親になったから、だと?
エル:……すべては、俺を生んだ女のせいだ。おそらくあれは心を患っていたんだろう。家事が全く出来なくて、会話だってほとんどなかった。そのくせ気に入らないことがあると、いつも俺を殴り、罵声を浴びせる。
エル:呂律が回らなくて、何を言っているのかわからないこともあった。だが、幼いながら、自分が望まれていないことだけはわかった…
グレン:……
エル:子どもってのは親を選べないんだ。なのに子どもは、与えられた親のもとで生きていくしかない。親に望まれないのなら、生きていたってしかたがない…
グレン:…お前がこうなったのは、母親のせいなのか。
エル:…そうかもな
エル:エミリーは、娘を産んで、母親になりやがった。あいつと、同じような…だから…
グレン:…こんなことをあまり聞きたくはないが、
エル:…?
グレン:エミリーさんは殺しても…娘さんは…殺さなかったんだな
エル:あいつは、まだ俺にとって脅威ではなかった。だから、放っておいた。
グレン:…お前のことをまだ記憶できなかったから、殺さなかったのか?
エル:…(2、3度、ゆっくりうなづく)
グレン:では、娘さんがもう少し大きかったら…
エル:10人目になっていただろうな
グレン:っ…
エル:…なあロック、俺からも一つ聞かせてくれよ
グレン:…なんだ?
エル:…娘は、俺に似ると思うか?
グレン:っ…どういうことだ
エル:あいつの血の半分は俺からのもの。ってことは、このどうしようもない俺の遺伝子が、あいつの体にも入っているんだろう?
エル:娘がもし人殺しになったら、間違いなく俺のせいだ。あいつもきっと、まっとうな人生なんて、歩めないんだろう。
【療育所内 ジェイの部屋】
ジェイ(N):…「アイは、いろんなひとに聞きました。『アイのお父さん、どこに行ったか、知りませんか?』『ずっと、ずっと探しているんです。』しかし、だれも、首をよこにふるだけで、アイに教えてくれません。」
ジェイ(N):「アイは、とにかく走りました。お父さんがどこにいるかなんて、わからないままで、とにかく、目の前の道を、走りました。」
ジェイ:…そうだ!…わたしも、会いに行ってみよう。大丈夫よ!そうしたらアイも、わたしも、きっとお父さんに会えるわ!
【グレンの部屋】【筋トレをしている】
グレン:ふっ…、んっ…
【回想】
エル:あいつの血の半分は俺からのもの。
エル:娘がもし人殺しになったら、間違いなく俺のせいだ。あいつもきっと、まっとうな人生なんて、歩めないんだろう。
【回想終了】
グレン:…っ!
グレン(N):昨日テイラーさんに見せてもらったジェイの写真。彼女の目、口元は、明らかにエルから受け継いだものだった。だが…ジェイは…
【コンコンとノックする音】
グレン:っ…はい、どうぞ
テイラー:グレンさん、いま大丈——(目を背けて)っ、ごめんなさい
グレン:、…すまない(シャツを着て)…どうしたんだ?
テイラー:聞いてほしいことがあって…ジェイのことよ
グレン:…?
テイラー:グレンさん、あなたは、「エル」を知ってるわね?
グレン:…ああ、もしやとは思っていたが…
テイラー:…そう、あの子の父親は、「エル」なの。ジェイにはまだ、伝えられていないわ。
グレン:…そうか、伝えたところで受け入れるのは難しいだろうな。
テイラー:ええ…
テイラー:あの子ね、ずっと「お父さんに会いたい」って言うの。けど知らせたら、あの子はきっとショックを受けるわ…だからいっそ、このまま知らせないほうが、彼女のためになるんじゃないかって思って…どうしたら良いのか分からなくて
グレン:…テイラーさん、不思議なことを聞くかもしれない、いいか?
テイラー:…ええ、
グレン:あなたの性格や行動は、誰に似た?
テイラー:…1番は親よ、私の性格は母親似で、顔は父親に似ているわ。顔の形、体質、身長…親から受け継がれるものは沢山あるわね。
グレン:……私もだ。目元は母親似だが、性格は父親によく似ていると言われて育ってきた。
テイラー:(近づいていって)…たしかに、あなたって、優しい目をしているわね
グレン:はは、昔は気恥ずかしかったんだが、今は誇りに思うよ
テイラー:ふふっ、そうね…遺伝、か
テイラー:でも、遺伝だけで全ては決まらないはずよ。あの子を見てるといつもそう思うの。
グレン:ああ、そうだ。子どもと親を一緒にしちゃあいけない。
テイラー:そう…
テイラー:でもね、私、ジェイを見ているとたまに怖くなるの。あの子の中には、エルの血が入っているんだって…。私、ダメよね、子どもと親は別なのに…どうしてもあの子に、父親の姿を重ねてしまう…
グレン:……それは、仕方ないと思う。きっとこの先、彼女がここを出たら、いやでもそんな視線を浴びるだろう。
テイラー:ええ、ジェイ…ちゃんと生きていけるかしら
グレン:…保障はできないさ。だから、私は…彼女に教えておくべきなんじゃないかと思うよ。
テイラー:教える…?
グレン:彼女に、エルのことを。…受け入れるのに時間はかかるはずさ、でも、彼女だってきっと、真実を知りたいよ。
テイラー:…すこし、考えさせて
グレン:ああ、そうだな。
ジェイ(N):…「アイは、いろんなひとに聞きました。『アイのお父さん、どこに行ったか、知りませんか?』『ずっと、ずっと探しているんです。』しかし、だれも、首をよこにふるだけで、アイに教えてくれません。」
【次の日 拘置所の一室】
エル:あと何日になるかね…
グレン:…3日だな、お前の命は、
エル:…ふっ、残酷なもんだ
エル:…そういえば、娘のこと。なんかわかったかい?
グレン:…いいや、何も。わかってもお前に話すことはないがな。
エル:っ…つれないねえ
【その時 グレンの電話が鳴る】
グレン:っ、なんだ?
エル:脱走者か?
グレン:っ…くそ、話はあとだ!
エル:はいはい
グレン:…もしもし?
テイラー:グレンさん、急にごめんなさい!ジェイが、ジェイがいなくなったの!!
グレン:っ…!なんだって?
テイラー:療育所の中はみんな探したわ!でも、どうしても見つからないの…
グレン:わかった、ひとまず落ち着け。私も探す!切るぞ!
テイラー:ええ、ありがとう
【電話を切る】
テイラー:っジェイ―っ!!どこにいるの!?いるなら返事をして!!
【拘置所の中】
ジェイ:…はぁっ、…はぁっ…
ジェイ(N):「アイは、とにかく走りました。お父さんがどこにいるかなんて、わからないままで、とにかく、目の前の道を、走りました。」
グレン:…っ!?今のは…っ待て!!
ジェイ:っ…おまわりさ——
グレン:きみ、だめじゃないか!!ここは危険だ。早く元の場所に帰りなさい。
ジェイ:やだ!!お父さんに会いたい!!
グレン:っ…お父さんに?
ジェイ:ジェイのお父さん!ここにいるかもしれない!だから、会いに来たの!
グレン:…君の名前は?
ジェイ:ジェイ…です!
グレン:ジェイ…!?
【回想】
テイラー:グレンさん、あなたは、死刑囚の「エル」を知ってるわね?あの子の父親は、「エル」なの。ジェイにはまだ、伝えられていないわ。
【回想終了】
グレン:…っ
ジェイ:おまわりさん?
グレン:…ジェイ、ここにあなたのお父さんはいない。送ってあげるから、療育所に戻ろう。
ジェイ:…
グレン:…ジェイ?
ジェイ:なんで…?
グレン:え?
ジェイ:なんで、だれも…お父さんのこと、教えてくれないの?
グレン:っ…
ジェイ:みんな、ジェイのお友達、みんな、お父さんとか、お母さんとかといっしょに、家に帰っていくのに、なんでジェイだけ、お父さん来ないの?
グレン:…っ、それ、は
ジェイ:なんで、みんな、かくすの?教えてよ!!ジェイのお父さんのこと!!キーだって、なにも話してくれないし…会いたいよ、お父さんに…会いたいよぉぉおっ(大粒の涙を流して泣く)
グレン:…、ジェイ、
【療育所 応接室】
テイラー:…っそんなことが、
グレン:ああ…できることなら、会わせてやりたかったですが、そういうわけにもいかず。
テイラー:ごめんなさい…きっとあの子が読んでいる本に影響されたのね。
グレン:本?
テイラー:ええ、お父さんと娘のお話よ。お父さんが急にいなくなって、娘がお父さんを探すの
グレン:っ…なるほど、それで…
グレン:でも、テイラーさん。あなたはどうしてジェイに本当のことを言わない?…彼女はずっと知りたがっていたんだろう。
テイラー:……グレンさん、これからのことは他言無用よ。
グレン:ああ…わかった。
テイラー:エルが逮捕された時、ジェイはすぐに療育所で引き取ったの…でも、その日の夜…
【回想 8年前】
【夜 雨の中 療育所のドアをたたく音】
テイラー:…?はい、どちら様でしょう。
エル:…夜分遅くにすみません。荷物をお届けに上がりました。サインをいただきたいのですが…
テイラー:?はーい、今行きますね
【療育所のドアを開ける音】
テイラー:お待たせしまし——
エル:(テイラーのほほを殴る)
テイラー:きゃあっ—、っ、う…エ、ル
【エルは倒れたテイラーの胸ぐらを乱暴につかみ、引き起こす】
テイラー:…っ!!
エル:……
エル:ここに、名前のわからない赤ん坊がいる…「はい」か「いいえ」か?
テイラー:…っ、(くびを縦に振る)
エル:…お前の名は?
テイラー:…っキー、テイラー…
エル:…
【エルはキーを放し、キーは床に倒れる】
テイラー:っう…!
エル:ミス・テイラー。あなたに一つ、依頼だ。
テイラー:っ…?
エル:無名の赤ん坊の父親は、俺だ。きっと俺が収容されている間、ここで育てられるんだろう。やがて大きくなって、知恵もついて、自分に親がいないことを訝(いぶか)しむだろう。
エル:だが、(顔を近づけて)…俺が父親だなんて、絶対にばらすんじゃないぞ?
テイラー:…っ、は…い…
【回想終了】
グレン:…っ…なんてことを
テイラー:…エルに…口止めされたの。だから、ずっと…いえなかった!エルは独房にいるから、大丈夫だって知ってる…でも…でもっ……う、うぅっ(すすり泣く)
グレン:っ…キー、
テイラー:う、ぅうっ…
グレン:っ…おいで、
【グレンは、テイラーを抱きしめる】
テイラー:ううっ、ぐすっ…
グレン:キー、恐ろしかったろう。心細かったろう…よく打ち明けてくれた。
グレン:…もう大丈夫だ。
テイラー:…ありがとう、グレンさん。覚悟がたりないのは、私の方だった。
グレン:いや…。ただ、エルは…あいつはまともな男じゃない。こちらの考えることをたやすく超えてくる悪魔だ。ジェイが奴を知らないまま大人になるのは、危険すぎる。
テイラー:わかっているわ…だけど、あの子が大きくなるたびに、いつ切り出せばいいのだろうって…言わない方が彼女は幸せなんじゃないかって…
グレン:…あなたの選択は間違っていない。だけど…彼女がここを出ないといけなくなった時、人はみな彼女に父親を重ねてしまう。
グレン:キー、私は、ジェイに知っておいてほしい。彼女の父親が、エルであること。受け入れられないかもしれない…だけど!彼女がまっとうに生きるために、知っておかなければならないことだと思う!
テイラー:グレンさん…ありがとう…。ジェイには私から伝えるわ。
グレン:ああ、頼む
【その日の夜 療育所内 ジェイの部屋】
テイラー:「アイは、とにかく走りました。お父さんがどこにいるかなんて、わからないままで、とにかく、目の前の道を、走りました。」…「すると、前から、うるさくサイレンを鳴らして、パトカーが何台も通り過ぎて行きました…」「アイは、パトカーの音を、いっしょうけんめい追いかけました。なんども、なんども、転びました。それでも、アイは走りました。そして…」
ジェイ:…キー、今日は、ごめんなさい。
テイラー:ええ、心配したわ。…でも、無事でよかった…おまわりさんに送ってもらったのよね
ジェイ:うん…帰りなさいって言われて、でも、お父さんに、会えなかった…
テイラー:……ジェイ
【キーは、本を閉じる】
ジェイ:…キー?
テイラー:ジェイ…今まで黙っていてごめんなさい。あなたのお父さんのこと、全部、教えるわ。
ジェイ:っ…!
テイラー:ジェイ、あなたが今日行った建物に、あなたのお父さんがいる。
ジェイ:…ろうやに、いるの?
テイラー:ええ
ジェイ:いつ、出てこられるの?
テイラー:…いいえ、もう…出られないわ
ジェイ:どうして?
テイラー:この国には、人を死なせたら、自分も死なないといけないっていう決まりがあるの。…そして、あなたのお父さんは、たくさんの人を殺してしまったの。
ジェイ:…お父さんが、人を、殺した…?
テイラー:…ええ、だから、あなたのお父さんは、もうすぐ死んでしまうのよ。でもね——
ジェイ:——いっしょだね
テイラー:え?
ジェイ:ジェイのお父さん、アイのお父さんと、いっしょ
テイラー:アイ…?
ジェイ:わたし、キーが帰ってくるのおそいから、先によんじゃったんだ。アイのお父さんは、人をたくさん殺しちゃったんだって。…そっか…ジェイのお父さんも、悪い人だったんだ、だから、アイのお父さんみたいに、もう、帰ってこないんだ…
キー:ジェイ…そう…お父さんは悪い人なの、だから——
ジェイ:——ジェイは?
キー:えっ?
ジェイ:ジェイは、悪い子?お父さんが、悪い人なら、ジェイも…悪い子になる?やだよ、ジェイ…悪い子やだ。ジェイも、お父さんみたいになるの?
テイラー:っ…!!
【キーは、たまらず、ジェイを抱きしめる】
ジェイ:キー…?
テイラー:何も心配しなくていい…あなたは悪い人にはならない!大丈夫よ!ジェイ!
ジェイ:…、キーは、やさしいね…
テイラー:やさしくなんかないわ、あなたには、幸せになってもらいたいだけなの。大人になったら、あなたはここを出ないといけないわ。それまで、私が…あなたのこと、ずっと、守っていくから!
ジェイ:…うん…うん、
【3日後 拘置所にて】
グレン:…時間だ。出ろ。
エル:…ふう、はいはい、案内頼むぞ…
グレン:ああ、
グレン:…?
【丁度エルのいたところの独房の床が、剥ぎ取られた跡があった】
エル:…どうかしたか?
グレン:……いや、何も
【コツコツと、執行場へ向かう足音が2つ】
エル:いよいよだな…
グレン:…怖いか?
エル:まさか…
エル:ありがとよ、ロック
グレン:…?
エル:お前さんのおかげで、悪くない最期を過ごせた
グレン:…それは良かった。
エル:…娘には悪いことをした。俺がこんなんだから、これから苦労するんだ。
グレン:それがわかっていたなら、なぜ殺すのをやめない?
エル:……消したいんだろうな。自分も、自分のことを知った奴のことも。この世に自分の痕跡を、何一つ残したくないんだ。これは俺の昔っからの性格だ、今更かえられんよ。
グレン:…
グレン:…中に入れ
エル:ああ…
エル:あばよ…ロック…
エル:…っ!!
【エルは、床の切れ端をロックに突き立てようとする】
グレン:っ!!
【回想 1日前 療育所内 ジェイの部屋】
ジェイ:キー、あのね…
テイラー:…どうしたの?
ジェイ:お父さん、死んじゃうの、いつ?
テイラー:…明日の、午前11時よ
ジェイ:…そう、なんだ。
テイラー:…ジェイ
ジェイ:キー、これ…お父さんにわたしてくれないかな
テイラー:っ、これ…ジェイが書いたの?
ジェイ:うん。キー…わたしね、これで、お父さんにさよならするの!
テイラー:っ…!
【回想終了】
グレン:うおおっ!!(エルを床に組み伏せる)
エル:な…に…?うぐ…
グレン:…務所生活が祟ったな、動きにキレがないぞ
エル:ちっ……っは、…久しぶりにどてっぱらにブッ刺せる日が来たと思ったの——
グレン:——そんな鈍(なまくら)が私に刺さるとでも?舐めてもらっては困る。
エル:…貴様、全部知っていたのか
グレン:お前の殺しのやり口からして、犠牲者はみんな「お前のことを知った人物」だ。私もお前のターゲットの1人だったんだろう?
エル:っ…くそが
グレン:…そんなお前に、俺からも贈り物をやる。受け取れ!
【手紙を胸元から取り出し、エルの手元に落とす】
エル:っ…(手紙を開く)…っ!!これは…
ジェイ:お父さんへ。わたしはジェイです。わたしは、キーといっしょに、しあわせにくらしています。お父さんのこと、ぜんぶききました。お父さんは、わたしが赤ちゃんだったから、お父さんのことを、おぼえていなかったから、ころさなかったんだよね。ありがとう。でも、そのおかげで、わたしは、生きていて、お父さんのことを知ることができました。お父さんが、悪い人だってこと、わたしは、ちゃんとおぼえてるから。さようなら。
エル:っ!!!…なぜだ、なぜだっ!!
グレン:お前は自分の娘に知ってほしくなかった。自分が人を殺めるような、どうしようもない人間だってことをな!…だからテイラーを脅して、俺にも口止めをしたんだ。私が口を閉ざせば、ジェイはお前を知らないまま大人になる!お前の存在は永遠に無かったことになるんだ!
エル:…っ、
グレン:残念だったな、私はお前を忘れない!ジェイも、テイラーも、お前のことを心に刻みつけている!ジェイは、どうしようもないお前のおかげで、立派な大人になれるんだ!あの世でせいぜい後悔しろ!この悪魔め!!
エル:ぐっ…ふは…そううまく、は、いかねえもんだよなぁ…
ジェイ(N):「パトカーのすきまから建物をのぞくと、真っ赤な血のあとが見えました。アイが、しばらくそれを見ていると、突然後ろから、男の人が「子どもは帰りなさい」と、話しかけてきました。「お父さんをさがしにきました」と言うと、男の人は、アイの顔をじっと見つめてきました。
ジェイ(N):…そして、アイにこう言いました。「お父さんは、亡くなったよ」。お父さんのお仕事は、アイに隠して、たくさんの人を殺すことでした。だから、お父さんは、うらみをもった人に、殺されてしまいました。それを知ったアイは、ただ、ただ、空を見上げて、泣きました。
終わり
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