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【朗読台本】後の祭り

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祭り囃子から逃げる。
遠くで鳴る太鼓の音が、私の中で痛いほど響いた。

今日は夏祭りだった。
この街で毎年開催されている、何の変哲もない夏のイベント。
私は行くのが億劫だったが、友達がどうしてもというので仕方なく着いていくことにした。
祭り会場に着くと、私は少し息が詰まった。
会場は蒸し返すような暑さで、まだ日が照っているのに、沢山の人が会場に溢れていた。
準備中の屋台もあったが、友達はお構いなしに会場をグングン進んでいく。
私ははぐれないよう必死についていった。
友達が最初に目を付けたのはかき氷の屋台だった。
喉も乾いていたし、この暑さにはかき氷がぴったりだ。
私はいちご味のかき氷を購入して、どこか座って食べられるような場所を探した。
生憎座れる場所は見つからなかったが、友達が「神社の石段ならどうか」と提案してくれたので、そこへ向かうことにした。
道中、友達は色々な屋台に寄っていたが、私はかき氷に手を付けず、少しだけ寂しいような気持ちで友達を待っていた。
私が友達を待っている時、私は何気なく辺りを見渡した。
すると、人混みの中に見知った顔を見つける。
私は急に胸が苦しくなって、その場から動けなくなった。
丁度友達が戻ってきて私の異変に気付いてくれたので、私は友達に謝って、家に帰ることにした。
友達が「家まで送るよ」と言ってくれたが、私はそれを断って、一人で祭り会場を出た。
手に持っているかき氷が溶けていくのも忘れて、私は家に急いだ。
色々な感情が溢れ出し、沢山の思い出がフラッシュバックする。
私はそれらから逃げるように、走り続けた。

祭囃子から逃げる。
遠くで鳴る太鼓の音が、私の中で痛いほど響いた。
辛い、苦しい、どうしてあの人が。
私は家に帰る気になれなくて、祭囃子から逃げたその足で近くの公園に寄った。
私は去年から全く成長できていないのだなと強く実感した。
紫陽花ですらしがみつくのに、私は手も伸ばせなかった。
上を向いていた向日葵と共に下を向き、きっとこれから枯れていくんだ。
私はここでようやく、手に持っていたかき氷のことを思い出した。
半分ほど溶けているが、氷はかろうじて残っていた。
ここまでずっと走って来たので、とても喉が渇いている。
でも、私はこれを飲み干す気になれない。
私は溶けてしまったかき氷から、かろうじて残っている氷を掬った。
かき氷を口にした瞬間、一筋の雫が私の頬を伝った。
辺りは暗くなり始めていたので、公園の近くを通る人にはこの雫の正体が分からないだろう。
私は、もう一度かき氷を口に含む。
今度はストローで、喉の渇きが潤うように、このかき氷がすぐに無くなってしまうように。
思い出も感情も、このかき氷と共に無くなってしまえばいいのに。
そう考えながら、私は必死に溶けたかき氷を飲み続けた。

……去年は二人で食べたいちごが、今年はなんだか苦かった。

喚くセミの中、遠くで鳴る祭囃子がかろうじて聞こえる。
夏の香りに背を向けて、私は家に向かって歩き出した。
ただ一つ、太鼓の音だけが私の耳に強く響いた。
その音はいちごの余韻に似合う音だった。

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