見出し画像

【声劇】届かない手〜怪異前世譚〜(3人用)

利用規約:https://note.com/actors_off/n/n759c2c3b1f08
♂:♀=2:1
約40分~50分
上演の際は作者名とリンクの記載をお願いします。

【配役兼任表】
八重♀
旦那様♂ ※父親と兼任
太一♂ ※子供と兼任

****************

旦那様:「このデカクソ女がっ!」(蹴り倒す)

八重:「キャッ!!」

旦那様:「まだ掃除も終わって無ぇだろうがこの木偶でくの坊が!! 罰として飯は抜きだ!! 良いか? さっさと終わらせろっ!!」

八重:「す、すいません……ごめんなさい……すいません……」

旦那様:「ったく!! 親父が生前拾って来たって言うんで、仕方なく住まわせてやってんだ! 親父が居なくなった今、俺がこの家の主だ! 俺は親父ほど甘くねぇからなぁ!! タッパがデケェだけで何の役にも立たねぇってんなら、すぐに追い出してやっても良いんだからなっ!!」

八重:「ごめんなさい……すいません……ごめんなさい……すいません……」

太一:「ま、まぁまぁまぁ旦那様、お怒りはごもっともでございますが……身の回りの世話をさせるかたがいないと、何かと不便──」

旦那様:「──だったら太一! お前がやったら良いじゃねぇか!!」

太一:「私は私で旦那様のお仕事のお手伝いがございます。到底私一人でまかなえる仕事量ではございません」

旦那様:「ん〜っ!!!」

太一:「新たにお手伝いを雇うにも、程々な出費がございますでしょう?
でしたら大旦那様のいた頃から働いて下さっている、この八重さんにいて頂いた方が──」

旦那様:「──分かった分かった!!! お前の話は説教臭くて敵わん!!」

太一:「それは、申し訳ございません」

旦那様:「おいっデカクソ女!! 地面に這いつくばっているのも邪魔だ! さっさと掃除を終わらせろ!! ちっ…… (立ち去る)」

太一:「……大丈夫ですか?」

八重:「は、はい……申し訳ありません」

太一:「謝る必要なんてありません。
大旦那様がお亡くなりになって、援助して下さっていた方々も離れてしまい、旦那様も焦っておられるのです。今はお互い耐えましょう」

八重:「はい……」


八重:「はぁ〜……お腹、空いたなぁ〜……」

(ノックの音)

八重:「は、はい!」

太一:「八重さん──私です」

八重:「あ、太一様……」

太一:「今、よろしいですか?」

八重:「は、い……」

太一:「失礼します (襖を開ける)」

八重:「いかが、なさいましたか?」

太一:「夜分に女性の部屋に、無礼だとは思ったのですが」

八重:「いえ……」

太一:「お腹を空かしているのでは無いかと思い、食堂から拝借して参りました (おにぎりを渡す)」

八重:「っ!? い、いけません! この事が旦那様にバレたら、太一様も──」

太一:「ははっバレはしませんよ。旦那様は屋敷の事には、てんで無頓着です。米が一人分減っていた所で、気付きもしません」

八重:「し、しかし……」

太一:「良いから、食べてください。あなたに倒れられたら、私も困るんです」

八重:「困る……?」

太一:「えぇ。八重さんがいて下さるから、私は旦那様のお手伝いに集中出来る。私は何としても旦那様の評価を下げる訳にはいかないのです」

八重:「評価を──」

旦那様:「(遠くで呼ぶ声) 太一!! 太一ぃ!!」

太一:「っ!? はい! すぐ参ります!!!
旦那様がお呼びです、行かなくては──
八重さん、これは置いて行きます。
気を落とさないで、私はあなたの味方です」

旦那様:「太一!! まだか!!!」

太一:「はいっ!! ただ今っ!!
では、失礼しました」(出て行く)

八重:「太一様……」


旦那様:「意地汚いクソ盗人が!! (殴る)」

八重:「キャ!!」

旦那様:「これは俺への当て付けかっ!! 俺のやる事に何の不満がある!!! お前は道具だ!! 屋敷に置いてやってるだけでは物足りないってのか!!! それを貴様っ!!! (顔を踏みつける)」

八重:「うっぐ……も、申し訳ありませ、ん……」

太一:「っ!!? だ、旦那様おやめ下さいっ!! い、いかがなさったのですか!?」

旦那様:「この女が、昨晩米を盗んだんだ!
俺への嫌がらせかっ!!! 俺に何の恨みがある!!! 言ってみろ!!!! (蹴る)」

八重:「がっは……」

太一:「お、おやめ下さい!! 旦那様!!」

旦那様:「離せっ!! ぶち殺してやるっ!!」

太一:「──っ!! (土下座) も、申し訳ありませんでした!! 米を盗ったのは私でございます!!」

旦那様:「あ? どういう事だ……どういう事だ太一っ!!」

太一:「昨晩っ! 作業に手間取り夕食をおこたり!! 小腹を満たす為、食堂にあった米を勝手に拝借致しました!!
申し訳ございません!!! 申し訳ございません!!!」

八重:「太一……様……」

旦那様:「ちっ!!」

太一:「申し訳ございません!! 申し訳ございません!!」

旦那様:「太一っ!!」

太一:「……はい」

旦那様:「分かっているなっ!!!」

太一:「はい……この処罰……如何様いかようにも!!」

旦那様:「ふんっ!! (立ち去る)」

太一:「……八重さん……大丈夫ですか?」

八重:「申し訳、ありません……私の為に……」

太一:「いえ、元は私が──」

旦那様:「太一っ!! 何をしてる!! 早く来い!!!」

太一:「は、はい!! すぐに (走り去る)」


太一:「(ノックする) 私です」

八重:「あ……太一、様」

太一:「よろしい、ですか?」

八重:「は、い……」

太一:「(入って来る) 本当に、申し訳ありませんでした」

八重:「っ!? そ、そんな──お顔をお上げ下さい!」

太一:「いえ、まさか昨晩に限って旦那様が確認なさるとは思ってもみず、 あの様な事になるなんて──」

八重:「──太一様がなさった事は、私を思っての事でございます! どうかっどうかお顔をお上げくださいませ!!」

太一:「…… (顔を上げる) っ!? 八重さんっ怪我をされているではありませんか!?」

八重:「あ……これは……」

太一:「──失礼っ (近付いて治療)」

八重:「あっそ、その……だ、大丈夫でございます……太一様っお洋服が汚れて──」

太一:「ふぅ……ここまでする事無いのに……女性に何と酷い事を──
これで大丈夫です」

八重:「あ、ありがとう、ございます」

太一:「いえ、他に痛む所などはありませんか?」

八重:「あ、いえ……その……」

太一:「……? あっ!? (急いで離れる) 申し訳ありません! 不用意(ふようい)に女性の肌に触れるなんて、私は何と──気を悪くさせてしまいました。申し訳ありません!」

八重:「──いえっ! その……あの……」

太一:「(立ち上がる) わ、私は失礼致します! あっ薬は置いていきますので、また痛む様でしたらお使い下さい! で、では──」

八重:「あ……」

太一:「(立ち止まる) あぁ〜っと……その……」

八重:「は、い……」

太一:「また来ても、良いですか?」

八重:「……え?」

太一:「あっその! け、怪我の様子を見に! 化膿かのうしては大変ですし! まめに様子を……えっと……」

八重:「……は、い。な、何も無くても……その……大丈夫、です///」

太一:「っ! はいっ! ではまた来ます!!」

八重:「はい///」


旦那様:「太一!!!」

太一:「は、はい!」

旦那様:「何度言えば分かるんだこの無能っ!!! こことここっ!! 間違えている!!」

太一:「っ!? も、申し訳ありません!! すぐに直します!!」

旦那様:「当たり前だ!!!」

太一:「はい!!」

旦那様:「……太一……最近お前、たるんでいるんじゃないか?」

太一:「い、いえっ! その様な事は──」

旦那様:「このままじゃあ、月に二冊の所……一冊に減らさねぇといけなくなるなぁ……」

太一:「っ!? それは──」

旦那様:「──だったら本気でやれっ!!! 俺に恥をかかせるな!! ちょっとは使えると思って、雇ってやってるんだ!!
俺に失望させるな── (ノック) なんだ!!!」

八重:「し、失礼致します……お茶をお持ち致しました」

旦那様:「おう (飲む) っ!!? (かける)」

八重:「──きゃっ!! あぁ〜!! あぁぁ!!!」

太一:「八重さんっ!!」

旦那様:「──熱過ぎる!!! 俺が火傷したらどうする!!! 入れ直して来い!!!」

太一:「すぐに冷やさないと!! 早くっ!!!」

八重:「あぁぁっ!! あぁぁぁあ!!!!」

旦那様:「太一っ!!! どこに行く気だ!!! 一冊にするぞ!!! 太一っ!!!!」


太一:「(ノック) 八重さん……」

八重:「……うぅ……」

太一:「失礼します……ご加減は、如何ですか?」

八重:「……っ」

太一:「お顔、失礼します──あぁ、だいぶ腫れは引いていますね……はぁ、良かった」

八重:「申し訳、ありません……」

太一:「え?」

八重:「私が火傷をしてしまったせいで、太一様の──旦那様のお仕事の邪魔を──」

太一:「──いえ! あのまま火傷を放っておいたら、八重さんのせっかくの美しい顔に火傷の跡が残ってしまう所でした」

八重:「えっ?」

太一:「あっ、いや……その、変な意味ではなく! ですから、その──」

八重:「ふふふっ」

太一:「あっ……ははっ……やっと笑ってくれましたね」

八重:「あ……すいません、焦っている姿が愛らしくて」

太一:「愛らしい?」

八重:「あ、いえ! その変な意味ではなく! す、すいません──」

太一:「はははっ! おあいこですね」

八重:「えっ……あ……ふふっ、はい///
──あ、あの……聞いてもよろしいですか?」

太一:「え? はい、なんでも」

八重:「先程旦那様が『一冊にする』と仰っていましたが……」

太一:「あぁ……えぇ、私が旦那様の元でお手伝いをさせて頂いている理由です」

八重:「?」

太一:「旦那様の書庫には、医療を志す者なら、喉から手が出る程欲しがる知識が詰まった本が、何千冊としまってあります」

八重:「はぁ……」

太一:「毎月私は、その書庫から二冊、借して頂ける事を報酬に、旦那様のお手伝いさせて頂いているのです。
知識が無ければ何も出来ない──世界にはまだまだ私の知らない事がたくさんあります。
もっと知らなくてはならない! 病で苦しむ方々を、私の手で治していきたい!!
その為に私は、旦那様の書庫にある本が必要なのです」

八重:「そんな……それなのに私を助ける為に! 申し訳ございません! 私なんかの為に──」

太一:「──何を仰いますか! 目の前で苦しんでいる人がいて、それを放っておくなんて、それこそ医学を学ぶ者としての恥!! 許せない……」

八重:「太一様……」

太一:「八重さん……私があなたを守ります。そして、いつの日か一緒に……」

八重:「あっ……///」


旦那様:「デカクソ女ぁっ!! デカクソ女ぁ!!!!」

八重:「は、はいっ!!」

旦那様:「呼んだらすぐに来いっ!!!」

八重:「す、すいません」

旦那様:「……」

八重:「……? あ、あの……」

旦那様:「くく……くくくく……どうして黙っていた?」

八重:「……はい?」

旦那様:「すっとぼけるな。俺が知らないとでも思っていたか? 俺の目が節穴だと、思っていたのか?」

八重:「あ……いえ、その様な事は──その、何の事でございま──」

旦那様:「──太一との事だ」

八重:「っ!?」

旦那様:「最近妙に浮かれていると思っていた。そのせいでミスが多い!
全部全部全部全部お前のせいだったんだなぁ! この女狐めぎつねっ!!!」

八重:「そんな!! 私は──」

旦那様:「──言い訳をするな! 口を開くな!! デカいだけのこの無駄飯喰らいの役立たずが!!! (殴り倒す)」

八重:「きゃっ!?」

旦那様:「言い訳がましいその口で、太一に言い寄ってくわえたのだろう! この汚らわしい売女ばいためが!!!! (顔を踏む)」

八重:「ぐっ!?」

旦那様:「どうしたっ!! もう声をあげないのか! その醜くけがれた声で、太一に助けを求めないのか!!!
貴様のせいで、アイツは報酬を失ったんだ! 貴様の厚かましく身の程をわきまえん、その振る舞いで!!!」

八重:「太一──様……」

旦那様:「あぁそうだ!! 太一の未来が閉ざされたと言っても過言ではない!!
はぁぁ〜アイツは真面目で良い奴だからなぁ〜……女とは思えぬ背丈のお前に哀れみを抱いてしまったのだろう。
その結果がこれだぁ〜……なんて嘆かわしい……可哀想な太一だぁ……それも全て全て全て全て貴様のせいでなぁっ!!!!」

八重:「も、申し訳あり、ま──」

旦那様:「──口を開くなと言ったはずだ!!! (踏みつける)」

八重:「ぅぐっ……」

旦那様:「俺の言う事は絶対だ!! しかし──どれだけ言おうが、貴様は分からない! 理解しないっ!!!
……だから──俺は考えた。
貴様の為に、大切な時間を割いて使ってやった…… (しゃがむんで髪を鷲掴み)」

八重:「うっ──」

旦那様:「動くなっ!!!」

八重:「っ!?」

旦那様:「(首元に注射器) そうだ……すぐに終わる」

八重:「な、何を……」

旦那様:「少しの間、眠ってもらうだけだ……次に目が覚めた時には……」

八重:「あ……うぅ……っ」


太一:「……え……さ……、やえさ──八重さん!!」

八重:「っ!? んっ──ん!? (えっ──口が開かない!?)」

太一:「八重さん! 良かった……目を覚ましたんですね!!」

八重:「っ!? んっん〜!? ん〜っ!! (太一様っ、これは何が!? ──口が開かないんです!!)」

太一:「ぐっ……なんて酷い事を……」

八重:「っ!? んっん!! ん〜!! (何が起こってるんですか!! 口が痛いんです!!)」

太一:「八重さん、落ち着いて下さい!」

八重:「んんっ!! んっん!! んっ── (助けてっ!! 私っ恐いです!! 太一様──)」

太一:「──八重さん!!! (抱きしめる)
八重さん……落ち着いて聞いて下さい……」

八重:「っ!?」


太一:「旦那様、ただいま戻りました」

旦那様:「早かったな」

太一:「はい、先に連絡をしていたので、既に用意をして下さって──えっ? 旦那様、何を……」

旦那様:「前に読んだ医学書に、傷口を全く目立たせない縫合ほうごうの方法が書かれてあってな? いつか練習したいと思っていたんだ」

太一:「ど、どういう事で──八重さんのお身体は、どこか悪かったの、ですか?」

旦那様:「とんだ疫病神だ……
役に立たないだけじゃなく、俺の手伝いを腑抜ふぬけにしやがる……」

太一:「(八重に歩み寄る) ……や、八重さん……? 八重さん!?
だ、旦那様……まさか……殺し──」

旦那様:「──はっはっはっ!! 馬鹿を言うな!! 医者が殺しをしてどうする!! 麻酔で眠らせているだけだ!!」

太一:「どうしてっ!!」

旦那様:「──何度も言わせるな!!
この役立たずの疫病神から、お前を助けてやったんだ!!
ちょうど縫合ほうごうの実験もしたかったから、医学の発展に役立ててやった!!
役立たずを有効利用してやったんだ!!!」

太一:「それで……それで口を縫うなんて──」

旦那様:「──太一っ! これでコイツは、お前に『言い寄る』事は無くなった!!
お前を邪魔する奴はいなくなったんだ!!! だからこれからはしっかりと働け!!」

太一:「そ、そんな……酷い……」

旦那様:「あぁ〜、飯が食えなくて死なれちゃあ面倒だから、豆を食える程度の隙間は空けてある。
麻酔が切れて叫ばれてもうるせぇから、起きたら痛み止めでも口に放りこんでおけ──と言っても、叫ぶ口は無ぇけどな!! はっはっはっ!!!」


太一:「私が旦那様のお使いに出ている間に……
あなたを守ると言っておきながら、なんと情けない──」

八重:「っ!? ん〜っっ! んっ!! (い、痛い!! 痛い!! 口が焼ける様に!!)」

太一:「っ!? 八重さん!! 痛み止めです!! これを──」

八重:「ん〜!! っんん!! (痛い!! 口が──)」

太一:「落ち着いて下さい!! 力を抜いて!! 大丈夫、私が付いています!! 私を見て!!」

八重:「(鼻息荒く) ん〜っ! んっん……(太一、さま……)」

太一:「そうです……ゆっくり口をつぼめて……」

八重:「……ぽ……」

太一:「そう……薬です。失礼します」

八重:「(口の隙間から薬を飲む) んんっ……」

太一:「申し訳ありません……今の私には、あなたを救う技術が、無い。
こんなにも苦しんでいる八重さんを救うすべが無いのです……私にもっと、もっと知識と技術があれば……」

八重:「……ぽ…… (太一様……)」

太一:「八重さん……一緒に逃げましょう」

八重:「っ!?」

太一:「このままここにいたら殺されてしまう!! こんな事、許されるはずが無い!!」

八重:「ぽっ! ぽ!! (いけません!! そんな事をしたら──)」

太一:「人を救う為の医学で、人を傷付けるなんて、あってはならない!! 私の学びたい医学はこんなもんじゃない!!
一緒に逃げて、別の医者に治してもらうんです!!」

八重:「ぽっ…… (そんな……)」

太一:「すぐに行動しては怪しまれてしまいます。
明日の晩……予報では雨が降る事になっています。それで小さな音ならかき消されるはず……
旦那様が寝静まった頃に──」

八重:「ぽっ…… (太一様……)」

太一:「大丈夫……上手くいきます」


(翌日)

太一:「八重さん、この縄をつたって、井戸の中に隠れていて下さい。屋敷の皆が寝静まってから、迎えにに参ります。
そして……一緒に逃げましょう」

八重:「っ……」

太一:「逃げた先で、その縫われた口を、医者にみてもらいましょう。大丈夫……ちゃんと元通りになります」

八重:「ぽっ…… (太一様)」

太一:「時間が来たら、井戸に縄を投げ入れます──それが合図です」

八重:「ぽっ…… (はい……)」

太一:「大丈夫です。必ず迎えに来ます。さぁ旦那様に見付かる前に、今は早く中へ──」

八重:「っ…… (頷く)」

太一:「よろしいですか? 今は喋れないでしょうけど、けっして物音も立ててはいけません」

八重:「ぽっ…… (はい……)」

太一:「ここから逃げ出す事が出来たら、私達の新しい人生が始まる──私を信じて下さい……」

八重:「っ……ぽっ…… (はい……お待ちしてます)」

旦那様:「デカクソ女ぁ〜!! どこ行ったぁ!! 返事しろぉぉ!!! って出来ねぇかぁ!! はっはっはっはっ!!!」

太一:「さぁ早くっ!」

八重:「っ……!!」

旦那様:「静かになったらなったで役に立たねぇ〜なぁおいっ!!! 今度は床に縫い付けてやろうかぁ!!!
……あ? 太一、んな所で何してんだ?」

太一:「あ、あぁいえ……庭を見て回っておりました」

旦那様:「ほぉ〜そうか……デカクソ女見てねぇか?」

八重:「っ!?」

太一:「あぁ……はい、昨日の件で高熱が出ており、うなされておりまして……その、部屋で休まれています。
如何されたんです?」

旦那様:「いや、うさ晴らしをしようとしていただけだ……それじゃあ叩き起しに──」

太一:「──そ、それでしたら!!! その、一局いっきょく如何ですか?」

旦那様:「あ? ん〜……そうだなぁ〜……」

太一:「えぇ、声をかけても反応が無い程、深く眠っておりますので、旦那様のご気分を更に害する事もありましょうし──ここは一局いっきょくご指導願えればと……」

旦那様:「あ〜……そうだな。仕方ない、それならば準備しろ」

太一:「はいっ、かしこまりました!!」


(丑三つ時)

八重:「ぽっ…… (雨が……降って来た……)」

太一:「(小声) 八重さん……八重さん」

八重:「っ!? ぽっ(太一様)」

太一:「お待たせしました! 大丈夫ですか?」

八重:「っ! ぽっ! (はい!)」

太一:「梅雨と言えども、井戸の中はさぞ寒かった事でしょう。
遅くなってしまい申し訳ありません。旦那様がお休みになるのが少し遅くなってしまいました」

八重:「ぽっ、ぽっ! (いえ、太一様が来てくれた、それだけで八重は幸せです)」

太一:「今、縄を投げ入れますので、上がって来て下さい!! そして一緒に逃げましょう!」

八重:「っ! ぽっ! (は、はい!!)」

八重M:「やっとこの屋敷から逃げられるんだ! 太一様と一緒に新しい人生が送れる……
今までの苦しみなんて、どうというは事は無い、太一様と一緒なら──」

太一:「ほらっ縄です! 捕まって早く上がって来て下さい」

八重:「ぽっ! ──っ!? ぽっ!! (届かない!)」

太一:「雨も強くなって参りました──早くっ! 旦那様が起きて来てしまいます!!」

八重:「ぽっ! ぽっ!! (ダメです! 届かない!!)」

旦那様:「くくくく……」

八重:「ぽっ!! ぽっ!! (もっと下まで下ろして下さい!! 届かないのです!!)」

太一:「(笑いを堪えながら) 何をしているん、ですか! 早く上がって来て下さ──」

旦那様:「──あっはっはっはっはっ!! 無理だろ!!!」

八重:「っ!?」

太一:「くくくくっ! 旦那様ぁ、声を出しちゃダメじゃないですかぁ!!」

旦那様:「だ、だってよぉ!! はっはっはっ!! 人差し指を口に当ててニヤニヤしながら、必死に『早く! 旦那様が起きて来てしまいます!!』だって──だぁ〜っはっはっはっ!! 横にいるっていうのによぉ!!!」

八重:「っ……ぽっ? (ど、どういう事、ですか……?)」

旦那様:「(井戸の中を覗き込んで) よぉ〜! デカクソ女ぁ、こんなトコで何してんだぁ!?」

太一:「くくくくっ──旦那様が言い出したのに……くくくくっ」

旦那様:「あぁ〜そうだっけか? はっはっはっ!!! いつもは上から見下ろしているのに、見下ろされる気分はどうだぁ?」

八重:「ぽ── (そ、そんなつもりは──)」

旦那様:「なぁデカクソ女ぁ〜! 逃げられると思ったのかぁ!? なぁっ!
愛しの麗しの太一様と! 夜逃げ出来ると信じちゃっていたのかぁ!?」

八重:「っ……」

旦那様:「はっはっはっ!! とんだ名俳優だなぁ〜太一ぇ!! 完全に信じ込んでたみてぇだぞっおい!!」

太一:「やめて下さいよぉ〜」

八重:「ぽっ…… (どう、して……)」

太一:「八重さん、どういう事か分からないですよねぇ?
いやぁ〜ね、旦那様と賭けをしていたんですよぉ! 『私が八重さんを惚れさせられるかどうか』という賭けを!」

旦那様:「あぁその結果、俺が負けちまった訳だ!」

太一:「はいっ、私の勝ちです! 旦那様、お約束の──」

旦那様:「あぁ分かってるよぉ! ちっくしょう!! あいよっ書庫の鍵だ。好きなだけ欲しい本持って行きやがれ!!」

太一:「ありがとうございます!」

八重:「ぽっ……? (賭け……?)」

旦那様:「途中で諦めると思ってたのによぉ〜! まっさかこんなデカクソ女を抱くまでやりやがるとは、お前の気合いには恐れいったよ!」

太一:「はははっ! 思い出させないで下さいよぉ汚らわしい!!
僕も必死でしたから、いざとなったら泥水だってすすりますよぉ!!」

旦那様:「それはそれで見てみたいなっ!!」

太一:「えぇぜひっ! もう何も恐れるものなんてございませんとも!」

旦那様:「おっ言ったな!? あっはっはっはっはっ!!!」

八重:「ぽっ……ぽっ!!!! (嘘よ……嘘よ!!!!)」

太一:「八重さん、そういう訳です。
あなたのおかげで、僕は無事、旦那様の書庫を自由に使わさせて頂く事が出来ました。ありがとうございます」

旦那様:「いやいやいやいや、お前の努力の賜物たまものだぁ。気にする事じゃない」

太一:「ん〜……はいっ! そうですね!!」

旦那様:「デカクソ女も、良い夢が見れただろ、なぁ? 何の役にも立たねぇで、生きてる意味も無ぇ、ただデカいだけのお前が、太一と一瞬でも恋仲になれたんだからなぁ!!」

八重:「っ……」

太一:「旦那様、雨が強くなって参りました、屋敷の中に──」

旦那様:「お? そうだな──
屋敷から逃げようとした罰だ。お前は井戸の中で雨に打たれながら、一晩反省してろ!!
朝になって、覚えていたら上げてやっからよぉ!!」

太一:「(遠ざかりながら) それ、絶対忘れてるやつじゃないですかぁ!」

旦那様:「そうかぁ? はっはっはっはっ!!!」

太一:「あははははっ!!」

八重:「ぽ、ぽっ──ぽっ!! ぽっ!!! (ま、待って!! 待って下さい!! 太一様!!! 太一様!!!)」

八重M:「口を縫われた私には、助けを求める声は無い……誰かっ! 誰か私を助けてっ!!!」

八重:「ぽっ! ぽっ!!」

八重M:「誰かっ!! 誰かいませんか!! 私はここです!! 誰か助けて──」

八重:「ぷふっ!? (痛っ!?)」

八重M:「無理に声をあげようとしたから、口が切れて……縫い目から血が……」

八重:「ぷっ──っ!」

八重M:「痛い……痛い……やだ……もう嫌だ……どうして私がこんな目に合わなければならないの……どうして……どうして……どうしてっ!!
降りしきる雨に血がにじんで、井戸を紅く染めていく……
同じ赤い血が流れているのに……どうしてっ! どうして私がこんな扱いを受けなければならないの!!!」

八重:「(号泣) んん……っ……んん〜……っ!!
ぽっ!!! っ── ぽっ!!! ぽ……ぽっ!!!」

八重M:「誰か!!! 誰かいませんか!!! 誰でも良いから──助けてください!!! お願い……お願いします!!!
痛いの!!! 口が──何もかもが痛いのっ!!!! 誰かっ!! 誰か……助けて……助けて……」

八重:「ぽっ……」


旦那様:「おい!! もっと酒持って来い!!
ほらほら太一ぇ〜お前ももっと呑めっ! 俺に勝ったんだだから、祝杯だ祝杯!」

太一:「はい、ありがとうございます──おや、旦那様」

旦那様:「あ、なんだ?」

太一:「雨が少し強くなって参りましたね」

旦那様:「おぉ〜……? あぁホントだな。川が氾濫はんらんしなけりゃあ良いが……」

太一:「いえ……まぁそれもそうなんですが……井戸の八重が……」

旦那様:「あ? あぁ〜大丈夫だろ。
井戸の水がいっぱいになっても、別に底に繋いでる訳じゃねぇんだ。上まで泳いだら井戸から出られる。
んまぁそれで逃げたとしても、あんな気持ちの悪い女、受け入れる場所なんて無ぇんだ。ここに戻って来るしかねぇ!」

太一:「あぁ、確かに……そうですね」

旦那様:「んな事ぁ良いから、今は呑め!」

太一:「はい、ありがたく頂きます」

旦那様:「ククッそれに──縄を置きっぱなしにしてある。
あそこまで届いたら、井戸がいっぱいにならなくても、よじ登って井戸から出られるだろ」


八重:「ふ〜っ!! ふ〜っ!! ぷふっ!!」

八重M:「水がもうここまで──誰か!! 誰か助けっ──」

八重:「ぷっふ!? ぽっ! ぽほっ──」

八重M:「ちゃんと息が出来なくて──力が入らない。
少しっ少しだけ上がれたら、縄に手が届く──
もう少し手が長かったら──
もう少し背が高かったら……もう少しっ! もう少しだけっ」

八重:「ぷふっ……ぷっぽっ! ぽっ──」

八重M:「あと少し──縄を掴める! 縄を──っ!! 届いたっ──」


太一:「クククッ……旦那様もお人が悪い。縄と言っても、何処にも結ばれて無いじゃないですか」

旦那様:「そうだったか? はっはっはっはっはっ!!!」


八重:「ぽっ!? ぽふっ……ぶふゅぷふっ!!」

八重M:「そんなっ!? な、縄が──そ、そんな嘘──やだダメ落ちて来ないでっ! 繋がっていて!! ダメ!! 止ま──止まって!! やだやだやだやだやだ!!!
……嘘よ……嘘よっ!!! なんで!! どうして!! どうしてこんな事をするの!!! どうしてこんな事が出来るの!!!? なんでよぉ!!!!!」

旦那様:「はっはっはっはっ!!」

八重M:「こんなっ──こんな事って……
あぁ……私、死ぬんだ……」

太一:「はっはっはっはっ!!」

八重M:「好きで背丈が高くなった訳じゃない。他の女の人よりも他の男の方よりも背丈が高かっただけで──さげすまれ、あんな奴らにオモチャとして使われて……
それなのに、私は望んでしまった。もっと背が高ければここから出られると……望んでしまった。
あぁ〜、何も無いまま、私はここで死ぬんだ……
何処までも暗い水底みなそこ──
濃紺に映える彼岸花が、水面みなもを彩っては、つゆと消える──
儚き呪いを波紋に縫い残し──」

八重:「ぽっ……」



(数百年後)

父親:「お前は押し入れの中で隠れているんだぞ!!
良いか? 俺は声をかけない。三回戸を叩くのが合図だ。三回戸を叩いたら、もう安心して出て来て良い──分かったか?」

子供:「う、うん……分かった」

父親:「俺が絶対にお前を守ってやるから」


八重:「ぽっ……ぽっ……」

子供:「き、来た……僕を狙って……大丈夫、大丈夫。
おっとうが守ってくれる……きっと大丈夫」

八重:「ぽっ……ぽっ……」

子供:「……どこかに行った?」

父親:「ふぅ〜っもう大丈夫だ!! 出て来ても良いぞぉ!! はっはっはっ!!」

子供:「ははっ!! さすがおっとうだ!!
(押し入れから出る) ……? あれ、おっとう? おっとう、どこだぁ! お〜い──」

父親:「ぽっ……」

子供:「あっ、おっとう──」

父親:「ぽっ……」

子供:「ち、違う……お、おっとうじゃ……ない」

父親:「私を騙し、もてあそんだ男達は、絶対に──」

八重:「(男達から被せる) ──男達は、絶対に許さない……絶対に……」

子供:「うぁ、あぁ……あぁ……」

八重:「ぽっ……」

子供:「うわぁぁぁぁぁあ!!!!!」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?