物語食卓の風景・東京の2人①
さて、久々のお姉ちゃん、真友子の登場である。皆さん、真友子のことをお忘れじゃないですか? ここで簡単に、真友子の近況についておさらいしておこう。
東京でフリーライターをしている真友子も、香奈子と同様、友人に相談していた。相手は長年仕事でもつき合いがあるフリー編集者の長沢美紀子。真友子は美紀子を「先輩」と呼んでいる。当初、美紀子は真友子に「一度帰って家族の様子を見たほうがいいんじゃない?」と提案したが、母への怒りから、実家と疎遠になっていた真友子は、ぐずぐずしていた。「先輩、一緒に帰ってください」とは言ってみたものの、他人の家族に介入することを、当然ながら先輩は渋った。
ところがしばらくして、状況が変わる。取材の後、お茶に入った店で美紀子が切り出したのだ。
「真友子、実家の話はその後どう?」
「特に変化はないですよ。というか止まっちゃっている。妹の話では、母は完全に現実から逃げていて、父のことを探そうともしないし、警察に届けを出そうともしない。それどころか、ご近所の眼を気にして口止めまでされているんですって」
「それで妹さんは、あなた以外に話をできなくなっているの?」
「いや、そういうわけでもないみたいです。実家の近所の人たちにさえ知られなければいいんだからと、昔馴染みの友人に相談したりはしたみたいです。もちろん家族内では話しているし」
「なるほど。それで真友子はどうするの? 帰るの?」
「うーん。あの母に会うのは、めんどくさいというか、エネルギーがいるというか。何しろ母と割と仲が良かった妹ですら、母を動かすことができないのに、私が帰ったところで事態が変化するとは思えない」
「でも、妹さんは安心するかもしれないでしょう? ご実家は帰らなくなっていたとしても、妹さんとは会いたいでしょうに。姪ごさんがいるんじゃなかった?」
「まあねえ。私が妹に会った最後のときは、小さい娘が1人いただけ。その子はでも小学校に上がって、入学祝を送った。それからもう1人、女の子が生まれて……今、いくつなんだろう?」
「そんなに長い間!たぶんその上の姪ごさんは、あなたのことを忘れているわね」
「そんな! でもそうですよね。小さい頃に会った伯母さんのことなんて、子どもはすぐ忘れちゃいますものね」
「そうよ。」
「先輩、そうやって促しますけど、やっぱりねえ……」
「あのさ、前に話したN社の社内報の仕事なんだけど、決まったの」
「なんですか、唐突に」
「聞いて。N社はほとんどの機能がこちらに移っていて、社内報の発行母体である人事部も、取材対応の広報部も、営業本部も東京にある。仕事をすることになると、だいたいは首都圏で済むと思う。でも、形としては今も本社が大阪にあるので、何か新しいことが始まるときは、大阪に挨拶へ行かないといけないのね。社内報の仕事は、前に話したとおり、真友子にも取材や執筆をお願いしたいの。メインのインタビューのページは、ぜひ真友子にやって欲しい。だから、受けてくれるなら、一緒に大阪の本社へ挨拶に行くことになる」
「挨拶。めんどくさいんですね」
「まあまあ、日本の古い企業だから、そういう手続きを踏むことが必要なのよ。それで受けてくれるの?」
「はい、先輩の仕事ならぜひ」
「ありがとう。で、挨拶へ行くタイミングなんだけど、来月になるの。実際に私たちが仕事をやるのは9月号からだから、始動するのは6月ぐらい。その前の5月の後半あたりで挨拶へ行くという段取りよ」
「5月って今月じゃないですか! この間ゴールデンウィークが終わったところ。なんでまた9月号からなんて半端なときに」
「前のプロダクションと、いざこざがあったらしくて、そこを切って替わりに私がいつも仕事をもらっているP社が受けることになったのよ。で、普通の取材だったら、帰ってすぐに記事を書いてもらいたいから、時間に余裕がないけれど、今回は挨拶だけですぐに仕事にはかからないでいいから、もし真友子の他の仕事が詰まっていなければ、しばらく関西に滞在することができるわ」
「なるほど。それで先輩、一緒に実家へ行ってくださるんですか?」
「それは、もう少し考えさせてもらいたいけど、真友子はやっぱりご家族に会ったほうがいいと思う」
「もう少し考えるんですか。先輩が一緒に行ってくださったら、私も冷静になれるし心強いんですが。それに何度も言うようですが、私が行ったところで事態は何も変わらないと思いますよ」
「それはそうかもしれないけれど、変わるかもしれないでしょう?」
「何でまた、先輩急に。何だか確信があるみたい」
「まあ、ちょっと私自身が最近、会うことで肩の荷が下りたという体験をしたからよ」
「なんですか、それ? 何があったんですか、先輩」
「……まあ真友子も、家族の重たい問題を話してくれたから、話すけど、実は元夫に会ったのよ、最近」
「元夫? え、先輩って結婚していたんですか?」
「ええ、実は」
「ちょっとその話、どういうことですか!」
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