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物語食卓の風景・久しぶりの帰郷④

 グズグズと言い訳をしながら決断をしない香奈子の様子を見ていると、真友子は、もしかすると、わが家の問題は皆が優柔不断なところにあったのかもしれないと思った。

 母が父を探そうとしないのも、香奈子が手がかりを探ろうとしないのも、何かを決めることで、生活が変わるのを恐れているせいかもしれない。今の平和な生活を変えるような何かが起こってしまうことを。でも、すでに父はいないのだ。どこかで犯罪に巻き込まれている可能性があるかもしれないし、すでに消されているとか? いやいやそれは刑事ドラマじゃないんだから、そういう事件性はないだろう。

 でも、恋愛事件はあるかもしれない……恋愛事件と言えば、今もうちで起こっているかもしれない。ああ、父の問題より切実な航二浮気問題。美帆さんは果たして友達なのか、それとも浮気相手なのか。はあ。

「どうしたの、お姉ちゃん?ため息なんてついて」

 内心のつもりが本当にため息をついていた。ああどうしよう。

「何でもないのよ」

「何か悩み事? 東京で何か問題でも? そういえばお兄さんはお元気?」

「ああうん、相変わらずよ」

「ふうん。夫婦2人だけって、生活退屈にならない?」

「退屈って?」

「だってうちなんて、子どもたちが何かと騒いだり喜んだり泣いたり忙しいから、それを解決したり、子どもたちを喜ばせたりするのに夫婦で悪戦苦闘している感じだし、子どもがいれば家事もたくさんあるから、毎日がいつの間にか過ぎていく感じだから。そういうのがない生活って想像できない。あ、でもお姉ちゃんは仕事があるからいいのか。ね、仕事ってやっぱりやっていて楽しい?」

 よかった、話が逸れた!

「まあね。取材したり書いたりするのはもともと好きだし、新しいことを知ったり新しい人と出会ったりするのは楽しいよ。香奈子もまた仕事したいの?」

「うん、まあ。この間、久しぶりに亜衣に会ったら刺激されちゃって。やっぱり同級生が社会で活躍していると思ったら、いいなあ、私もがんばらなきゃって思うんだよね。かといって、いわゆるOLしかしていなかった私には特にスキルがあるとは言えないし」

「香奈子はどういうことをやりたいの?」

「うーん、それがわかんなくて。ただ、私は主婦業も好きなの。子供たちが食べてくれるかどうか考えながら、料理を工夫したり、散らかった部屋を片付けたりするのも、けっこう好き。達成感があるんだよね。掃除はそんなに好きじゃないけど、でも、拭き掃除した後に床がピカピカになった感じとか気持ちいいし。本当は窓ふきももう少しマメにしたら、もっと部屋の中が明るくなるんだろうな」

「だったら、家事関係の仕事をしたら?家事代行サービスとか、お惣菜屋さんとか飲食店で働いてみるとか」

「まあねえ。でも私、そんなに体力に自信ない」

「そうね。でも悩みが堂々巡りするというか、糸口が見つからないのは、家で家族としか接していない生活のせいかもよ。人に相談すれば違う発想も知ることができるし」

「だから亜衣に刺激されたし、お姉ちゃんにこうやって相談している」

「それだけじゃなくて。ねえ、その郷土史研究会って、リタイヤ男性ばっかりなの?」

「中心にいるのはそうだけど、実は若い人もいるって、お父さんが前に言っていた」

「じゃあ、そこでもしかすると、新しい仕事の可能性が見つかるかもよ。他の人がどんな仕事をしているのか聞けるかもしれないし、うまくすれば働き口が見つかるかも」

「求人サークルじゃないんだって。でも確かにそうね。前にお父さんになんとなくすすめられたんだよね」

「ほら!でも何でお父さん、香奈子にすすめたんだろう」

「ずっと地元にいるから。地元について知るのは面白いって」

「へえ。まあお父さんこそ生まれも育ちもずっとここらへんだものね。結婚してちょっと引っ越ししたとはいえ、結局は生まれた家に戻ったんだし」

「そうねえ」

 もう一押し。とにかく、お父さんのことを少しでも解決の方向に結び付けなきゃ。でも、失踪して数カ月も経つのに、家族の生活に支障がないってどういうことなんだろう。確かにもうお父さんはリタイヤしていて、私も香奈子も家族を持っているけど、お母さんまで平気ってどういうことなんだろう。気になるけど、会いに行くと重たすぎる人だし。違うつぶてが飛んできそうだし、とにかく重い。何だろう、あの圧。

「時間が経てば経つほどわからないことは解決が難しくなるし、私は東京で何もできないけど、仕事の再開考えるほど余裕があるなら、まずは動いてみることじゃない? お父さん探しだけじゃなくて、自分自身も見つけるための行動と思えばいいと思うよ。自分っていう人間を知る一番の方法は、人に会うこと。他人に照らし合わせたときに、初めて自分がどういう人間か見えてくるの」

 ああ、なんか私、自分に言っているみたい。航二のことも、よくわからないのは、たまに長沢先輩に相談するぐらいだからかもしれない。美帆さんとも、LINE交換したっきりだし……と思っていたら、LINEがピンっと鳴る。そっと携帯を見ると、なんとその当の美帆からのメッセージが届いたようだった。

「近いうちにお会いしませんか? 今月の平日の夜で、ご都合がいいときがあれば教えてください」

なんと!本当に私と2人で会いたいのか。この人、何考えているんだろう?モヤモヤしている場合ではないかも。思い切って、直接本人に聞くのがいいかもしれない。怖いけど。

「お姉ちゃん、わかった。じゃあ一度、この吉永さんに連絡してみる」

あらー、堂々巡りで膠着していると思ったら、どっちも急に動き出した!

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