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理想のキッチン探し⑩台所本パート2

 市ヶ尾の限りなく惜しい物件を流した後、夫がタイムアウトで物件探しはいったん中断しました。私も今月は何とか動けるけれど、秋になれば仕事が忙しくなります。冬に本格始動する前提で、私はキッチンについて研究を進めることにしました。

 今回、私たちはキッチンと本棚をテーマに広い仕事場兼住まい探しを、「アトリエ」探しと称して探しているわけですが、まあ見つかりません。80㎡以上、都心へのアクセスがいいこと(+最寄りの駅から徒歩圏内)、緑があるなど環境がいいこと、スーパーなど買い物に便利なこと、しかし予算は比較的少なめ、という厳しい条件のもと、物件探しをすると、本当に見つからない。

 最近では、80㎡じゃすぐいっぱいになるよね、90㎡欲しいよね。できれば文化的環境が何かしらあるといいよね、中央線的な?みたいなことを言っていると、ますます見つかりません。

 たまに出ものがあった、と思うと、あっという間に、恐らく内検もしない人が物件をかっさらっていきます。私たちみたいに街を見て間取りの条件を観て、なんて言っていると、数少ない広い部屋はライバルに負けるみたいです。でも、鶴見市ヶ尾の物件がそうだったように、間取りと地域の条件はOKでも、実際に行ってみると車がうるさい、という事実に出会ったりします。そこを目をつぶって暮らせる神経が私にはない……繊細さんは住まいのハードルも高いのです。

 特にキッチンの条件を満たす物件が少ない。それは三口ガスコンロつき、調理台広め、というだけのものなのですが、ない。そしてこれは目をつぶらないといけないなと思っていることですが、対面式キッチンがやたら多い。本当はクローズドもしくは、LDKではなくDKで窓があって、2列型を安めの物件に求めるのは酷としても、キッチンの後ろ側に台を置いて2列にするといった工夫の余地(つまりスペース)があることが望ましい。

 しかしときどき、港北ニュータウン新百合ヶ丘で出合ったような、前の利用者が作ったと思われる作りつけの収納が私にとって使いづらいこともある。そういえば、広めの物件はやたらたくさん収納があって、本棚を置きづらいものが多いのも気になる。収納が多いのは子育てファミリーが必要とするからかな。10代の2人の娘がいるうちの妹は、各部屋に収納がある家を大喜びで購入していたし。

 とりあえず、当分はおとなしくして、今の町を満喫しながら、キッチンについてお勉強することにしたのです。不思議なもので、最初に港北ニュータウンに行ったときは、いつか引っ越しするかもしれないから、と見ただけのはずなのに、平成初期のキッチンを使っていた私たちのものとはレベルが違うキッチンと広々した部屋を実際に見て、すっかり引っ越しする気になった。いくつも町を見て歩くうちに、長く住んだ池のあるこの地域への執着心が薄らいで、引っ越しする覚悟ができつつあるようなのです。

料理上手はカスタマイズしている

 使い方の事例を観ようと、『クウネル』の人気連載から生まれた『料理上手の台所 その2』と『天然生活』の『台所の工夫』をチェック。『料理上手の台所』の最初の本は以前読んだことがあるので今回はパス。

 で、料理家やらアーティストやら、〇〇作家やらといった、子どもの頃に『クロワッサン』を読んで、「世の中には不思議な職業がある」と驚いたときの気持ちを引きずりながら、クリエイティブな人たちの工夫をいろいろ調べる。そうすると、カスタマイズしている人が多いんですよ。両方の本に出てくる料理家の坂田阿希子さんなんて、前に住んでいた家のホーロー扉のシステムキッチンがお気に入りで、捨てられるところを新居に運び込んだそう。ベテランスタイリストの高橋みどりさんは、別荘のキッチンは、もともと倉庫だった空間に、薪ストーブを置いてパン屋の「ぱんじゅう」の箱を食材入れにするなど、手作りの部分が多い。そのほかにも扉を外したり、ホシザキの業務用冷蔵庫の背を調理台にしたり、とプロフェッショナル達は、標準仕様のキッチンでは満足できず、自分なりの機能的なキッチンを作り上げています。

 炊飯器を追放した人、子育て中なのに大型冷蔵庫を追放し、単身赴任から戻ってきた夫が使っていたシングル向け冷蔵庫で暮らすなど、家電の断捨離を実行した人もいる。

 以前、そうしたアーティスト気質の人たちのこだわりをかっこいいと言ったら、内実を知る人から「いや、その人たちはふつうのものを使うのがつらいから、自分が心地いいと思うものを探したり作ったりして使っているんです」と言われたことがあります。必要は発明の母。カスタマイズもそれぞれの事情がある。私も一応クリエイティブ職業の作家を名乗って10年ちょっと。前から少しあったこだわり気質がますます高くなってきて、欲しいものを探すのに苦労することが増えてきました。とはいえ、不器用でめんどくさがり。何とか既製品で間に合わせるべく悪戦苦闘しています。

 どなたのものも、なかなか真似はできないし、例えば檀太郎さんみたいに包丁30本を持つとか、冷水希三子さんみたいに、「家が丸ごと台所」と割り切って寝室にも食器棚を置くほど、料理にマニアックなわけじゃない。食を仕事にしているとは言っても、レシピを研究開発している訳じゃなくて、食文化の歴史を研究しているのだから。料理のレパートリーも決して多いわけじゃないし、人をもてなすときは、本当に大したものができなくて冷や汗をかいていたりするんです。

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 ふと目をやると、キッチンの資料集めで見つけた、1950年代発行の『台所写真集』がありました。こんな風に平屋中心の一戸建てのキッチンは、過渡期らしく、シンク一つとっても、タイルや人研ぎが多く、ステンレスは2,3しかない。前半は「リビングキッチン」と呼び、後半は「ダイニングキッチン」と呼ぶ。この言葉が広まり始めた時代を映している。コンロも一つ一つ別置きになっているものもあるし、この写真のように炊飯器がある家もごくわずか。しかし、キッチンの基本的な形はすでに出そろっている。

 I型で窓や壁に面しているキッチン、L字型のキッチン、カウンターの対面式。ただし、対面しているのは調理台で、シンクやコンロではない。そういえば以前、阿佐ヶ谷に残っていた昭和初期の家を見せていただいた折も、2列式で袋戸棚が充実したキッチンを見せていただいた。もう一つ今と違うのは、一戸建てばかりだからか、どのキッチンにも窓がついていること。これは、公団にダイニングキッチンが導入され、北向きの広い部屋から明るい空間へとキッチンが進化したばかりの空気感を表しているように見える。

 調理台がどれも広くて使いやすそうだ。確かにコンロは少ないし、家電も少ないけれど、何だか今より使いやすそうに見えるのは、今みたいに世界各国の料理を作るための道具が揃ったキッチンと違ってシンプルだからだろうか。あるいは、昔の人は今の人よりこまめに料理をしたからだろうか。

 先日も、平成になってキッチンは進化したけど、所有者は料理しなくなった、という話を聞いた。私が2013年に『昭和の洋食 平成のカフェ飯』を出したときも、だんだん料理はしなくなって、技術も低下しているなと感じていた。料理の現場で何が起こってきたかは、この本でもほかの本でも書いてきたのでここでは端折るけれど、キッチンがどのように変わってきたは興味がある。もしかすると昔のもののほうが使いやすかったかもしれない、ということも含めてしばらく探求してみることにしたい。

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