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理想のキッチン探し56国領

 巣鴨がダメだった帰り道、別の場所に行っていた夫から電話がかかってきました。「前に見ていてまだ入居中だった国領の物件が空いたから見に行くか」ということでした。
 調布市は20年ぐらい前に、取材で駅前のビル内のカフェへ行ったきりで、まるで土地勘がありません。前の引っ越しの時に、ペンタ君のユーチューブを見て、何だかビルばっかりで居酒屋とチェーン店ばかり、という印象が強かったので「ここはいやー」と見ていませんでした。でも、夫は30年ぐらい前に1年ほど住んだことがあり、便利で住みやすい町だし、深大寺も近くていいよというのです。怖がりの私も、とにかく可能性があるかどうかは見たほうがいいと思い始めていたので、行くことにしました。
 国領は各停しか停まらない駅です。京王線はよくわからないので、新宿駅で駅員さんにどういうルートが一番いいか聞くと、明大前まで特急、区間急行か何かに乗り換えて、つつじが丘で各停に乗り換えるんだそうです。所要時間は約30分、けっこうめんどくさくて遠い印象を持ちました。
 駅前は広いロータリーがあります。マルエツなどが入ったビル、ロータリーの奥にはブックオフ、三井住友銀行などがあります。西友も駅前に。各停だけにしては駅前は充実しています。とりあえず歩いてみることにして、甲州街道まで行って街道沿いにもケーキ屋、その途中にも蕎麦屋などの個人店がごくわずかにあることが分かりました。ブックオフは、店の手前がずらっと漫画棚で、単行本などは奥の方に少しあるだけです。そういえば、ブックオフがふえ始めたばかりの頃、棚が整理されていなくて、従来の古本屋にはおかれなかったような読み捨てタイプの本が大量にあること、蛍光灯で煌々と照らされた店内が嫌いだったことを思い出してしまいました。今は昔ながらの古本屋や、文化的なセレクトの新刊書店に気軽に行ける希少なエリアに住んでいることもあって、ブックオフはご無沙汰だったのですが。
 駅ビルに小さなカフェがありました。シニアのご夫婦らしき店主さんがいて、カフェというより昭和の喫茶店です。常連らしい女性が1人で来て、道路の混み具合などを語っています。昔からここでやっていて、ビルが建ったときに入居したという店かもしれません。チェーンばかりのように見えて、ちゃんと個人店が活躍しています。そして紅茶はなんとポット入り。アールグレイとかのフレーバーティじゃなくて、ちゃんとしたストレートティーです。おいしかった。国領、いいかもしれません。

 時間が近くなったので物件へ。実は甲州街道沿いのマンションです。75㎡で分譲賃貸。もともと高所恐怖症ですし、阪神淡路大震災で被災したとき、水道が止まって水くみが大変だったので、できるだけ高層マンションは避けたいですし、高くても5階までとしています。そのギリギリの5階。慣れない高さにちょっと怖くなりました。
 間取りはごく一般的なマンションの形なので、本棚の納まりはよさそうです。しかし、収納が奥行きは53㎝とクローゼットなのに、真ん中に棚があって、ポールもない。しかも幅も120㎝しかない。2部屋にあって、あと和室と押入れ。パイプを買ってきて洋服を納めるとすれば、貴重な本棚のスペースが減ってしまいます。
 キッチンは、2ウェイ動線で使いやすくはあるのですが、ちょっと狭い。幅が2430ミリ、シンクは一般的な700ミリ幅、深さ180ミリでうちのよりちょっとだけ深い、使いやすい大きさです。コンロはガスで3口。ただし、今はないような皿が取り外せるタイプで、年季が入っているので壊れるかもしれません。ちなみに建ったのは1994年です。キッチンの後ろは1570ミリあるので、巣鴨より300ミリほど広いので、棚を置いても2人が行きかえます。ただし、後ろの壁は1520ミリしかないので、手持ちの棚が2つほど余りそうです。微妙。ちなみに、広さは3・3畳で一般的なマンションのキッチンではあります。その狭さはこれから見ていく物件でも目をつぶる必要があるのかもしれません。そして不動産屋さんは「お客さんの希望で言うと、この年代のマンションのほうが築浅の物件よりいいかもしれません。2000年以降になるともっとキッチンは狭くなるので」と言います。



 何となく気づいていたけど、やはりそうか。賃貸キッチンはひどい、と言い続けてきましたが、ファミリータイプの部屋を探すようになって、分譲賃貸やオーナー物件に出合う確率がずいぶんと上がったのですが、ひどいのは賃貸物件だけじゃないんです。しかも、年代が新しくなるとキッチンが狭くなるとは、退化しているじゃないですか。
 でもやはり今回の場合は、キッチンよりもクローゼットがないことが問題です。そして窓は防音性が高いけど、開けると甲州街道の音がはっきりと聞こえます。春秋に窓を開けて暮らせなさそうです。
 今回もやはり断念しました。しかし、今回は調布を知ることも目的の一つ。雨で寒かったのですが、防寒対策もしてきたし、そのまま布田→調布、と地下に埋めて道になっていた線路跡を歩きました。途中、桃ノ木がたくさんあるステキな家が。

 調布駅は地下化したこともあり、駅前はむちゃ繁華でした。スーパーもたくさんあって、なんとオオゼキが開店準備中でした。書店も駅前に4軒もあり、チェーン店も多いですが、個人店もちらほらあります。商店街というより、繁華街です。都内というより、他県の県庁所在地に来たみたいな、地方の中心都市の感じです。前の部屋探しのときも感じたけど、私鉄沿線の中核駅前は、一通りのモノが揃いファッションフロアなどを擁するビルも立ち並んでいるので、都心に行く必要がないんですよね。その町で暮らしがほぼ完結する。新宿・渋谷・銀座・池袋・上野とか行く必要がなくて、むしろ中央線の町やら下北・自由が丘などで個人店や専門店を楽しむ、というほうがショッピングなどとしてはいいかもしれない時代になりました。
 くたびれてお腹が空いたので、駅ビルの和カフェで休むことにしました。そのフロアにはエスカレーターを上がるとすぐ、くまざわ書店の中に入り、その奥にカフェがあります。これまでショッピングビル内の書店といえば、フロアの奥だったのに珍しい作りです。このフロアに行けば、とりあえず本屋という感じ。
 私は、郊外の町で疎外感と孤独感を感じながら育ったし、チェーンも使うけれど、均質な印象が苦手で、個人店で人の顔が見えるのが好き、というのが強いです。疎外感の最大の要因は、会社員だったり子どもがいたりするのが当たり前で、お客さんはそういうライフスタイルだよね、という暗黙の了解が息苦しかったからです。そして、トレンドは見えるけど、ネタにするほど新しくないような気もする……でも、ずっと家探しで苦労しているうちに、そういうことにこだわってきた自分は、実は時代に乗り遅れているかもしれない、という気がしてきました。私が育った阪神間はわりに保守的でエリート志向が強い町だったし、東急沿線にもその要素があったので、こだわってきたのですが、私の怯えはすでに昭和かもしれません……。
 帰る前にくまざわ書店を見ていくことにしました。家事本コーナーに、しかし私の本『家事は大変って気づきましたか?』はありません。食文化コーナーも小さくてやはりありません。きっと郊外の健全な町に、女性たちが自分たちが受けてきた理不尽に目覚めてしまうような本を置いたらまずいんだ!と叫んでいたら、夫が検索機で書評コーナーにある、と見つけ、しかし、書評コーナーにはなかったので、店員さんに聞いたら「場所が変わったんですよ」と持ってきてくれてしまったのです。もちろん店員さんは、買う気があると思ったのです。
  こっそり後ろに隠れていたら、夫が「実は著者で」と言い出して、店員さんがびっくりして、挨拶せざるを得なくなりました。しどろもどろになって「女性たちが、家事でモヤモヤしているのはなぜか目が開く本なので、女性にも読んで欲しいんです」と説明すると、「男性が読むべき本と思って、ノンフィクションコーナーに置いていたのですが、家事のコーナーにも置いて欲しいんですね」と言い、実は4冊も平積みしてあったので、2冊を家事コーナーへ。そして店長さんまで読んでくださり「このへんの方々は知的好奇心が高いんです。よく売れていますよ」とのこと。今後の刊行予定まで聞いてくださり、熱心にメモを取ってくださいました。もう恥ずかしくてしょうがない。なんとなく、調布に来ざるを得なくなったような気がして、ドキドキしながら帰りました。

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