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物語食卓の風景・久しぶりの帰郷③

「今までに分かっていることを教えて」

「うん。お父さんがいなくなったのは、3カ月ほど前のこと。お母さんが元町まで買い物に行った間に出て行ったみたいなの。帰ってきたら、寝室が散らかっていて、お父さんの洋服とかなくなっているものがあったって」

「全部じゃないの?」

「うん、全部じゃなかった。スーツケースにしまえる分だけ適当に持って行ったみたいな感じだったって」

「そうなんだ」

「でも、老後資金にするはずだった貯金通帳と印鑑はなくなっていたんだって。だからお父さん、お金には困らないし、洋服だって足りなくなったら買えると思う」

「えー。じゃあ、お母さんどうやって生活しているの?」

「それがね。お母さんもちゃっかりしていて、実はバブル時代から財テクしていてお金はあるんだって。あの頃、主婦の財テクが流行ってお母さんも勉強したんだって。勤めていたときのお金を元手に、長年投資を続けてだいぶ増やしたみたいよ」

「そうなの!しかも、年金もある」

「そう。だから、お母さんもお金に困っていない。もしかすると、両親ともにお金に困っていないことがいけないのかもしれない」

「どういうこと?」

「だって、お母さんは、ちっともお父さんを探そうとしないんだもの。まるで昔から1人暮らしをしていたみたいに、楽しそうよ。最近じゃ、一人分の料理を作るのが難しいからって、スーパーやらデパ地下やらにでかけてあちこちの総菜を楽しんでいたりする。ときどき、どこの店の何がおいしいか教えてくれたりするの」

「じゃあ全然料理しないの?」

「とまではいかないみたいだけど、まあすっかり惣菜ツウね」

「あの手作りにこだわったて、おやつも手作り中心だったお母さんが!」

「そう、あのお母さんが!」

「じゃあ、何も手がかりがないの?」

「ないことはない。ちょっと待ってて」

と言って、香奈子は部屋を出ていった。リビングで、食事前に描いていた絵の続きをしていた萌絵がふと顔を上げ、真友子と目が合ったらうれしそうな顔をして、とことことやってくる。

「あげる」と差し出したのは先ほど描いていた、花の絵。

「いいの?」

「うん」と言って、にっこり笑う。

「ありがとう」と言って受け取る真友子。画面のあちこちに花が咲いている。サクラソウ、チューリップ……あとはよくわからないと思っていたら、萌絵はまた先ほどの場所に戻り、新しい紙に絵を描き始める。おとなしい子なんだ。香奈子はそういう感じじゃなかった。いや、そうだったかな。年が離れていたから、あんまり一緒に遊ばないで、私も外で友達と遊ぶのに忙しかったからよく見ていなかったかもしれない。

 思いを巡らしている間に、香奈子が戻ってきた。二つ折りの携帯電話を手にしている。

「お待たせ。これ、お父さんの携帯」

「あら、お父さん携帯持って行かなかったの?」

「そう。アドレス帳に何人かの電話番号が載っている。この吉永太一郎さんという人が、お父さんを郷土史研究会に誘ってくださったらしいの」

「郷土史研究会?」

「うん。吉永さんはお父さんの幼なじみなんですって。お父さん、あんまり人つき合いが得意なほうではなかったけど、吉永さんとはずっとおつき合いがあったらしくて。お母さんは、『お父さんと違って、何でも積極的で明るい人よ』って言ってた。それで、定年を過ぎてからお父さんがぶらぶらしているのを見て、誘ってくれたらしいの。ほら、このへんって、意外と古い歴史があるでしょう」

「確かに。小学校の社会科見学で、遺跡とか観に行った」

「そうそう。そういう地元の歴史を発掘したり勉強したりするようなグループらしいの」

「ふうん」

「それで、もしかすると、この郷土史研究会の人たちなら、お父さんの行き先とか、それからもしかすると、誰かと一緒に失踪したかどうかとか、わかるかもしれないの」

「じゃあ、手がかりはあるじゃないの。この吉永さんに会って、それから郷土史研究会に行ってみたらいいんじゃない?」

「まあ、そうなんだけど」

「何?」

「お母さんが、お父さんの失踪を隠したがるのよ。だから警察にも届けていないし、ご近所の人にも長期の旅行だって言ってごまかしているみたいなの。前に実家に顔を出したとき、お隣の馬場さんに会って、『お父さんがご旅行ですってね』って言われたことがあった。何だか含みのある表情で、実は事情をわかっているのかもしれない」

「馬場さんだものね」

「そう、あの好奇心旺盛な馬場さんだもの。お母さんも無防備な人だから、口では失踪と言わなくても、嗅ぎつけられたかもしれない」

「あり得る。でも、馬場さんはともかく、お父さんの行方を探すには、やっぱり吉永さんに会うしかないんじゃない? 香奈子一人に任せるのは悪いけど、他に手がかりはないんでしょう?」

「うん。でももし、お父さんが誰かと駆け落ちしたんだったら、気持ち悪くない?」

「駆け落ち―!? あのお父さんが? あの年で!あり得なーい」

「そうよね。そう思うけど」

「何か事件に巻き込まれたという可能性もあるじゃない?」

「うーん。それはあんまりないんじゃないかな。別に脅迫の電話がかかってくるわけじゃないし、とにかく自分の身の回りのものをスーツケースに詰めて出ていったのに、誘拐とかありえないし」

「まあそうよね。香奈子は何が引っかかっているの?」

「お父さんの年代の男性に一人で会って、何をどうやって聞いたらいいかわからないし」

「そうか。じゃあ、郷土史に興味を持ったふりしてサークルに参加させてもらえば」

「うーん。興味って、だって私、歴史とか全然興味ないのに、それを隠しきる自信がない」

「興味を持てばいいじゃないの。だって自分が生まれ育った地域だよ。それに香奈子も近所にいて、言ってみれば、ずっと地元にいるわけじゃない?それってすごいことだよ」

「東京に行ったお姉ちゃんにはそう見えるかもしれないけど、別に珍しくもないし。同級生で地元を離れたって言えば、東京に行った亜衣ぐらい」

「一番の仲よしだった子ね。彼女はどうしているの?」

「うん、東京で子育てしながら共働きしている。GWに久しぶりに会って相談に乗ってもらったけど、やっぱりお姉ちゃんと同じこと言ってた。東京で働いているとそんな風に積極的になるのかしら」

「東京とか関係ないよ。だって、手がかりがそれしかなくて、お父さんの行方を何とか知りたいと思ったら、動くしかないじゃないの」

「うん……でもまだ、萌絵がこんなに小さいし」

「だから?」

「私が家を空けたら、この子が寂しがるんじゃないかと思って」

「連れて行けば?」

「え!」

「だって、職場じゃないでしょう。吉永さんに子連れで会ってもらって、サークルに参加するなら、子連れでもいいかどうか聞いてみれば? そのサークルってリタイヤ男性ばっかりなの?」

「若い人もいるって聞いてる」

「だったら!」

「だからどうやって興味があるふりをするかどうかなのよ」

姉妹の話し合いは、堂々巡りに過ぎていく。







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