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お母さんはわかってない 俺は歩けなくてもいいんだ!

このタイトルは、PVL(脳室周囲白質軟化症)による脳性麻痺の次男が、つい先日、中学進路を決めるためのヒヤリングの場で私に言い放った言葉。

私自身、次男の成長と共に、自分の価値観というモノサシが彼を苦しめていることに気づき、彼の笑顔を道しるべに歩いてきて。そこから家族内に笑顔が広がりいい感じだなーと思っていたところに、この言葉を投げつけられた私は、場外ホームランを打たれてサヨナラ負けをした投手張りに放心状態になってしまった…。

全く、全く揺らぎなく「歩けることは嬉しいこと」と思っていたから。

さらに次男はこんな言葉も添えてきた。

「訓練として学校内で歩行器を使っているけれど、友達と同じペースでできないし、遅いのわかっているのに早くしろって言われ続けるし、正直、車いすでの移動の方が遅れずに済むから楽なのに。車いすは俺にとって足だし、歩けるようになりたいって思ったことはない!」

彼の言葉一つ一つがごもっとも過ぎてグーの根も出ない。ナイフで刺されていくような痛みが体中を駆け巡る。私が受けている痛みを彼は日常で感じていたはずだ。私やほかの人たちが気にもせず言っていた言葉でザクリザクリと心に突き刺さっていたのかもしれない。そうか、そんな風に思っていたのか…。ガーーーーーーン……。ヒアリングしてくれた担当者も絶句。

生まれた時からリハビリ人生

次男は、生後2週間で脳性麻痺と告知された。その翌々日からリハビリがスタート。以降12年間休むことなく続いている。彼からしてみれば、無意識の頃から生活の一部として組み込まれてるまさにリハビリ人生。基本家庭療育、つまり、家で日々リハビリをすることが前提なので、先生との時間は取り組んできた成果を見てもらう場にもなっている。理学療法、作業療法、言語聴覚療法、ベビー親子水泳、小児鍼、眼鏡治療、点眼治療、視力上げるためのアイパッチ療法、筋肉注射で十数か所2か月おきに打ってきたボトックス治療も、手術リハビリの入院も数回してきている。福祉器具もいくつも購入してきた。すべては歩行というゴールを目指して。

身体の機能が高まればできることも増えるし、それが向上心になって日々楽しく過ごせる。それは、今でも確かな事だと私は思っている。けれど、機能重視してしまい彼の心を置き去りにしたら、何のためにリハビリをしているのか本末転倒ではないか。

と言う事は、今時点で彼にとっては「歩ける=幸せ」ではないということだ。機能を高めれば、低山ならば登頂も可能と言ってもらえている。けれど、全く魅力を感じていないのか消極的だし、ノリノリで歩行を始めるといったアクションもない。心はそこに向いていないって事が今振り返ってみれば顕著に出ていたはずなのに気づけなかった。

リハビリ人生は常に努力する人生

いつの間にか次男は、リハビリをする意味をずっとずっと掘り下げていたんだと思う。一つできるようになれば、次の課題がやってくる毎日。常に努力と成果を求められる人生。
私は、そんな次男の事を全く気づかず、まさかそんな事を掘り下げているだなんて思いもしなかった。
自分自身の事を見つめるなんてまだまだ先のことだと思って接してきた。もしかしたら、相当子ども扱いをしてきたのかもしれない。だとしたら、私の接し方に対して苦しかったと思う。ごめん。

リハビリをする先に何も見えない状態の次男が、リハビリの必要性に気づけるにはどうしたらいいのか?

その為には、彼に何か必要なのか。私にできる事は何があるのか…。

強みを活かして意義あることに打ち込む幸せ

夢中になれることやものが見つかっていて「なりたい」目標があったら、リハビリの必要性が持てるんじゃないか。
ポジティブ心理学で、幸せには2つの要素があるって書いてあった事を思い出した。
1つ目は、五感を通じて感じる「今ここ」を楽しむ幸せ。iPadでYouTubeを観るとか、私だったらお疲れビールを呑むとか。
2つ目は、強みを活かし、意義あることに打ち込む幸せ。
次男に必要なのは、2つ目の幸せなのではないか。時には苦しい、悔しい、でも楽しい、充実感に満たされる、そんな夢中になれるもの。

そう考えたら、既に次男が本格的に取り組みたいって思ってる車椅子バスケがぱっと浮かんだ。車椅子バスケ!いいじゃん!
バスケを通じて体を鍛えようとか、あいつには負けたくないとか、そんな些細なことから向き合いつつリハビリの必要性につながってほしい。

由緒正しい思春期への扉を開けた

次男は、自分ごととして自分の特性を受け止め始めている。そして、違いがあれど仲間達の言葉や行動から沢山の刺激をもらい、自分と照らし合わせているようなのだ。
だから、中学の進路も支援級にするか通常級にするか。部活はどんな形だったら入部できるのか。
いよいよ、自分で考え自分で解決していく時期に入ってきた。悩みを抱えながら心も体も成長していく年齢になった。

この時期がちゃんと迎えられた事は涙が心がじんわり染み渡っていくほど嬉しい。
なぜなら、そういう気持ちの成長を望む為に小学校を通常級へ入学させたからだ。

私たちが最優先に大切にしてきたこと。

自分のことを知ること。
周りに自分のことを知ってもらうこと。
助けを求めていいこと。
自分の困りごとを的確に伝えること。
助けてもらったら感謝すること。
対等であること。
助けられることがあれば人の役に立つこと。
いつか大人になったら自分自身でサポートを探せるくらいタフになること。
ワンチームを結成できるだけの人間性を持つこと。

外野から色々な助言をもらっても、ブレる事なくにこやかに、通常級での学びを最優先に突き進んできた意味が、今まさにひとつ実った気がする。

しかし、「お母さん気づけよ、俺の考えはもう違うところにあるぞ」と言えるくらい成長しているとは想像もしなかった。
いつのまにか私のイメージしていた次男という枠からすっかり飛び出していたとは!

いつでもしなやかで余白のある人でありたい

次男が言い放った「お母さんはわかっていない」という言葉。それを私に伝えたことは、相当な勇気と覚悟が必要だったろうなと彼の思いを想像して胸がギューーーーッと締め付けられ切なくなった。

めちゃくちゃ勇気がいったのに、よく言えたと思う。いや、むしろ言わせてしまうまで気づけなかった母は猛反省。今振り返れば、日々の言葉尻からたくさんサインをくれてたのに。ごめん。
この言葉を重く受け止めて、次男が伝えて良かったと思えるよう接していく。早急にアップデートする!

子どもの成長と共に、幸せのカタチ、家族のカタチは変化していく。それにちゃんと気づけるしなやかな心を持ち続けていたい。
だって、幸せに正解も不正解もないからだ。

周りの家族が幸せだからと言って同じ事をしても幸せになれるとは限らない。
幸せは自分が決めるもの。作り上げていくもの。

日常の中で散りばめられたサインから本質を見抜く直感力と見守っていける忍耐力、安心感が求められているのかもしれない。

だから、今まで以上に次男の思いをしっかりと聞いて、彼の選ぶ道に背中を押して、迷いがあった時も「大丈夫」とエールを送り続けられる母でいたい。

次男からもらったあの言葉を忘れないように。懺悔の気持ちを込めて。

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