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震災復興の”失敗例”と言われた「新長田駅南地区の事業検証報告書」

ちゃんと振り返るのが大事

2021年1月25日のプレスでなが~いタイトルの「新長田駅南地区震災復興第二種市街地再開発事業の検証報告書」が公表されたとありました。

私は、土木職で役所に入ったのが2002年、そして入庁して4年目に新長田南地区の震災復興事業の担当になりました。

長い年月をかけ、そしてとんでもない広い範囲での震災復興事業だったので、私が関われた1・2年の間でやったことは、わずかに2本の道路工事の発注と、2本の道路とぺディストリアンデッキの設計調整程度でした。

事業の最終的な収支見込みが326億円のマイナスということで、ずっと前から結構な批判を受けています。そりゃそれだけ税金を投入したということなのでこの批判は仕方ないですよね。でも中には特に中身も知らないまま、新聞の見出し程度の内容を見て自己扇動し、批判する人もいます。それは正直めんどくさいですね。

前例のない難しさとの闘い

今も、想定できない災害が起こり続けている。水害とコロナが合わさった熊本南部豪雨災害などもそうですね。

新長田の復興事業は、未曽有の都市型災害で、何も見本が無いまま当時の市民や職員が手探りで必死でスタートした事業です。

「被災者の生活再建をできるだけ早くする」という短期に対応すべき取り組みと、未来を見据えて、住民との協働により「副都心にふさわしいまちづくり」を実現するという長期な取り組みの合わせ技であるためとても難しいと思います。

身近なたとえで言えば、自分が現役のスポーツ選手の時に、事故で大けがをしたとき、短期的に命をとりとめ早く退院するための治療と、その時点で現役選手としての未来(もしくは現役を退く判断をした未来)を見据えて、どんな手術やトレーニング、準備をするかなどを同時に考えていくという感じかな。

しかも役所が行うまちづくりは「誰一人として取り残してはいけない」という公平性を確保しなければならないからさらに難しいですね。

例え失敗と言われても成功に変えられる。

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報告書P.55では都市計画決定について検証しています。
1月17日 阪神淡路大震災発生 そしてそこから2週間後の2月1日には建築制限区域の指定し仮だけれども自宅再建などを制限しています。
そして 2か月後の3月17日には被災市街地復興推進地域・区画整理事業(124.6ha)、再開発事業(25.9ha)を都市計画決定しています。

確かに早いですね。だけどそれは急いだからです。きっと職員は必至でやったからでしょう。その理由は上の画像にあるように、「都市計画決定することで、土地を売却して出ていく人に5,000万円の特別控除を適用して生活再建を助けるため」なんですよね。

私も市職員だし、偏った目線があると思うけど、できるだけフラットな考え方でこの報告書を読んでみると、当時の市民の苦しみ、職員の苦悩、そして正解がない中で進む大変さが伝わってきます。

フラットに見ても成功とは言えない事業だし、指摘すべきところもたくさんあります。
特に当初決定した事業計画を途中の社会情勢(少子化や、地価の低迷、個人商店の衰退など)に合わせて柔軟に変化させていけなかったことは大いに反省ですね。

個人的には新長田駅前のデッキの設計を担当しているときに、再開発事業の担当幹部から「計画上デッキの幅は6m必要」といわれて、「絶対に必要ないから最低限の3mで設計する」と大喧嘩したことを覚えています。結論は現場を見てもらえれば分かりますが、幹部を寄り切りました(笑)

何はともあれ検証結果を見て反省しつつ、今ある新長田の魅力を最大限に生かして、このすでに今あるポテンシャルを活用していきたいですね。

失敗はそこで終わるから失敗何であり、まだまだ挑戦はできる。ってことです。


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