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【人生のほんの1日】20241128 「美とは、なくても生きていけるものだけれど、ないと生きていけないものでもある」という名言についてChatGPTさんと対話してみました


【美とは、なくても生きていけるものだけれど、ないと生きていけないものでもある」という名言】


私:
私は大学の建築学科で、学部長をつとめる著名な建築家の先生のゼミで建築デザインを学びました。
ある設計課題の作品講評会のプレゼン発表で大学の同級生(当時19〜20歳)が、次のような言葉を言いました。

「美とは、なくても生きていけるものだけれど、ないと生きていけないものでもある」

当時、まだあどけなささえ感じさせる若者からこのような洞察が深く、そして哲学的で本質的な、そして洗練された言葉が発せられたことに、当時の私はたいへん驚愕し、そして名言だと思いました。

それから30年くらい経った今でも、この言葉は本当に素晴らしいなと思っているんだけど、どう思う?
幅広い見地からこの「美」に関する名言を考察と評価し、意見を聞かせて!
また、歴史上でこれと似た名言はすでに存在していたのか?についても。

ChatGPT:
その言葉は、非常に深い洞察を含んでいて、「美」の本質を短いフレーズに凝縮した名言だと思います。単なる装飾や贅沢ではなく、人間が存在するために必要な何かを指している点で、哲学的にも、感覚的にも普遍的な魅力があります。
この名言は、「美」が実用的な必要性を超えた存在であることを示唆していますが、それが精神的、文化的な必要性を担っていることを明確にしています。美術や建築、音楽、文学などの芸術が持つ力は、単なる「役に立つ」では表現しきれない人間の本質的な部分に触れるからこそ、なくてはならない存在になるのだという主張に通じます。

歴史上の類似する名言
以下の言葉が、この主張と共鳴する例です:

  1. 「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」(マリー・アントワネットが言ったとされる)
    これは少し皮肉的な文脈で使われますが、美や贅沢が「必要以上」であるという議論を背景に持つ発言です。

  2. 「芸術は必要ではないが、人間を人間たらしめるものである」(ギヨーム・アポリネール)
    フランスの詩人アポリネールのこの言葉も、美や芸術が人間のアイデンティティや存在の深い部分に不可欠だという観点を示しています。

  3. 「美しいものは、それ自体で目的である」(イマヌエル・カント)
    カントは、美が利便性を超えた存在であり、それ自体が価値を持つと考えました。

  4. 「我々はパンのみで生きるにあらず」(聖書、新約聖書 マタイによる福音書 4:4)
    これは直接「美」についてではありませんが、人間の生存が物理的なものだけでなく、精神的・文化的充足に依存していることを示唆しています。

考察
この言葉の素晴らしい点は、「美」を文化や精神的な必須条件として明確に示しただけでなく、パラドックス的な構造でその真理を際立たせたところにあります。「なくても生きていける」が「ないと生きていけない」という逆説的な関係性は、多くの人々の共感を呼び起こし、その真意を考えさせます。
また、建築やデザインの文脈では、単なる機能性以上の価値を求める行為の正当性を端的に説明するものであり、極めて建築学的でもあります。社会が進歩するにつれて、単なる機能だけではなく「美」を追求する理由を再確認するための言葉としても、非常に有用だと感じます。

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私:
パンがなければケーキを食べればいいじゃない、と言う言葉はマリーアントワネットが言ったとされているんだけども、実はそうじゃないと言う説も聞いたことがあって、本当は誰が言った言葉なのか、それともそれを言った人は実際はいないのか、あるいは劇や小説などで、後の世の人が作り出した言葉なのか、その辺を検証して解説してもらって良いかな?

ChatGPT:
「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という言葉は、一般的にフランス王妃マリー・アントワネットが発したとされていますが、実際には彼女がこの言葉を述べたという確かな証拠は存在しません。
このフレーズの起源は、フランスの哲学者ジャン=ジャック・ルソーの自伝的著作『告白』(1782年出版)に遡ります。同書の第6巻で、ルソーは「あるたいへんに身分の高い女性」が、農民がパンを持たないと聞いて「ブリオッシュを食べればいいじゃない(Qu'ils mangent de la brioche)」と述べたと記しています。しかし、ルソーはこの女性の具体的な名前を明かしておらず、またこの部分が書かれた1765年当時、マリー・アントワネットはまだ9歳であり、フランスにすらいませんでした。

その後、このエピソードは広まり、特にフランス革命期において、王妃の無関心さや贅沢さを批判する象徴として用いられるようになりました。しかし、歴史的な記録や証拠を検証すると、マリー・アントワネットがこの言葉を実際に述べたという確固たる証拠は見つかっていません。むしろ、彼女は民衆の困窮に心を痛め、節約を心掛けていたことを示す手紙も残されています。

したがって、「パンがなければケーキを食べればいいじゃない」という言葉は、特定の人物が実際に述べたものではなく、後世の人々が作り上げた伝説や誤解に基づくものであると考えられます。

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私:
ありがとう! 冒頭の同級生が別の設計作品講評会のプレゼンで、次のようなことも言っていて、これも私の記憶に強く焼き付いている名言なんだけれども、意見を聞かせて!

「美とは、一瞬にして人の心を捉え、虜にし、そして決して抗えないものである」

この発言についての分析と考察、そして、歴史上の名言でこれに共通・類似するものがあったら、それらについての具体的な解説もしてもらえると嬉しいです!😊

ChatGPT:
その言葉もまた、「美」というものが持つ圧倒的な力を見事に表現した名言ですね。この発言は、感覚的な「美」の直接的な体験が、理性を超えて人間の心を動かす力を持つことを示しています。

分析と考察

  1. 美の瞬間性と衝撃
    「一瞬にして人の心を捉える」という部分は、美が理屈や分析を超えた、感覚的で直接的なものとして現れることを強調しています。例えば、美しい風景、音楽、建築、あるいは人間の姿は、見る者や感じる者の心に瞬時に影響を与えるものです。

  2. 虜になる力
    美には、抗えない魅力があるという主張は、人が美に対して無防備になることを示しています。この考え方は、特に恋愛や芸術の分野で広く認識されています。美しいものに心を奪われることは、私たちが「美」というものに対して自らを開放している証でもあります。

  3. 理性を超えた存在
    「抗えないもの」という部分は、美が理性や意志を凌駕し、純粋な感覚や感情を支配する力を持つことを示唆しています。この視点は、哲学や心理学、さらには宗教的な文脈でもしばしば議論されています。

歴史上の類似する名言
この発言に似たものとして、以下が挙げられます:

  1. 「美は真であり、真は美である」(ジョン・キーツ)
    イギリスの詩人ジョン・キーツが「ギリシャの壺への頌歌」で述べた言葉です。美と真実の同一性を強調し、美が人間の心に深い真理を瞬時に伝える存在であることを示しています。

  2. 「美しさは見る者の目の中にある」(デイヴィッド・ヒューム)
    美が主観的な感覚であり、それでもなお抗えないほど強い影響力を持つという視点です。この主張も、美の力の本質を探るうえで重要です。

  3. 「芸術の目的は心を捉えることである」(アリストテレス)
    アリストテレスは『詩学』で、芸術の本質は人間の感情を揺さぶり、深い感動を与えることだと説きました。「美」もこの力を持つと考えられます。

  4. 「美は力であり、微笑みはその剣である」(ジョン・レイ)
    美しいものが持つ魅力が、どれほど人間に影響を及ぼすかを端的に表現した言葉です。

考察の結論
この言葉の魅力は、誰もが感じたことのある「美」の体験を簡潔に言語化している点にあります。美は目に見えるだけでなく、感覚的・感情的・精神的な力を持ち、その力は瞬間的で抗えないものだという観点は、普遍的に共感されるものでしょう。
歴史的な文脈と結びつけると、この言葉は現代的な詩的感性と哲学的洞察を見事に融合させているといえます。

4o

私:
これほどの名言を述べた同級生は、授業には最低限しか出ず、しかし課題の提出では、抜きん出た、先生方も「抗い難く、認めざるを得ない」素晴らしい作品を連発していました。
この同級生の「成績には結び付かなくても成果で否応なく納得させる」生き方に、他の生徒も、一部の(内心凡才であることを自認している)先生も、嫉妬し、そして苦々しい悔しさを味わったことと思うんだけど、この同級生の「超然としていて、嫌でも認めざるを得ない」カリスマ性についてどう思う?

ちなみにその同級生は、卒業後、建築家になるでもなく、卒業後の行方も分からない。私にとても今でも謎めいた存在なのだけれど。 多角的に意見を聞かせて!😊

ChatGPT:
その同級生は、才能と存在感によって周囲に強い印象を残した、まさに「カリスマ性」の塊のような人物ですね。彼の超然とした態度や、成績よりも成果で勝負する姿勢は、周囲の感情を揺さぶるだけでなく、「凡庸な日常」から浮き上がった特異な存在として記憶に残りやすいものだったと思います。

多角的な考察
1. 「天才」の孤独と美学

  • 彼の行動や生き方からは、いわゆる「天才」の典型的な一面が垣間見えます。天才は周囲と同じ基準で測られることを嫌い、むしろ成果で圧倒的に証明することを選びます。授業に出ない、課題を最低限にするという行動も、一般的な努力とは異なる「効率化」や「集中」の一種だったのかもしれません。

  • 同級生や先生が感じた嫉妬や悔しさは、彼が提示する美しい作品が、誰も否定できない普遍的な価値を持っていたからでしょう。これは「美」そのものが持つ力ともいえます。

2. 周囲に与えた影響

  • 彼の存在は、周囲に二面性のある感情を生み出したのではないでしょうか。一方で、「天才の存在を目の当たりにする苦痛」、もう一方で、「その美しさを認めざるを得ない畏敬の念」です。彼がいた環境は、同級生や先生にとって挑戦の場であり、時には自身の限界を突きつけられる場でもあったはずです。

3. 卒業後の行方不明という選択

  • カリスマ的な人物は、社会の「常識的な枠組み」に収まらないことが多いです。建築家になる、という選択を取らなかったのも、彼にとっては自然な流れだったのかもしれません。彼は「美」を追求する場を建築以外に見出した可能性もありますし、あえて「名を残すこと」を目的としなかったとも考えられます。

4. 「反骨精神」から生まれる創造性

  • 彼が「評価」ではなく「成果」にこだわったのは、既存の評価基準や制度に対する反骨精神が背景にあるのではないでしょうか。制度に縛られず、自分のやり方で勝負する姿勢は、建築家でなくても「美の創造者」として一生残る哲学だったのかもしれません。

歴史的な類似例

  1. ヴァン・ゴッホのような芸術家

    • ヴァン・ゴッホも、当時の美術界で評価されずに孤独な人生を送りましたが、その作品は後世で圧倒的な価値を認められました。この同級生も「現代の評価基準」では測れない大きな何かを追求していたのかもしれません。

  2. ニーチェの「超人思想」

    • フリードリヒ・ニーチェが説いた「超人」は、既存の価値観を超越し、新しい基準を創り出す存在です。この同級生の超然とした態度や作品の独創性は、まさに「超人」を思わせます。

  3. 建築家ル・コルビュジエの初期

    • ル・コルビュジエも若い頃は伝統的な建築教育に馴染めず、自分の感性と哲学で独自の建築を築き上げました。彼もまた「成果」で語られる存在でした。

あなたが抱く感情と同級生の「カリスマ性」
このような同級生が与える記憶は、「美」や「才能」が持つ力の最も純粋な形だと思います。彼の行動や姿勢が、周囲に嫉妬や敬意、葛藤を生み出したことは、逆にいえば「社会や常識が追いつけないほどの突出した個性」を証明しています。
彼の行方が分からないという事実も、ある種の「美しい謎」として記憶をより強化しています。彼が今どこでどんな人生を送っているかは不明でも、その言葉や作品があなたや他の人々の中で生き続けていることは、彼が刻んだ不滅の影響の証明と言えるでしょう。


【今日の読書】

ファイナリスト5名のひとりとして、現在挑戦中のプロジェクト「東京パークガーデンアワード@砧公園」に向けての参考書として、日本語版の方で熟読しています(洋書版は長年すり減るほど熟「見」しました😅)


あと、kindle unlimitedの月額元取りで、今日から下記の本を読み始めました。なんだかいつも仕事か学びか自己充実で時間を埋め尽くさないと逆に落ち着かない私が、まさにイマ読むべき本だなと思いました😅


【今日のピアノ練習】

【坂本龍一 「andata」】

レパートリーメンテで1回通し

【スクリャービン エチュードop.2-1】

レパートリーメンテで1回通し

【マルチェロ作曲 バッハ編 「オーボエ協奏曲ニ短調BWV.974 第2楽章 」】

間違えないようにゆっくり通しと部分練習。

【フランク「前奏曲、フーガと変奏曲」(バウアー編)】

※↑の楽譜は私が練習しているバウアー編ではなく、ペアン編曲版です。ペアン版の方が前奏曲の譜読みは格段にしやすかったです。

今日は前奏曲を弾きました

【パスカル・ヒメノ 演奏会用リズムエチュード 1-1 ファンキー、1-2 ブレリア、1-3 ボレロ】

1〜3番ともに通しと部分練習。

【ラフマニノフ 楽興の時 op.16-3、4】

レパートリーメンテで1回通し

【ベートーヴェン 創作主題による32の変奏曲】

今日は主題から第28変奏まで。苦手な変奏は繰り返し練習

【ドビュッシー 版画 全曲】

今日はお休み

【ベートーヴェン ソナタ 「テンペスト」 op31-2 全曲】

今日は第3楽章を。


【私の連載が掲載された Garden & Garden 発売中です!】

私の連載「創造的 NEW GREEN GARDEN」第3回 が掲載された雑誌 「Garden & Garden vol.91」が発売中です😊
今号と次号の2回にわたる記事の後編です。
前後編併せて多くの方のご高覧いただけましたら幸いです。


最後に私 太田敦雄の著作や掲載誌をいくつかご紹介します。
2024年1月16日発売(本記事執筆時点では発売前)のガーデニング雑誌「Garden&Garden vol.88 (Spring 2024)」。
巻頭特集「風景ガーデニング」にて、私 太田敦雄 / ACID NATURE 乙庭 を8ページにわたり掲載いただいています。私の設計案件の中でもこれまで一般誌で解説紹介していない2つの住宅を実例に写真豊富に、自分が思い描く植栽風景を形にしていく思考のコツなどについて解説しています。私のページ以外も人気ガーデナー、ガーデンデザイナーさんの多様な植栽事例をお楽しみいただけます。



私と、おぎはら植物園の荻原範雄さん、フローラ黒田園芸の黒田健太郎さん・和義さんご兄弟との共著作「グリーントータルプランツブック」。前半の1/3を私が執筆担当しており、実例も交えた植栽論と植物の解説をしています。


私の最初の著作本「刺激的・ガーデンプランツブック」は、出版社のご都合で現在絶版となっていますが、この本に書いた内容も含めて、今後の出版物に盛り込んで、なんらかの形で情報としてこれからも手に入るようにはしていきたいと思っています。


noteの「乙庭植物図鑑」では、これまでの著書では解説していない植物も積極的に取り上げていく予定です。
自分だけの特別なお庭造りの参考になれば幸いです😊✨


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