無言電話に悩まされた約5年間のはなし
ジリリリリリーン。と古めかしい電話のベルが鳴る。
受話器を取って、おそるおそる「もしもし」と声をだす。
「……阿智か。すきだ。セックスしよう」
いつもの男の声で、心底うんざりしてしまう。
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しょっぱなから無言じゃないじゃないか。と思われるだろうけど、そこに至るまでは無言で、基本は無言だったのである。
それは高校2年生のある日突然始まった。変な電話がかかってくる。受話器を取って「もしもし」と言っても相手は無言で、こちらが切るまでつながったままになっている。
イタズラなのは明らかで、その無言電話は深夜も朝も昼も関係なくかかってきた。こちらが出るまで呼び出しベルはとまらない。
出ると相手は無言、いつものやつか……とこっちから受話器を置いて電話を切るとすぐにかかってくる。
1日に20回以上かかってくることもあった。
夜も朝も起こされる・生活を中断させられる私たち家族はもううんざり。
困ったことに、家の電話には普通の電話も良くかかってくる。
「どうせイタズラでしょ……」と出ないでいると、そういう時に限って本当に用事のある電話がかかってきていて「電話かけたけど出なかったね。留守だった?」と言われたりするので、やっぱり出ないわけにはいかないのだ。
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ある日、私がいつものように電話に出ると、
「阿智か?」
相手が声を出した。男だ! 押し殺した声で、だれの声か判別できるようなヒントがない。とにかく「私の名前を呼んだ」。知り合いであることに間違いはないだろう。私は何も答えなかった。
「阿智だな」「すきだ、結婚しよう」
ぞっとしてしまった。どこの誰だ。っていうかこの状態最悪だろ、もし「電話をかけていたものです……結婚してください」って言われても即断るだろう。そして本気じゃないだろたぶん。
毎回「セックスしよう?」というのも言われていた。今思えば彼はそっち方面の語彙がないようで、それだけを繰り返していたけど、まあ高校生のわたしにはすごくショックだったわけですよ。日常で聞かないもんそんな言葉。
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とにかく気持ちが悪かったので、電話を切ったあと、ちょっとためらったけど親に報告した。
すると、「じゃああんたが原因だ。あんたにかかってきてるんだから今後はあんたが出なさい」と言われてしまった。
ちょっと報告をためらったのは、たぶんそうなるんじゃないかなって、私のせいだって言われるかもなあと思ったから。
その後は深夜や朝に電話が繰り返しかかってきてしんどい時など、明らかに
「お前のせいで……」という視線を感じる雰囲気があって、余計につらくなってしまった。そして私が電話に出ると「阿智だな。セッ(略)」
弟はよく私の代わりに電話に出てくれていた。「姉ちゃん俺が出るよ」と言って出ては、ガチャ切りされて「切れたよ」って笑っていた。
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私はこの状況を友達に相談していた。仲のいい女友達はもちろん、もしかしたら頼りになるかもしれないし何か情報を持ってるかもしれない男友達にも。部活で仲のよかった後輩や同年の子にもちらっと話してた。後輩は「先輩無言電話まだかかってくるんすか」などからかいつつも気にしてくれている様子だった。
一度は、クラスの男友達が、ほかの男子生徒を疑って詰め寄ったこともある。……と当時の日記に書いてある。相手の子は「おれはやってないよ」とまじめにきっぱり否定してたらしいが、この時点では誰もが怪しくて、決定打も見つからず、犯人捜しは難航していた。
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親も非協力的だったし、対策は全く取れなかった。当時は名簿や電話帳が当たり前で、電話番号を変えたとしても周知しなくちゃいけないので結局犯人にも知らせることになって、意味はないかもしれない。電話機はシンプルなプッシュホンで、電話のやり取り以外の機能がない(留守番電話すらない、液晶などもない)。着信拒否するには相手の電話番号を知ってNTTに申請する手続きが必要で、でも「NTTに聞けば調査してくれるかも……」という提案は受け入れられなかった。
結局毎晩、「電話してくるには非常識」な時間になると、電話機の上に座布団を何枚も重ねて音を消す。受話器を外しておく、という地味な対策をやっていた。受話器を外しておくと、「ツーーー……」という音からあるとき「プーッ、プーッ、プーッ」という音に変わる。深夜は、隣の部屋の座布団の下からでもその音がかすかに聞こえる気がする。
私はすっかり電話の着信におびえるようになってしまったのだ。
いまもそれは治らない。
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それは1年以上続いて、私は犯人を見つけられず高校を卒業しようとしていた。卒業したら遠くに引っ越すから、犯人ともおさらばだろう。少なくとも電話に出なくていいのだ。
ある日、電話先の声が少し変わったのを私は聞き逃さなかった。一瞬だけど、「素の声」が聴こえたのだ。そしてそれは……知っている人の声のような気がした。まさか、まさかと思っていた。「無言電話まだかかってくるんすか?」と定期的にきいてきていた、後輩の声のような気がしたからだ。
それから数日後、夕飯も食べた後ぐらいの時間、電話が鳴り響いた。
受話器をとって、もしもし……というと
「阿智か」
いつもの押し殺した声が聴こえる。
私は準備していた内容で問いかける。
「ねえ、最近学校やすんでるでしょ。どうしたの。」
「……なんで。(ガチャン)」
はじめてあっちから電話を切った。当りだ。
私はとうとう犯人が誰か分かったんだ……
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他の後輩によれば、そのまま彼は学校に来なくなってしまったらしい。
結局彼が抱えてたものはわからないし、なんで私がターゲットだったのかもわからない。
これで電話はやむと思ったけど、その後もしれっと普通にかかってきていた。
だんだん頻度は減っていき、私が進学で実家を離れてからはほとんどかかってこなくなったようだ。
ただし、ゴールデンウィーク、お盆、正月には相変わらずかかってきて、私が出てもすっかり無言で何も言葉を発することはなかった。
それがなんだかんだで3年ぐらいは続いた。
おわり。
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