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常世のがたり 第1話「ピーチT」/創作大賞2024 漫画原作部門応募作品

【あらすじ】
真人
(マヒト:人間)はまつろわぬ民オヌビトとの長年に渡る戦いを制し、大繁栄期を迎えていた。

しかし近年、都に侵入したオヌビトの残党が破壊活動を繰り返すようになり、真人たちは頭を悩ませていた。そこでオヌビト退治のため、専任の特殊部隊シキガミが結成される。彼らの力は凄まじく、目覚ましい成果を挙げていた。

そんな都のスラムには、童顔・童形の容貌ながら、そこらの大人では太刀打ちできない豪力の少年ピーチTが暮らしていた。

ピーチTはあるときオヌビトと誤認され、シキガミの1人キンタの襲撃を受ける。

さしものピーチTも痛手を負い、追い詰められるが、そこに本物のオヌビト(強個体)が現れて…。

【補足:見どころや設定など】
主人公のピーチTキンタシキガミたちは、真人による常世(とこよ)計画のためにつくられた「真人×オヌビト」の人工種です。

シキガミのモデルは、桃太郎らおとぎ話の英雄たち陰陽師安倍晴明が使ったとされる式神です。晴明には、十二天将と呼ばれる12体の式神を用いたという伝説があります。
ですので、第3話までに6人が登場しますが、物語が進むにつれてさらに増えていきます。

オヌビト
は真人からの蔑称であり、実際には多種多様な種が存在します。しかし、現在はその多くが絶滅し、残る種も絶滅寸前まで追いやられています。

頂点捕食者となった真人は進歩と繁栄の絶頂を謳歌しますが、さらにその立場を永遠のものとすべく、その常世計画に着手しました。

それはオヌビト(異人類)の有力な遺伝子を取り込み、また科学技術とも融合し、種として新たな進化の段階へと進み、ひいては永久不変(常世)の存在、いわば神人になろうというものです。

その研究過程で生み出されたのが、シキガミたちです。
オヌビト退治のための特殊部隊(スペシャルフォース)というのは、真人社会にとって確かに必要不可欠なものですが、一番の目的ではありません。

オヌビトは別種の人類というべき存在です。つまり、オヌビトから見れば、人間もまたオヌビトといえます。オヌビトにも彼らの社会があり、家族がいて、友がいて、思いがあります。

幼くしてスラムに捨てられたピーチTは、これらの事実を知るよしもありません。あまたの戦いを通し、いずれ彼は全てを知ることになります。

真人を知り、真人社会の外にあるものを知り、それらを肌で感じます。

この物語では他に、真人社会を統べる王侯貴族や、外界のオヌビトとの戦いに身を投じる将軍や諸侯、戦いに特化して遺伝子操作された戦人(せんじん)、人間に使役されるために生み出された獣人都やスラムの人々、さらには真人社会の外部に生きる様々なオヌビトたちが登場します。

ピーチTがその刃を向ける相手は、オヌビトだけとは限りません。
むしろ、オヌビトも救いたいと願い、苦しみ、奮闘します。

何を思い、何のために戦い、何のために生きるのか。

生まれや強弱、優劣などにとらわれず、あらゆる生命に寄り添う愛と優しさを持ったピーチTは様々な者たちと出会い、喪失と獲得を繰り返し、成長します。

いつの日か人々は彼を最高の英雄として称え、崇め、憧れ、祀ります。伝説です。

しかし彼はいつまでも、自分もまた1つの命であり、ただのピーチTであり続けようとします。そんな物語です。

※以下、シナリオ中の「N」はナレーション、「M」はモノローグ(独白)です。


N
「叡都(えいと)」

にぎやかな夜の都。
真人(=人間)社会の首都。
碁盤の目状につくられた計画都市で、中央最奥に王宮がある。
王宮は盛り土をして、高台に建てられている。

N
「叡明なる真王(しんおう)が統べる
真人(マヒト)の華の都」

N
「まつろわぬ民“オヌビト”との
長き戦いにおいて
真人は完全勝利を収めつつあった」

都の建物は中世日本風の外観で、5〜6階建ての建物もある。
繁華街エリアは深夜までネオンが光り、飲食店やレジャー施設が営業。
人びとは酔い、騒ぎ、浮かれている。バブル期のようなイメージ。

科学技術は偏った発展を遂げ、電気やコンピューターはあるが、自動車や航空機はない。
犬型人間や馬型人間などの獣人がいる。
彼らは人間に使役されるためにつくられた人工種で、人権は認められていない。

N
「真人社会の進歩と繁栄は
とどまるところを知らず
人びとは自らを寿(ことほ)ぎ
現(うつつ)の夢に酔いしれていた」


騒がしい都の裏路地。

理性を失ったオヌビトがさまよい歩いている。
身長155cmほどで、成人男性の見た目だが小柄。
手足が長く、頭部は横に広い。
真人(人間)と似て非なる外見(イメージはネアンデルタール人)。

オヌビト「うあう…ああ…」
ボロをまとい、妖しい雰囲気。
苦しく切なげなうめき声を漏らす。

すれ違う通行人たち
「うわキモッ」「あれって」「まさかあ」
気味悪そうにオヌビトを見る。

ドーーーーーーーンッ!!!!
直後、繁華街(東市)の大型ビルで大爆発。

暴徒化したオヌビト5体が出現。
上記とは別個体。
いずれも身長180〜190cmで、筋骨隆々の巨躯。

怪物化しており、拳で建物の壁を破壊し、瓦礫を軽々と放り投げる。

市民たち「きゃー!」「にげろっ!」「ぐわあ」
大パニック。
衛士(衛兵)が駆けつけるも、オヌビトに蹴散らされる。

5階建てビルの薄暗い屋上に3人の影。
キンタ「二式キミトキ現着」
カグヤ「一式カグヤ同じく♪」
ウシワカ「三式ウシワカ同」

3人の生体デバイス(手の甲から前腕までがモニター&タッチパネルになったもの)に「オヌビト脅威評価C」の表示が5つ。

カグヤ
「ザコかあ。“力”は使えないね」

キンタ
「オヌビト5体目視確認。
これより討伐する」

3人は素早くビルを駆け下りると、
オヌビトたちに攻撃を仕掛ける。

カグヤは150cmほどの華奢な体型。
ミニ丈で胸元の開いた振り袖風装束。

カグヤ「キャハハハハッ♪」
笑いながら高速回転すると、袖が鋭利な刃物のようになり、オヌビト1体を切り刻む。

ウシワカは175cmの痩躯、
色白で虚弱体質っぽい雰囲気。
水干にうす衣をかぶり、刀を差す。

ウシワカ「……」
迫り来る3体のオヌビトを一閃で真っ二つにする。

キンタ(キミトキ)は180cm、筋肉質。
凜々しい二枚目。
戊辰戦争時の土方歳三のような装束+胸当て。

キンタ「はあっ!!」
大きなマサカリを振り下ろし、最後の1体を倒す。

市民
「すげえ!!」「おお、シキガミか!」「最高だ!」
3人の圧倒的な強さと凜々しい立ち姿に大歓声が上がる。
シキガミは新設されたばかりの対オヌビト特殊部隊。


一方、さまよっていたオヌビトは
繁華街の騒ぎを背に橋を渡る。

オヌビト「うおおおぅお…」
まだらに筋肉が浮いたりヘコんだり、
異様に血管が浮き出て、目が血走っている。
怪物化が進み、妖しいオーラが増している。
目から血の涙が流れる(さりげなく)。


同時刻、叡都の西にあるスラム。
建都以来、都の北西から流れる川が何度も氾濫し、土地が悪くなったことでまともに人が住めなくなり、貧民や犯罪者が隠れ住むスラムとなっていた。

そのスラムにある小さな食堂のドアの内側から
2人の大男が吹っ飛んでくる。
大男「ぶはあっ」「ぐあっ」

店の中からピーチTが現れる。
冷たい眼光で倒れている大男たちを睨み、
さらに彼らの腕を掴んでねじ上げる。
大男「いてえっ!」「やめっ…!」

ピーチTは17歳だが、身長158cm(中学1年生並み)。
骨格はわりとしっかりしているが、年齢に対して童顔・童形。
背中に大刀を背負う。

力を入れると、そこの筋肉だけが硬く太くなる(特殊体質)。

店内の客たちは怯えたり、知らんぷりしたり、またかという顔をしたり。

奥のテーブルにサR 、キG、Eヌがふてぶてしい態度で座っている。もう一席空いていて、ピーチTを含めた4人でカードをしていた。彼らはピーチTのお供。

サRはサル型獣人。
ずる賢く、よく喋る。
キGはトリ型獣人。
着飾るのが好きなナルシスト。
Eヌはイヌ型獣人。
いつもピーチTのそばにいる。

常連客のキヨさん(頑固親父風)
「チッ、クソガキが」
と止めようとして立ち上がると、サRたちはキヨさんを睨みつける。

隣席のゲンさん(小心者風)はちびりと一口飲み、気まずそうに無視を決め込む。

サナ「やめなさい!」
ピーチTの(義理の)姉。
21歳。身長168cm。
スレンダーで気立てのいい美人。

サナがピーチTの腕を掴む。
ピーチT
「なんで?こいつらサナの尻を触ったんだよ」
「いらないでしょ、そんなやつらの腕」
「ひいい!」悲鳴を上げる大男。

サナ「嫌なことをされたからって暴力で仕返ししちゃダメ」

ピーチT「……」
サナをじっと見つめ、それからパッと大男たちの腕を離す。

大男「クソガキがっ!おぼえてやがれっ」
逃げ去る。

サナ「ありがとう」
ピーチT「ううん」
スタスタと店内に戻る。
サナはその背中を見つめる。


翌朝、スラムの川岸でクリ(リス獣人の子ども、8歳)が胸に大きな箱を抱えて逃げている。

ヤクザ「待てこらぁ!!」
ヤクザ者5〜6人がそれを追う。

少し離れたところで、ピーチTは日課の水浴び中。
ふんどし一丁で、お尻に桃型のアザが見える(聖斑)。
Eヌは川に入って遊んでいる。

体を拭いたピーチTは組み紐が固く結ばれた刀を手に取り、じっと見つめる。
その組み紐の匂いをすんすんと嗅ぐ。
温かさと切なさを含んだ表情を見せる。
刀を力一杯抜こうとするが、抜けない。

川から上がったEヌが体を振ると、
ピーチTに水がかかる。

ピーチT「……」
Eヌを見る。
Eヌは気づかず、すっきりした顔。

ドン!
ピーチTの背中に何かがぶつかる。

振り向くと、足もとに口から血を垂らしたクリが転がる。

ヤクザ
「手間ぁかけさせやがって」
「さっさとそれを渡せ!」

ピーチT はクリ(弱者)が傷つけられたのだと分かり、怒りスイッチが入ってヤクザたちを睨む。

ヤクザ
「あんだぁ、テメエは?」
「オレらを大龍商会のモンと知ってのことか」

その名前を聞いて、ビクッとなるクリとEヌ。
ピーチT「何それ?」
ヤクザ「なあにぃ、テメエどこのモグリだ?」

Eヌ
「大龍商会はここいらを仕切るヤクザで
都のオエライさんともつながってる組織だ」
と耳打ち。

ヤクザ
「ふん!ケモノのほうが分別あるじゃねーか」
「逆らってもタメにならねーぞ」
「肥だめのゴミクズどもめ」

静かな怒りを溜めるピーチT。

クリが抱える箱を見て、
ピーチT「これがほしいの?」

ヤクザ
「さるお方の大事なものでな」
「さっさと返せ、クソ獣人のガキがっ」

クリは震えながら、ぎゅっと箱を強く抱く。
クリ
「スラムで拾ったモノは拾ったやつのものだ!」

ヤクザ
「いい度胸してるじゃねーかっ!
なら奪ったら奪ったやつのもの…
それがスラムの掟だっ」
ヤクザたちがクリに飛びかかると、ピーチTが割って入る。

ピーチT
「じゃあ奪われなかったらこいつのもんだ」
ヤクザ
「っ!?」
ピーチTの素早い動きに驚く。


スラムの河原を
例のオヌビトがさまよい歩いている。
オヌビト「あうあああぁあ…ううあ…」


同時刻。
キンタらシキガミたちの拠点「一条MB」にあるトレーニングジム。

キンタが半裸で超重量のバーベルを上げて、汗を流している。
キンタ「はっ!はっ!はっ!」

ドゥルルルル!ドゥルルルル!
生体デバイスのアラート音が鳴る。
「オヌビト検知」「即時出動」のメッセージ。

すぐさま自室に戻って装束に着替えるキンタ。
シキガミの管理者である「お爺様」から通信が入る。

お爺様の声
「脅威評価B以上ならば即時戦力解放せよ」
「有用なデータを求む」

キンタ
「心得ました、御祖父(ごそふ)」

キンタが施設から飛び出すと
カグヤ、ウシワカ、ウラシマ、イッスンの4つの影が続く。
ウラシマ、イッスンは現時点では影のみで。
シキガミは現在この5名。


スラムの河原。
ヤクザたちが気絶して折り重なっている横で、
ピーチTとクリが座って川を眺めている。

クリ「なんで助けてくれたの?真人は獣人を助けたりしないのに」

ピーチT 「関係ないよ。ムカついたから殴っただけ」

Eヌ「また姐さん(サナ)に怒られるな」
けらけら笑う。

ピーチT「……」

クリ「こわいもの知らずなんだね」

ピーチT「まあムカデ以外は」
姿を想像して、ぞわ。

クリ「くすっ…じゃあ好きなモノは?」

ピーチT
「おやっさんの残飯メシ。とくにザンサイ餃子」
「超うまいよ」
クリのお腹がぐ〜っと鳴る。


その頃、食堂では、
店主のトクゾウとサナが片づけ中。
トクゾウはサナとピーチTの養父。
朝は粥屋、夜は居酒屋をやっている。
今は粥屋タイムが終わったところ。

常連客のキヨさん(頑固親父風)、ゲンさん(小心者風)が来ている。

ゲン
「俺ァどうかと思うね」
「あいつぁなんともおっかねえ」

サナ「そんなこと言わないで。私たちの家族なの」
テーブルを拭きながら。

トクゾウ「……」
背を向けて、ジュージューと何か調理中。

ゲン
「でもよお、このまんまじゃ常連も離れちまうぜ」

ゲン
「捨て子なんてこのスラムじゃめずらしくねえ」

ピーチTがクリを連れて帰ってきたが、食堂のドア(急ごしらえで直したもの)にかける手がピタッと止まる。

ゲン
「そんなやつを無理して育てる義理がどこにある?
おやっさんとサナちゃんがつれえ思いすんのは見てられねえよ」

サナ「私ももともと孤児よ」とやんわり反撃。

キヨ
「あんなのだからほっとけないんだろ」

ゲン
「えっ?」

キヨ
「根が悪いやつじゃねえことくらいわかってる。
力ばっか強くなってもまだガキなんだ。
俺たち大人が見ててやらねーと」

サナは意外そうな顔でキヨさんを見る。
トクゾウもチラッと後ろに視線をやる。

ガチャッ
ピーチT「ただいま」
なんとも思っていなさそうな表情でドアを開け、店に入る。

裏口から、今まで寝ていたサRとキGも入ってくる。
サR「いい匂いじゃねえか」

ゲンさんはソワソワし、
キヨさんはそっぽを向く。

サR「あん、なんだ?」

サナ「おかえりなさい」
ピーチTに笑顔を向ける。

サナ「あの…」

ピーチT
「ザンサイ餃子ある?こいつに食べさせたくて」
とクリを指す。

おやっさん「……」
ドンッとテーブルに山盛りのザンサイ餃子を置く。
湯気がほわほわ。

クリ「わあ!」
サR「おお!」
クリ、サR、キG、Eヌがテーブルに群がる。

トクゾウ「お前らも食ってけ」
とキヨさん、ゲンさんに言う。

ピーチTはスタスタと歩いてクリの横に座り
手づかみでザンサイ餃子を口に放り込む。

サナ「ちゃんとお箸使いなさいっ」

ピーチT「んっ…」
もぐもぐしながら箸を取り、
それをゲンさんに差し出す。
戸惑うゲンさん。

ピーチT
「何してんの?せっかくのごちそう、冷めるよ」
自分は2つめをまた手づかみで頬張り
「うん、うまい」

ゲンさんは箸でザンサイ餃子を一口食べて、
ゲン「…ああ、うめえ」
ピーチT「でしょ」

クリ「こんなおいしいもの、はじめて食べたあ!」
と目を輝かせる。
それからみんなで楽しくにぎやかに食事をとる。


現場に急行中のシキガミたち。
建物の屋上から屋上へと飛ぶように渡る。

ドゥルルルル!ドゥルルルル!
5人の生体デバイスのアラート音が鳴る。
「オヌビト信号ロスト」「信号ロスト」

キンタ「何っ?」
カグヤ「どーすんのっ?」
ウシワカ「付近にいる可能性は……高い」
キンタ「手分けして目視で捜索しよう」
5人はうなずき合い、それぞれの方向に散らばる。


再び食堂のシーン。
サR「食った食ったあ」
食事を終え、みんな大満足の様子。
Eヌは満腹で眠くなり、丸くなっている。
キGはヒビ割れた手鏡を見て身だしなみチェック。

クリ「おいしかった〜」
ピーチT「だろ。おやっさんのザンサイ餃子は……精力絶倫」
クリ「えっ?」ぽっ。
サR「天下一品、な」
ピーチT「ああそう。それ」

キG「まったく…ところで小僧、それは?」
クリの持っている箱を指さす。

クリ「今朝ね、川で拾ったんだ」
さらに今朝のピーチTとヤクザたちとのことを話す。

サナ「あんた、またっ!」
ピーチT「……」
やべっという顔で、すーっと目をそらす。

サR「おもたっ」
持つと、けっこうずっしり。

クリ「でしょ。開けられないんだけど、きっと中身は上等なものだよね!」

サR「こりゃ高く売れるかもな!」
クリ「でしょでしょ!」

サナ
「だめよ、クリちゃん」
「持ち主がわかっているなら返さなきゃ」

サR
「姐さん、こいつはスカベンジャー(ゴミ回収業者)だぜ。シノギなんだからァ」

サナ
「ゴミと落とし物は違うのよ」
「ピータ、ついていってやりなさい」

ピーチT「あー…わかった」


市街地で周囲に目を光らせ、探索を続けるキンタ。
ドゥルルルル!ドゥルルルル!
生体デバイスに「オヌビト検知」の表示。

キンタ「スラム…近い!」
シュッ!!と消えるように移動する。


ピーチT がクリ、サR、キG、Eヌと店外に出る。
Eヌ「大龍商会になぐりこみかあ」
サR「ばーか、商談だ」
キG「まともに会話できる相手ではないでしょ」

クリ「久々の大物だと思ったのに」
箱を見つめるクリ。

ピーチT「!?」
危険を察知し、クリを抱いてよける。

ドゴォォォォオオオン!
大きな衝撃が起こり、石や土が飛び、砂埃が舞う。

衝撃でサRらが吹っ飛ばされる。
Eヌ「いてて…」
サR「なっ、なんでえ?」

砂埃が収まると、大きなマサカリを担いだキンタが堂々と立っている。

ピーチT「誰?」
クリを下ろし、離れさせる。

にらみ合うピーチTとキンタ。

キンタが生体デバイスを見ると、
「オヌビト脅威評価“測定中”」

キンタM
「見た目からすると…“怪化”前か」
「なぜセンサーに反応が?」

オヌビトは破壊衝動に呑まれ“怪化”することで、凶暴化する。
怪化後か、強い怪化の兆候があるときでなければ、討伐対象のオヌビトを検知するセンサーは反応しない。

キンタM「怪化の兆候あり…ということか」
ピーチT「ねえ聞いてる?」
キンタ「……成敗!」
ピーチT「意味わかんないんだけど」

同時に地面を蹴り、バトル開始。

キンタが大上段にマサカリを振り上げると、
ピーチTはその懐に入り込み、
アッパーを繰り出そうとする。

キンタ「遅いっ、軽いっ」

その瞬間、
ピーチTの右腕が一回り以上大きくなり、
パンチの速度も増す。

キンタ「!?」
体をのけぞらせ、アゴへの直撃を紙一重でかわす。

二人とも着地。

ピーチT「あれ、よけられた」

キンタM
「やはり…こいつか。ならばっ!」
「むん!」

マサカリを地面に投げ捨て、
力を込めると全身が一回り大きくなる。
ピーチTと同じ筋力強化だが、精度が違う。

ピーチT「えっ、あんたもそれできんの?」

キンタ「はっ!」
出力が増したキンタがピーチTに突進し、
拳を繰り出す。

ピーチTはかわしれずに、左頬にフックを食らう。

ピーチT「ぐはっ…!」

続くボディへの一撃は
両腕をクロスさせてガードするが、
衝撃が内臓まで響いてブフーッ!と血を吐く。

キンタ「…ぐっ!?」
ピーチTも吹っ飛びぎわに左脚を筋力強化し、
鋭い蹴りを繰り出してキンタの肘をヒット。

クリ「ピータくん!」
サR「おおっ!」

受け身をとれず、地面に落ちるピーチT。
キンタはしびれる右腕をさする。

キンタM
「あの状況で反撃した…だと」
「こいつ…ただのバケモノでは…ない?」

騒ぎを聞き、サナたちが顔を出す。
サナ「なんの騒ぎ?」
ピーチT「出てくるな!」
サナ「えっ…ピータ!?」
駆け寄ろうとするが、ゲンとキヨに止められる。
キヨ「だめだ、あぶねえ!」

キンタ
「得体が知れぬ…
だがセンサーが示す以上、貴様は討伐対象だ」
マサカリを拾い、振り上げる。

クリ「ダメ!」
Eヌ「がうがう!」
クリ、Eヌ、サR、キGが間に入る。

キンタ「なんだ貴様らは。どけ」
サR「……くっ」冷や汗。

ピーチT
「大丈夫」
「くっ…う…」
何とか立ち上がろうとする。

キンタ「タフだな」

が足がふらつき、
ぶはっ!と血を吐いて倒れる。

サRのM
「あのピータが…こんなダメージを負うたぁ…」

キンタ「終わりだ」
マサカリを振り下ろす。

そのとき
ドゥドゥ!! ドゥドゥ!! ドゥドゥ!!
と生体デバイスから1レベル上のアラート音が鳴る。

「オヌビト脅威評価A」「A!」「A!」
ヒステリックにも聞こえる音声メッセージ。


その瞬間、キンタの背後に怪化してしまった例のオヌビトが出現する。

オヌビト「ぐどぅるああぁがぁ!」

理性を失い、キンタより一回り大きく巨大化している。
筋肉は異常発達し、口からはよだれを垂らす。

キンタ「なん…だとっ!?」
目を見開いて驚くキンタ。

オヌビトは右手で振り払うような動きで、キンタをはじき飛ばす。
キンタ「ぐはあっ!」

スラムの家々を貫くほど、大きく吹っ飛ばされる。

クリたちはピーチTを介抱しながら、目を丸くして驚く。
オヌビトはクリたちのほうに視線を向けると、突進してくる。
クリ「うわああああ!」

キンタ「はっ!」
瓦礫から飛び出たキンタが、
オヌビトに強烈な蹴りを食らわせ、吹き飛ばす。
キンタも頭や体から血を流し、傷を負っている。

倒れたオヌビトとピーチTを見比べ、
キンタM
「本命は…こっちだったか」
「だがセンサーは確かにこの者(ピーチT)を示して…」

サR「あっ!」

オヌビトがキンタに襲いかかる。
キンタも応戦するが、
ダメージもあるためか押されている。

オヌビト「どぅがるあ!ぁあ!」
キンタ「ぐっ!むんっ!」

サRはピーチTをおんぶする。
「今のうちにずらかるぞ!」
「おめーらは姐さんたちを頼む!」
キG「わかった!」
Eヌ「ワン!」

ピーチTは失神寸前のぼやけた視界の中で、
キンタとオヌビトの戦いを見る。

ピーチT「待って…おろして」
サR「ああん!? 何を…っ」

ピーチT「あいつ」
自分から降りる。視線の先にオヌビト。

オヌビトは必死にキンタを遠ざけよとするかのように、両手をぶんぶん振っている。

ピーチT「暴れたいんじゃ…ない?」

サR「はあっ?」

キンタは体勢を立て直し、マサカリを構える。
キンタ「B以上ならば即時開放…だったな」


キンタ
「主に念ず、福徳之神吉大将大无成…!」←変化の呪文。

生体デバイス
「シキガミ二式開放」「“貴人”来臨!」

キンタの全身から不思議なオーラが放たれ、
左胸にある「菱形の腰かけ型」のアザ(聖痕)と
マサカリ(聖具)がまばゆい光を放つ。

足元からより高貴な装束に替わり、
筋肉は硬質化していく(形態変化)。
キンタは十二天将の主神で、
富や豊穣、福徳を司る「貴人」の化身。


ピーチT「?」
サR「なんだ、こりゃ…」
サナ「なん…なの…」

しかし形態変化が腰の辺りまで進んだところで、
ガタン!と大きな音が鳴る。
地面に落ちるマサカリ。

キンタ「くっ…」
キンタは震える右腕を押さえている。

キンタのオーラは収まり、元の姿に戻っていく。

生体デバイス
「バイタルエラー検知」「バイタルエラー検知」
「右腕出力低下」「シキガミ開放不可」

キンタ
「あのときの攻撃のダメージが…今になって…」
右腕が痙攣している。

サR
「野郎、ピータの蹴りで握力が…!」

キンタ「しっかりと利き手を狙いおって」
血まみれのピーチTを睨む。

クリ「あっ!?」

キンタの眼前に突進するオヌビトが迫る。
キンタM「…やられるっ」

キンタがそう覚悟した瞬間、オヌビトは素通りし、
その背後にいるクリに飛びかかる!

キンタ「何っ!?」
ピーチT「くっ…」
助けようとするが、体が思うように動かない。

クリ「うわあああああ!」

クリは抱えていた箱を放り投げ、
頭を抱えてしゃがみ込む。
スローモーションで箱が地面に落ちる。

オヌビトの視線は箱に向き、その箱に飛びつく。
オヌビト「ぐぬおおぉぉぉぉ!」

箱を抱きしめ、
身悶えするように体を揺らし、雄叫びを上げる。

驚き、唖然とする一同。
サR「なんだってんだ…」

オヌビト
「ああぁあうあああ…!うああうあああ…!」
全身を震わせ、両目から血の涙を流す。


ピーチT「あいつ…うっ!」
するどい頭痛がし、思わずしゃがむ。
こちらを優しくのぞき込む女性の顔(母)がおぼろげに脳裏をよぎる。

サナ「かなしんで…いる?」
キンタ「なんだというのだ、いったい…」

オヌビトは箱を抱えたまま暴れ、
食堂や周囲の建物を破壊し始める。

ピーチT「あっ!!」

サナ「きゃああ!」

Eヌ「姐さん!おやっさん!」
店内にいたサナ、トクゾウ、キヨ、ゲンが負傷。
特にキヨは下半身を瓦礫に挟まれ、大怪我。

ピーチT「!!」
ドクン!と鼓動が高鳴り、怒りがわき上がり、
オヌビトを睨みつける!

サナ「ピータッ…ダメよ!」
頭から血を流しながら、
ピーチTを叱るように声を上げる。

ピーチT「!?」

ピーチTの脳裏に様々な声がフラッシュバック。
サナ「嫌なことをされたからって暴力で仕返ししちゃダメ」
ゲン「おやっさんとサナちゃんがつれえ思いすんのは見てられねえよ」
キヨ「力ばかり強くなってもまだガキなんだ」
トクゾウ「お前らも食ってけ」
サナ「私たちの家族なの」

さらに目の前で暴れ続けるオヌビトを見つめる。
哀しく、苦しそうな様子。
ピーチTは体を震わせ、どうにか踏みとどまる。

キンタはマサカリを拾おうとするが、
握力が戻らない。
キンタ「くっ…!」

その横にピーチTが立つ。
傷が治り始めている。脅威の回復力。
手には大刀が握られている。
キンタ「貴様…」

ピーチT「殺さずに止める方法…ある?」
キンタ「生け捕りは命令にない」

ピーチT「そういうこと聞いてるんじゃないんだけど」
キンタ「殺す方法も…今はない」
握力の戻らない手のひらを見つめる。

ピーチT
「だから…っ」
「聞いている?人の話」

キンタ
「じきに私の仲間が来る。それを待て!」

ピーチT「………ッ」

オヌビトは暴れ続け、足もとの大岩を投げ、
瓦礫を吹き飛ばし、被害が広がる。

クリは頭を抱えて泣き叫ぶ。
トクゾウらはキヨにのしかかる瓦礫をどかそうと必死。

ピーチT
「あれを…守ろうとしてる?」
オヌビトが片腕で抱える箱を見つめる。

ピーチTの強く握る拳がぷるぷると震えている。
サナ「ピータ…」

サナ
「きっと大事なもの…なのね」

ピーチTにまた頭痛が走り、脳裏に先ほどの女性の顔(母)が浮かぶ。
女性の声「ありがとう、ごめんね」
大刀の組み紐が揺れ、ピーチTの手を撫でる。

さらに眼前のオヌビトの怪化前の穏やかな姿と、
それに寄り添うオヌビト女性の姿が
ピーチTだけのイメージとして浮かぶ。

男女の声
「ああ、愛しい人」
「ずっと一緒よ」

オギャー!オギャー!
「ぼくらの…宝物だ」「ええ」

「絶対に救い出す!」
「愛している!」
「あなたは生きて!」

男の声「守れなかった!」
女の声「あの人を助けて…」

「助けて」
「助けたい」
「救えない」
「どうすれば」
「救われない」
「なぜこんなことに」
「あの人を」「どうか彼女をっ」
「俺に何ができる?」
「何もできない」
「そんなことない」
「うらめしい」
「ダメよ!」
「全てが呪わしい」
「ああ!」

「救いたい!救いたい!救いたい!」

ピーチT「ああぁぁあぁああぁ!!」
大咆哮。

ピーチTの握る拳にさらに力が入り、大気が揺れる。
踏みしめる地面がひび割れる。

サナ「ピータっ!?」


ピーチTの全身に不思議なオーラが広がり、
お尻の桃型のアザ(聖斑)と
背中の大刀(聖具)がまばゆく光る。

ピーチTの中に眠る力が発動する。

全身が筋力強化され、長身巨躯に変化。
さらに龍のウロコのような硬質の皮膚に覆われる。
ピーチTは十二天将のうち、
東を守護する「青龍」の化身。

キンタ「この姿は…まさかシキガミ!?」

生体デバイス「オヌビト脅威評価S」

キンタ「何だと…!?」

ピーチT「俺がやる」

キンタ「!?」

ビー!ビー!ビー!ビー!と、
けたたましく鳴るエラー音。

「訂正」
「脅威評価不能!」
「不能!」「不能!」

サナ「ピータ…なの?」
サナも他のみんなも驚き、茫然。

オヌビト「ぐあどぅぬあぁあ…っ」
神々しい光を放つピーチTにたじろぐ。

ピーチTがゆったりとした仕草で
大刀をするりと抜く。

Eヌ「刀が…!!」

オヌビト「どぅぬああがぁああ…っ!」
覚悟を決めたようにぎゅっと強く箱を握りしめ、
ピーチTに向かって全力の突進!

ピーチTもダッ!と地面を蹴り、刀を振り上げる。
閃光のような太刀筋がきらめく。

ピーチT「いいよ、俺を恨んでくれて」

オヌビトと箱を一刀両断する。

ピーチTは刀を振り下ろした姿勢のまま、
その背後で真っ二つになったオヌビトがドウッ!と倒れる。

嘘のような静寂。
みんな目を丸くし、見つめるしかできない。
キンタも驚きを隠せない。

キンタ「貴様は…何者だ?」

ピーチTは顔から変化がとけ、
元の姿に戻りながら、

ピーチT「……ピーチT」

ななめ後ろからの凛々しい立ち姿で。
日の光で後光が差しているように見える。

つづく


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