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掌編小説 ソルフェージュ

 誰もそれを受け取る者がいなければ詩人がたとえ言葉に思いを込めてもそれは単なる独り言にしかすぎないー。

 
 まるで命を削るような聴音だな、山崎は眼の前の生徒星野智子を見ながらそう思った。星野は山崎の音楽教室に通う高校2年生である。彼女は将来声楽家を目指し東京の音大に進むことを目標としている。背も高く大柄、よく通る声をしている彼女は確かにその素質が十分にあると音楽教師の目から見ても思う。あとはいかに基礎教養を身につけるかである。それがなければ音大進学の道も怪しくなってしまうからだ。

 「先生、私声楽家に必ずなります」智子はいつもこう言っていた。何でも智子はお祖母ちゃんと約束したのだそうだ。若い頃歌手を目指していた祖母。おかげでいつも音楽に囲まれた生活をしていた。今はもう亡くなってしまっていないけれど。

 山崎は思った。「智子頑張れよ」と。今は亡きお祖母さんにその声が届くぐらいに舞台の上で高らかに歌えるようになる未来を叶えられるように。

 そうして山崎は今日も智子に激を飛ばすのである。

 


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