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【エッセイ】憧れのお嬢様

以前投稿した記事ですが、お題にあっていたので再投稿することにしました

 私は学生時代、クラリネットとヴァイオリンを弾いていた。私はピアノを習っていたこともなく、別段音楽に慣れ親しんで成長した訳でもない。入学した中学の文化部が「音楽部」と「パソコン部」しかなかったのでほとんど無理やりに入ったという感じであった。しかもその中学は人数が極端に少ない学校で「音楽部」にはクラリネットとギターしか楽器が存在しなかった。またまた無理やりにクラリネットを選ぶことになった私は、結局最後までクラリネットという楽器を好きになることができなかった。私が吹くとどうしても気の抜けたような軽い音しか出せずに、先生からよく叱られたからである。そしてその学校の部室には何故かヴァイオリンが一台しまわれていた。新入部員の1年生女子が華麗に「ティゴイネルワイゼン」を目の前で弾いてくれた時には、私の心は完全にヴァイオリンに傾いていた。その子は小さい頃からヴァイオリンを習っていたのである。短絡的な私には昔からお嬢様といえばヴァイオリンというイメージがあり、素晴らしい腕前をもつ彼女を羨ましく感じた。
 

 時がたち高校に入学してからのこと。その学校には「音楽部」と称したヴァイオリンを弾くことのできる部活が存在した。公立の学校でこれは珍しいと私は一も二もなく入部を決めた。中にはヴァイオリンを昔から習っている子もいたが、私も含めほとんどの子が初心者である。私たちは最初はすべての楽器がそうであるようにドレミの音階の練習から始め、手始めの曲として『メヌエット』を選んだ。最終的には『カノン』を弾くまでに上達したが、私としては中間あたりに習ったエルガーの『愛の挨拶』という曲がとても好きだった。題名の優しさがそのまま伝わるような温かくて幸せに満ちた曲である。私は下手の横好きではあるもののうっとりとしながら曲の練習に励んでいた。部員ではないのだが面白い男の子がいた。彼はなんと自作の曲を部に寄贈してくれたのである。その名も『マイ・ハート・ウィズ・ユー』思えばE君はロマンチストな男子であった。その曲は部の定番曲となり、私たちは入学式などの折り目の式典でその曲を全校生徒の前で披露していた。
 

 その後「音楽部」は「弦楽部」と名前をかえて、母校の代表的な部活として地位を固めている。私の頃は一学年10名にも満たない部員数であったのに、今ではその倍以上の大所帯で活躍しているらしい。活躍の舞台は母校のみにとどまらず地域のちょっとした催し物にも駆り出されているようである。ビルにかかった垂れ幕にはでかでかとした文字でこう書かれていた。「〇✕高校弦楽部全国大会出場」と。高校生の弦楽活動ということでもともとの参加人数は限られていると思うが、それにしても目覚ましい成長ぶりである。背景には『のだめカンタービレ』などの流行に伴うクラシックブームの影響もあるのだろう。それでもヴァイオリンを学校で弾けるというのは多くの女の子たちのハートをとらえたに違いない。(実際私はあのケースをもって歩くだけで誇らしい気持ちになれた)そしてホームページを検索して、もう一つの「音楽部」も健在であることが分かった。学校の人数自体は地域のますますの過疎化で減ったが(クラスが一クラスしかないらしい)、楽器の種類はむしろ増えなかなかの健闘をみせているらしい。もしかしたら廃部しているかもしれないと思っていたので、これは誠にうれしい情報であった。今の私は音楽をきくことしかしていないが、久しぶりに『愛の挨拶』をきいて、あの日がさんさんと降り注ぐ音楽室に思いを馳せようと思う。


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