見出し画像

りんご箱の妖精 #シロクマ文芸部

「りんご箱の妖精がもうすぐきてくれるわ」
「ハイハイ、そうですねー」
部屋の中から声が聞こえてくる。

「こんにちは」
ドアを半分開けて挨拶すると、看護師がテキパキと仕事をしていた。
「もう終わりますから待っててくださいねー」
そう言われしばらく部屋の外で待っていると、看護師が出てきて声をかけてくれた。
「お待たせしました。春子さんのお孫さん?」
はいと答えるとニコッと笑って話し始めた。
「おばあちゃん喜ぶわよ。最近少し変なことを話したりもするけど、聞き流してあげてね」
「妖精のことですか?」
さっき聞こえてきた話が有紀も気になっていた。
「最近よく言うのよ。でも他のことはしっかりしてらっしゃるから安心して」

はいとお辞儀をして部屋に入った。
「春さんこんにちはー」家族はみんな、彼女を春さんと呼んでいる。
「ゆきー来てくれたのね。嬉しいわー」
ベットをポンポンと叩き早く側に来てと、待ちきれない様子だ。

いつものように近況報告や家族の話など一通り話すと、春さんが声を落とし、いたずらっぽく笑いながら聞いてきた。

「さっきの人、私がボケちゃったとか言ってたでしょ」
「え、そんなこと言ってないよ。ただちょっと変なこと言うって」
「子供だったら可愛いって言われるけど、おばあさんだとボケたって言われちゃうもんね」
そう答えると、少し不満げに窓の外を見た。

春さんの頭はしっかりしている。と有紀は思っている。小さい頃から一緒にたくさん遊んだし、面白い話も沢山してくれた。お菓子で誘ってアリの巣を探そうと二人でじーっと待っていたり、一緒にUFOを呼ぼうとしたこともある。子供から見れば面白い人だったが、大人から見れば変な人かもしれない。

「ねえ、りんご箱の妖精って」
有紀がそう言うと、待ってましたとばかりに春さんが身を乗り出した。

「知りたい?気になるでしょ?こうやって聞いてくれれば話せるけど、ハイハイって忙しそうにされたら何にも言えないじゃない」
そう言って話し始めた。

「昔、りんごはおがくずっていう木屑を入れた木の箱に入っていたの。その中からりんごを探し出すのは宝探しみたいだった。ある時りんごを取ってきてって言われて、ひとりでりんご箱の中に両手を突っ込んで遊んでいたのよ。手の感触が面白くって。そしたらね、りんごじゃない何かが手に当たったの。おがくずの中をひっかき回したら、捕まえちゃったのよ、妖精を。まあ妖精っていうかちっちゃいおじさんって感じだったけど。そしたらね、それがしゃべったの」

「なんて?」有紀も子供に戻った気分で真剣に聞いている。
「眠ってたのに何すんだよーって」
「その中で寝てたの?」

「そう、おがくずの中は暖かかったから。それでね、言ってやったの。ここはりんごのベットだからおじさんがねちゃダメでしょって。そしたらそのおじさんがね、僕はりんご箱の妖精なんだよ、僕がいるから赤いりんごはもっと赤く、黄色いりんごはピカピカになるんだよ、僕が一生懸命磨いているんだよっていうのよ」

「えっそうなの?」

「どうなのかしらね、でも確かにりんごって磨いたみたいにピカピカだし、木箱に入れてると赤くなるっていう人もいるわね」
そこまで話して、カップの紅茶をすすった。

「会ったのは一回だけ?」有紀が待ちきれずに身を乗り出した。

「そうねえ、何回か会った。でも最後のりんごをとりに行った時、もういなくなるねって言われちゃった。りんごがなくなるからしょうがないねって話したけど、また会える?って聞いたの。そしたら今度のりんごの季節には君はもう4歳でしょ、3歳までしか会えないって。がっかりしてたらこれは内緒だけどって教えてくれたの」

「何を?」

「あのね、実は死ぬ前の3年間も本当は僕に会えるんだよって。でもほとんどの人は、忘れちゃって探しもしないって。だから私は絶対に忘れないってりんごを見るたんびに思ってきたのよ」

「そうなんだー」と有紀は一息ついて、ハッと気がついた。
「会えたらあと三年しか生きられないってことじゃん!」

ケラケラケラと春さんは笑って答えた。

「まあね、でもみんな死ぬんだし。もうおばあちゃんだもん、あと三年ってわかったら逆にラッキーじゃない?」
ケロッと話す春さんに、拍子抜けして有紀もなんだかそんな気もしてきた。それでも納得いかなくて「でもさー」と少し不貞腐れて見せた。

そんな有紀の様子に気づいていないのか、退院したらりんご箱とおがくずを手に入れるんだと、楽しそうにしているしているのを見ると、悔しいけど有紀もちょっとワクワクしてきた。
「うん、手伝うよ。春さんがりんご箱の妖精にもう一回会えるように」

「やったー有紀が小さい頃みたいだね、一緒に実験するの」



病室を出た瞬間から、有紀の胸は少しずつ重く苦しくなっていった。春さんがいなくなるのは悲しい、考えたくない。でもその日は確実にやってくる。分かっていることだけど分かっていなかった。せめてその日まで、また子供の頃のように二人でくだらないことをして遊びたい。

だけど今年はまだ、りんご箱の妖精は現れないでくれ、ほんとはいつまでも現れないで欲しい。そう願いながら自転車のペダルを強くこいだ。





シロクマ文芸部の「りんご箱」のお題に参加します。

おっとっと!書き終えてから他の方の作品を読みに行ったら、ikue.mさんと、おがくずの中の小人のおじさんが被ってしまいました。

でもでも、内容は全く違うので投稿しまーす。ikueさんごめんなさいね、汗

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?