選ぶ理由
たくさんの本を読みたいし
好きな小説家だって何人もいるし、で
文芸書単行本は図書館で借りて読みます
書き手や版元への還元・応援を思えば
単行本を初版で買うべきですが
いかんせん、財布と場所の都合で厳しい
ということで
手元に置くのは主に文庫本です
価格や大きさの扱いやすさはもちろん
初めて買ったのが文庫本だったこともあって
媒体そのものに愛着がある
とくに好きなのは、新潮文庫
焦茶色のしおりひも 濃いクリーム色の表紙
マットなカバー紙 印字の映える中の紙質
装丁がかっこよくてお気に入りです
そんな文庫本好きな私ですが
たったひとりだけ
「この人の新刊は単行本で買う」
と決めている小説家がいます
窪美澄(くぼ・みすみ)さん
出会いは18歳の夏
書店員になって1年目
文芸書新刊で入荷した
「ふがいない僕は空を見た」
新刊の詰まったダンボール箱を開けた途端
まっさきに目に飛び込んだ装丁に一目惚れ
読みたい でなく 手に入れたい
本に対して初めて抱いた感情でした
めちゃくちゃ欲しい!と思ったのですが
単行本は1冊1500円
古本屋で文庫本ばかり買っていた私には高価
ためらってしまい、結局買いませんでした
でも、気持ちはまったく諦めていなくて
店頭に並ぶそれを毎日眺めては ためいき
あこがれのドレスをショーウィンドウ越しに眺める
お金のない少女のような日々を送っていました
欲求不満なまま、なんと1年が経過
そのあいだに買う機会も金もあったやろ
読むだけなら図書館に行けばええやん と
今なら思うんですけど
あれってもうほとんど恋みたいな感情だったから
あこがれの存在と毎日過ごせる
そんな状況を楽しんでいたのかもしれません
初めて出会った夏から季節はひとまわり
私は19歳になっていました
仕事帰りの、日付も変わる手前の夜更け
閉店間際の古本屋を物色するのが日課
その日も見るともなく棚を見ていました
文芸書コーナーに並ぶ背表紙たち
変わり映えしないな〜なんて
だらだらと眺めていると
何百回と見たタイトルが目に飛び込みました
「あ゛!?」
蛍の光を掻き消し
店内に響き渡るオタクの断末魔
顔を真っ赤にして本を手に取り、レジへ駆け込み
そそくさとお金を払って店を飛び出しました
その時の本がこちらです
買った当時の印象はツヤツヤだったのですが
今見るとかすれてたり、いたみがある
中古だから当時からそうだったろうけど
念願の一冊だったから輝いて見えた
記憶の中でこの本はずっと光っています
買ったその日のうちに読み始め
明け方には読み終えていました
信じがたいことですが
この日まで内容をひとすじも知らないでいました
主人公の男の子が18歳なことも
彼を取り巻く女達のことも
人間の性が人間の生を難しくしていることも
私は何も知らなかった
主人公と変わらない歳なのに何も知らなくて
私は彼の人生の1割も生きてない気がした
自分の生きる世界と地続きに思える
誰かの人生を閉じ込めたフィクションと
生まれて初めて出会ったのでした
頭の奥で火花が散るような
読んでいる間はずっとそんな感覚でした
私は知らずに自分の囲った中から本を選んでいた
あの日ようやく私は読書の世界を知りました
そんな鮮烈な読書体験をくれた
窪美澄さん
人間描写にフィルターがかかっていない
と言えばいいのか、表現が難しいのですが
どの物語を読んでも、彼らは実在している
そう思うのです
どこかですれ違っている気がする
読み返すたび 共感する人物が変わる
歳をとるごとに新しい解釈を得られる
生きた物語を描く方です
ゆえに決してやさしいばかりでなく
傷を抉るような思いをすることもある
私はその読み心地がとても好きです
自分の人生だけじゃ知り得なかった痛みを知る
フィクションでもノンフィクションでも
そこに込められた感情は等しく現実にあるもの
だから知りたい ひとつでも ひとりでも多く
私は本を読むのが好きなのは そのためだった
気づいた時には読書が好きだったからか
なぜこんなに好きかわかってなかった私に
本を読む理由をおしえてくれた
そんな存在が、窪美澄さんです
この次に発刊された単行本
「晴天の迷いクジラ」以降
彼女の本はかならず
単行本の初版を買っています
誰より早く読みたいから
2018年から今日までで、24冊
私の本棚の一画は窪さん専用です
今回買った新刊も楽しみだ
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