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地球を去る日

地球を去る・・? それはどういうことですか?

正直いうと私は、この初老の男性と初めて会った時から、魅かれるものを感じていた。いつも清楚な身なりで、派手さはないが、洗練された雰囲気があった。彼の話は、とにかく多様且つ造詣が深い。世界の歴史や文化、最新時事情報、近未来の予想などをわかりやすく、ユーモアも交えて話す手法は、時間を忘れ、もっともっと・・と聞きたくなるものだった。交友仲間の誰もがそう思っていたと思う。
私は、彼の瞳の奥に、世界中を旅し、ありとあらゆるものを見てきたかのような、深みのある輝きを感じていた。小説以上に深い話を、リアルに疑似体験するような感覚もあった。

ある日、私は彼と二人きりで話をする機会があった。こんな話題でも彼なら大丈夫かな?と思いつつ、最近の私がハマっている、スピリチャル体験の話をした。すると彼は、いつもとは違う、真剣で重々しい表情になり、吐露するように話し始めた。

(回想談話)
実は私も、何度か前世体験をしました。色んな時代、色んな場所、色んな人物や立場で、自分は地球に存在していました。そして、自分の魂がどういうものかも今では理解しています。

地球は不完全です、もともとジャングルのようなものだったが、今は形を変え、もっと恐ろしくなっています。人間には生きづらい世界です。そのことに気がついたのは最近のことですが、私は長い間、常に戦ってきました。不便且つ不条理なこの世界で。

私は、歪んだ世の中でも、物事を正したい、環境を良くしたい、困っている人を助けたい、そう思い、ただただ努力していました。楽しいこともあったと思います。ですが、思い出されるのは何故だか、苦しみ、悲しみ、無力さ、虚しさ、悔恨、といったものばかりです。
そしていつも、死を迎える時、深い教訓を得、大事なことを学びました。
終わりを求めて、あるいは新しい始まりを求めて、何度も何度も人生を経験しました。しかし・・(ふと顔を上げて私を直視し)、それはきりがないことに思えてきたのです。

もう戦うことをやめてもいいとも思いました。また、あるとき、どこからともなく、「もう時間です。すべて終わりました。」という声が聞こえたら、ああ、そうですか・・と、何の躊躇もなく、未練もなく、戦うことをやめるだろうとも思いました。
「後悔」がある人は幸せです。生きる理由があります。「怒り」も、生きるエネルギーになるでしょう。でも私のように、それらを“卒業”した人間は、もう繰り返す必要はないと思うのです。

ようやく地球を去るタイミングが来ました・・。今がその時です。

最大の試練が人類に訪れています。私は、地球の未来を賭けたこの戦いに、地球人の一人として加わり、参加します。自分だけ安全なところに身を置こうとは思っていません。例えそれが「犠牲」に終わるとしても、私は傍観者にはなりません。でもどうか・・、その後で、真のふるさとに帰ることを許してほしい。本当の自分に戻して欲しい。

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あっ、ああ、おかしなことを言っていると思ったでしょう。すいません。 どうか忘れて下さい。

私は、「いえいえ・・、お辛いことがあったのですね」と答え、その場を繕った。しかし、この男性がここまで真剣に話す姿を初めてみた。話の内容を完全に理解するのは無理だったが、彼の不思議な魅力は、筆舌し難い、多くの苦しみや悲しみの上にあったのか、と思った。
(おわり)


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