ママが人魚姫になった日。
あっかです。
声が見事に枯れてしまいました(涙)
枯れ始めは、カスカスでも声が出せていたのに、半日経ったらほぼささやき声のみです。
原因はおそらく、退職に関連してもらった大きな花束。
一種アレルギーなのかな。
家族の反応
ママぜんぜん声でないの?
とすぐ近くまで来て顔を覗き込む上の子。
いや、耳が聞こえなくなってるわけじゃないのよ。
だから近くで大きな声出さなくてもいいy・・・
と伝える手段もほぼない。最後まで話聞いて~!
真似して覗きに来る下の子は、最近できるようになった「しー」を連発して、人差し指を立てたままささやき声で話しかけてきます。
あわせてくれてありがとね。いつも声のでっかいアナタが、ささやき声出せるなんて知らなかったよ。
もともとお花との相性が良くないことを知っている旦那は、ただただ気の毒がっています。
そうだよね。披露宴でもいかにお花を使わないかで苦心したもんね。
声を失った休日の朝 スタート
始まりました、声を持たない休日の朝。
パンツはいて!お尻丸出しだよー!
・・・・声が出ない。
片づけてー!ご飯にするよーー!
・・・・声が出ない。
食べる前はおててぱっちんでしょ~
・・・・声が出ないぃぃぃっ!
バタバタの朝は、とにかく大声であれやこれや言い続けているのに、それが全くできません。
隣で一緒に準備している旦那が見かねて代わりに声をはる始末です。ごめんねありがとう。
話しかけても話しかけても答えが聞こえないので、おしゃべりに夢中で食事が停滞しがちな上の子がついにしゃべるのをやめ朝食をもくもくと食べていたのが、想定外の効能でした。
疑似ワンオペwithout声
朝食が終わり子供たちを遊ばせながら手分けして着替えや各種片づけ・掃除を始めると、リビングには私と子供たちだけ。
もう旦那に代わりは頼めません。
そろりそろりと近寄って遊びに夢中な姉妹の肩を叩き
(お洋服出したから着替えてちょうだい~)
テレビに魂を吸われている娘に近づいて
(朝ごはん後のおトイレ忘れてるよ~)
他に気をとられておもちゃの片付けの手がとまった娘の前に回り込んで
(今は何をする時間だっけ?)
用事が発生するたびに、遠くからの大声ではなく子どもたちの肩に触れて注意を引いてから話を始めます。
仲良しでも必ず起きるたたき合い・押し合いを発見すると間に割り込んで二人をまとめて抱きしめ、くすぐりまくります。
ひとしきりくすぐって大笑いした後にもう一度抱きしめて
(ケンカは仕方ないけど、叩いちゃだめ。お互い悲しくなるでしょ?)
いつもだったら
これっ!長女ちゃん次女ちゃん、叩いちゃダメって言ってるでしょ!
こらーーー!!二人とも聞きなさいーーーーーー!!!
とキッチンから大声で言ってるんですけどね。
大人が一番うるさいかも。
朝の家事を済ませて外出すると、車道に飛び出したり急に走りだしても声がかけられないので、いつも以上に手つなぎ必須です。
振り払われそうになったらしゃがんでぎゅっと抱きしめて
(今日ママ声でないの。いなくなったら寂しいから手つないでて?)
と耳元でささやきます。
結構素直に手を強くつなぎ直してくれるんですよね。
声を失って得たもの。
普段は横着して離れた場所から大声を出してしまう私。応える子供たちも自然と大声になったり、そもそも目があっていないのでスルーされたりという状態です。
それが、声を失うと全く違う世界になりました。
大声で指示だししているときは結構な興奮状態
↓
・声をかけに近寄る間に気持ちがクールダウンされる
・喉を無駄に使わず一度で聞いてもらうために、話を整理しようと思える
・物理的に声が出ていないので、ゆっくりかみ砕いで話すようになる
・注目を引こうとしてスキンシップが増え、子供たちが嬉しそう
横着してそばに寄る時間を削っていたけど、何故いつもそんなに焦っていたんでしょうね。
コミュニケーションの大半を焦ってしていると、結局聞いてもらえず言い直し&聞き直しの手間が発生している事も気づきました。
さっき言ったのちゃんと聞いててよねー!と余計ボルテージがあがる始末。
今回は声が出せないというハンデを乗り切るための工夫でしたが、
しっかり目を合わせてから小さめの落ち着いた声でゆっくり話すと、
穏やかな気持ちで相手の言うことを受け入れられるようになる
ことを実感しました。
ゆっくり話していると子供たちも自然とゆっくり話してくれるので、結果的に私自身が穏やかな気持ちになるんですよね。
不思議。
穏やかな気持ちが巡って戻ってくるって、気持ちいい。
普段からこうすればいいんじゃないの?
せっかちでおしゃべりな私ですが、カワイイ子どもたちと穏やかな時間を過ごすためには、これくらいの工夫って必要だなと感じます。
それに、声が出にくくて言葉を吟味する分、余計なことを言わず相手の話を先に聞くようになります。
まだ声を取り戻していない状態ですが、大好きな家の中でかわいい子供たちに優しい声をかけてできるだけ笑顔の時間を確保できるなら、声が出にくいくらいの方がちょうどいいのかもしれないと思えました。
王子様にもう一度会うために美しい声を犠牲にした人魚姫も、きっと声が出ない分近くにいられたし、しゃべれない代わりに王子様の言葉に一生懸命耳を傾けたと思うのです。
何より、憧れの王子様と一緒に時間を過ごすことができたんでしょ?
声が邪魔とは言わないけれど、声を失って得られた世界は素敵なものだったと思うのです。
私は人魚姫ではないので、声を取り戻して大好きなカラオケにもいつかまた行きたいと思ってます。ふふふ。それまでは、日に日にお歌とお話が上手になる子供たちに耳を傾けて過ごしていきます。
どうぞよしなに。
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