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これから社会にでる後輩の皆さんへ   コロナが加速する「世界の5つの変化」 ④ 国家はどう変容するのか? 個人の権利と責務

4. 国家はどう変容するのか? 個人の権利と責務
ベストセラー『サピエンス全史』の著者であるイスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリはコロナ危機に際して、これから国家が全体主義的な監視を強める方向に行くのか、それとも国民の権利拡大を認める方向へと向かうのか、私たちは重大な選択を迫られていると新聞に寄稿しています。

コロナ感染が広がる中、世界の多くの国々で都市封鎖や外出制限が行われ、個人や企業の行動は厳しく制約を受け、人々は初めて体験する戦時下のような生活を強いられました。
中国では、政府が強制的に国民の隔離政策を取り、個人の行動はドローンやスマホのアプリを通して監視され、感染の有無はQRコードで表示される赤、黄、緑の色で識別されました。感染防止に猛スピードで成果を出す中国の対応をみて、個人に対して国家が巨大な権限を行使できる国の方がパンデミックにはより効率的だという議論もありました。

他方、民主主義国家の中、ドイツやニュージーランド、韓国や台湾は中国とは違う方法で感染の拡大防止に成功したといわれています。いずれも、科学者や専門家が国民に感染状況の適切な情報開示を行い、個人データも感染予防のために限定的に使用されることを伝え国民から支持を得ました。そして、危機の最中にあって、国民から信頼される政治指導者の誠実さやコミュニケーション能力の高さも成功の要因だとも言われています。

世界の政治潮流を見ると、中国やロシアなどのように国のトップが強権的な手法で自由な言論を封じ国民の情報管理を行う権威主義的な流れとアメリカやヨーロッパの多くの国々のように、政府がメディアから厳しく監視され、国民が個人情報やプライバシーに関して高い権利意識を持つ民主主義的な流れがあるかと思います。

イギリスの作家ジョージ・オーウェルは第二次大戦後の間もない時期に『1984年』という近未来小説を著し、全体主義社会の恐怖を予言しました。ビッグブラザーという独裁者が監視カメラで市民のあらゆる行動を監視し、市民同士が密告しあうという監視社会を描きました。
実際、戦後数十年続いた東西冷戦の最中、ソ連を中心とした東側諸国の多くはこうした全体主義体制の下で、情報統制が行われていました。北朝鮮ではこうした監視社会が今でも続いていると報じられています。また、民主主義国家間においても、敵対や競合する国や企業への諜報活動などは、元米CIA職員のエドワード・スノーデンが2013年に暴露したように熾烈に行われているようです。

個人の情報管理という点では、現在、国家のみが行っているわけではありません。グーグルやフェイスブックなどの巨大プラットフォーマーと呼ばれる企業は膨大な個人に関するデータを保有しており、そのデータの収集方法や管理手法が問題となっています。これまで彼らは個々にユーザーの合意を得ることなくデータを取得でき、個人は自分たちのデータがどのように管理され利用されているかを知ることができませんでした。これに対して個人の権利を侵害しているとして、当局による規制が行われるようになり、ヨーロッパではGDPR(一般データ保護規則)が近年発効し、アメリカでもカルフォルニア州などで個人情報保護法が新しく施行されました。
一部のテクノロジー企業が巨大な資本力を背景に民主主義的な手続きを経ることなく個人の情報を支配することはあまり好ましくありません。

中国は強権的国家と個人データを管理する先進テクノロジー企業が伴走するという新しい管理社会の形を取っています。他方、民主主義国家では、政府や企業の個人情報への関わり方を規制し、個人が自らの権利として、自身の行動や健康に関する情報を管理し活用する方向にあるようです。
私たちは国家が関与し人々の生活の隅々まで支配しようとする体制に身をゆだねるのか、それとも、個人の自由やデータを不可侵のものとして守ることができる市民社会を目指すのか、歴史学者の警鐘を待つまでもなく、私たちが選択する重大な岐路に来ています。

第2次世界大戦後、全体主義の起源や体制を巡っては膨大な歴史研究や反省がなされてきましたが、今や欧米や日本においてもポピュリズムや排外主義、歴史修正主義が一部で広がっています。世界でも戦争の経験がない世代の政治家が多数を占める中、昨今、民主主義国家においてもポピュリズムや権威主義的な流れが勢いを増し、個人の自由が危うくなる状況が出ています。

コロナ危機が強いた戦時下のような緊張が常態化しないように、権力を監視し、言論や個人の自由を守り、個人情報の管理と利用に責任をもって行うこと、こうしたことが市民としての重大な責任であることをこれから認識していただければと思います。

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