ASMR ~あなたのささやきに耳はろうらくす~

 春。それは出会いの季節。
 平年よりも長めの冬を乗り越え、満開を迎えた桜が咲誇る。
 窓から柔らかいそよ風に乗ってホーー、ホケキョ。
 周りの雑談ざつおんを通り越し、美しいさえずりが俺、如月きさらぎ新あらたの鼓膜に届く。
 なんとも心地いい……。癒しのひととき……。
「ごきげんよう新氏! 高校でも同じクラスになるとは……! やはり我々は見えざる宿命で繋がれているのやも知れませんな~」
「はあああ……。だからその『氏』っていうのやめてくれ」
 せっかくの癒しを瓦解させたコイツは、金綱こんごう武たけし。中学からの、ただの、知り合いだ。宿命も縁も全くない。勝手に仲間意識をもって、勝手に話しているだけだ。
「じゃあたまには……。あらた、くん……」
 虫唾が走った。なぜ少し照れながら言う……⁈
「す、すまん。今まで通りで良いや……」
 目頭をおさえながら訂正。
「うむ。まあ呼び方なぞ些細なこと。大事なのは君が君であることなのだから!」
 それっぽいことをドヤ顔で言われても困る。名前のゴツさとは裏腹に根っからのオタクなのだ。
 溜息をつきながら空を見上げる。
 入学初日。すでに周りはちらほらグループの輪郭ができ始めている。
 他愛のない会話が耳に入る。目の前にもまだうるさい奴がいた。
「なー新氏。これはもう見ましたかな?」
 スマホが鳴り、開くと動画のリンクが送られたきた。タイトルに見覚えはない。
「いや?」
「なんと⁈」
 リンクを開くと、俺もたまに見ているVtuberの動画が流れていた。
「あ! えっ⁈ うそーっと、ゲームに苦悶する彼女の姿がライブで堪能できたというのに⁈」
「結構良い声だけど、ゲームは別に……」
 というか声がデカい。
「やはり新氏は『MIYABI』押しですかな?」
「まあ……」
 MIYABIとは俺が気に入っているYouTuber。ASMR、いわゆる音
フェチ動画をメインに投稿している。
 小さい頃から音に敏感だったかせいか、そういった動画の音で癒しを得ている。
 普段はあまり話したがらない俺でも、彼女のことになると多少の熱が入る。
「動画は少ないけど、声がドンピシャなんだよな……。頑張ってるの伝わってくるし」
 登録チャンネルを開く。登録者数はまだ三桁にも満たない。
 でも優しく淀みのない彼女の声質が気に入っていた。
 加えてみずみずしいリップノイズ。例えるならば、暗い洞窟に滴る一滴の雫。
 物思いにふけっていると、隣から消しゴムが転がってきた。
 足元にきたソレを拾うとフワっと石鹸のいい香りがして、瞬間――。

「あ、ありがと……」

 持ち主と思しき女子が、俺の耳元に顔を近づけて囁く。
 ハッとした。
 声を聴いた瞬間、鼻、口、耳……。穴という穴からポタポタと、脳がとろけてこぼれ落ちてしまうのではないかと思うほどの快感。
 少し前に武が聴かせてきた声優に似ている……気もする。あまり詳しくはないが。
 似てるというか、全く同じ声を聴いたような。そう、つい最近。
 スマホに目を落とす。
「MIYABI……」
 呟いた途端、彼女が振り向く。
 目が合い、咄嗟に突っ伏す。
 鼓動が早まり、耳が熱くなるのがわかる。
「知り合い?」
「う、ううん……」
 彼女たちの話声。
 腕の隙間から彼女を盗み見ると、栗色のポニーテールが揺れていた。
 鼓動は更に高鳴る。
 武が「新氏? 新氏?」と呼んでいるがそれどころではない。
 こんな身近にMIYABIが⁈ 嘘だろ⁈ いや、たった一言。しかも小声。小声なんて案外誰でも似てるだろ!
「あ、でさー、昨日のドラマさー」
「えっ⁈」
「だからドラマ!」
「あードラマね⁈ 見た見た! BARで氷がカランて鳴ったとこ、超良かった! あと主人公の上司の革靴の足音とか!」
「……いや、わかんねー」
 MIYABIだあああ‼ あんな音フェチ丸出しのセリフ、そうそう出ないだろう。
 突っ伏したまま、全神経を耳に集中させる。
 武が「どうした?」と肩を揺するが本当にそれどころではない。
 まさか武もMIYABIがお隣にいらっしゃるとは思うまい。というか俺が一番驚いてる。
 まさか同い年とは。
 あれこれ考えているとチャイムが鳴り、始業式の時間がやってきた。

*  *  *
 
 退屈な校長の話を聞き終えHR、クラスの自己紹介が始まる。
 目立ちたくない俺は最低限の内容で済ませ、さっさと着席。
 そして彼女の番。
「雅奏みやびかなでです! 好きなことは色んな音を聴くことです!」
 まんまの名前だったあああああ‼ しかも音フェチって言ってるようなもんだ。
 仮にもYouTuberだろ! 秘密じゃないのか⁈ 隠そうともせず、堂々と音好きであることを公表するなんて。
 俺と目が合い、赤面して席に着く彼女。もしくは言わない方がよかたったと気づいたか。
 今でこそテレビで取り上げられ、音楽ではなくASMRを聴きながら歩く人も増えてきた。 
 だが海外に比べればまだまだ少ない方だし、理解できる人も多くはないだろう。
 だから俺は極力、音フェチであることは隠してきた。恥ずかしかったのだ。
 それを彼女ははっきりと口にした。俺とは正反対。
 自分が情けなくてまた机に突っ伏す。
 
 自己紹介も終わり、担任が説明しながら今後の予定を黒板に書いていく。
 コツコツコツコツコツ……。
 チョークの小気味いいリズムが俺を落ち着かせてくれた。

 キーンコーンカーンコーン。放課後のチャイムと同時に彼女が椅子を鳴らす。
「ちょっと来て……!」
 返事を待たずにグッと俺の手を引っ張る。
「へ⁈ ちょっ⁈」

 人気の無い校舎裏。
 彼女は俺の両手をギュッと握り、真っ直ぐに見つめてくる。
「お願い! MIYABIの事は内緒にして!」
 …………知ってた。
 まぁ、そうだろうなと思ってた。
 告白されるかもなんて、小指の先ほどしか思ってない。だから大して落ち込んではいない。
「だ、大丈夫、誰にも言わないよ……」
 平静を装い、声を振り絞った。
「ハ~~~~、良かったあああ……」
 ずっと気が気ではなかったのだろう。
 彼女は深く息をついた。ならばあの自己紹介も結構危うかったと思うが。
 ところで、握られたままの温もりはどうすれば良いだろう?
 目と手のやり場に困っていると、彼女も気づいたのか「ごめん!」と慌てて離した。
 なんだか切ない。
「ちなみに……、いつから見てた?」
「え……?」
 チラチラ見てたのがバレた⁈ 変態だと思われた⁈
 逡巡していると、
「MIYABIのこと……」
 ああ、そっちか。
「え……っと、二年くらい前かな?」
 目を輝かせる彼女。
「最初からじゃん! うれしー!」
 また手を握り、ブンブン揺すられる。
 というかこの子、色々な距離感が近過ぎる。
 手もそうだか、消しゴムの時や今も、シャンプーの香りがはっきり分かるほど近い。
 一視聴者に会えただけでこんなに嬉しがってくれるとは。俺もファン冥利に尽きる。
 そんな感情ダダ漏れの彼女を見ていると、なんだかこっちもうれしくなってしまう。
 温かくて、幸せな気分だ。

*  *  *

 いよいよ本格的に授業が始まった。
 選択の音楽。俺は軽い足取りで音楽室へ向かう。
 彼女の歌声やいろんな楽器を聴けることが楽しみだったのだ。特にチク、タクと規則正しいリズムを刻むメトロノームがお気に入り。楽器じゃないけど。
 渡り廊下を通るとシャキン、シャキンという音と一緒にタバコの臭いがした。
 下をのぞくと音楽教師がジッポライターをいじりながらタバコを吸っている。
 イケメンで女子にチヤホヤされてるいけ好かないヤツだ。
 校内は全て禁煙になってしまえ! と心で叫ぶ。ひがみじゃない。いや、ほんと。
 タバコなんて良い思い出もないし、吸わない方がいい。このジッポの音は嫌いじゃないけど。
「遅れちゃうよ?」
 いつの間にか居た彼女に促され教室へ急ぐ。

  *  *  *

 ASMRの話をするうち、よく二人でいるようになった。たまに武もいたが。
 放課後に集まり、色んな物で音を追求する。 
 
 タッピング。木、プラスチック、金属。材質で音ががらりと変わる。
 
 折り紙。ペラっと紙をめくり、スーッと指で優しく折る時の音が落ち着く。
 
 将棋、囲碁。盤面に石、駒を置くとパチンと木のやさしい余韻が響く。

 そして今日は校庭の草むしりをしている。
 根っこがブチブチっとうまく抜けた時がたまらない。
「これけっこう癖になるかも‼」
 鼻の下に土をつけながら彼女が笑う。
「でしょ? 校内清掃とかで黙々とやってたわー。周りはすぐ飽きてたけど」
 知らなかった。共感できる人が隣にいるだけでこんなにうれしいなんて。
「あんたら何してんの?」と彼女の友達がやって来た。
「みっちゃん! 聴いて聴いて!」
 ブチブチっと草を抜く。
「良くない⁈」
 彼女は目を輝かせながら、みっちゃんに同意を得ようとする。
「いや、わからんわ」
 理解はされてないが、受け入れらている。彼女の『好き』に対する姿勢と人柄だろう。
 まるで漫才でもしてるような二人が微笑ましい。 
 
  *  *  *

 その後はみっちゃんも加わることが多くなった。
「そういえば、あたしのガラケーにはまった時期あったよね?」
「あー、あったあった! 開けるたんびにパキ、パキっていい音したんだよねー!」
「やり過ぎて壊しやがって。マヂ最悪だったわー」
 言いつつ笑っている。
「財布もずっとじゃない? これ良い音するのーとか言って」
「小銭入れのスナップがパチンってすごくていい感じなんだもん!」
「子供っぽいし、もうヨレヨレじゃん。新しくしたら?」
「いいの! 使い慣れてるし、みっちゃんからのプレゼントだもん!」
「まあ……、奏がいいならいいけど……」
 照れくさそうだ。
 そんな時間がいつの間にか当たり前になっていた。
 音集めのロケに同行するほどに。しかも二人っきりで……。

  *  *  *

 駅前。
 老若男女、次々と改札へ向かう人たち。
 桜は散り、辺りは草木の緑で青々と鮮やかだ。
 日差しも程よく温かく、昼寝をするには絶好のコンディションだろう。
「やあ! 早いね!」
 行き交う人たちに紛れ、彼女が現れる。俺の顔を覗き込むように上目遣い。
 見惚れた……。頭にはキャップ。上着にはオレンジ色のジャージ。下は太ももが丸見えのタイトなショートパンツにスニーカー。彼女にピッタリのハツラツとした服装だった。俺には少々刺激が強過ぎるが。 
 俺の視線に気づいたのか「変かな?」と自分でも見回している。
「い、いや……似合ってます……」
 顔が熱い。
「なら良かった。じゃあ行こっ!」
 キャップの後ろからポニーテールが弾む。

 まずは街をブラブラ散策。
 タピオカ、クレープ。モチっとした食感やのど越しの咀嚼音。 
 ペンをカチカチ鳴らしたり、ゲームのボタンをポチポチしたり。

 公園を通りがかり、彼女がベンチに座る。
 録れ高は良好、いったん休憩だ。
「まあ君も座りたまへ」
 彼女が空いてるスペースをトントン叩く。
 そこに腰かける。木陰でひんやり気持ちいい。
「ねえねえ。如月君っていつから音フェチになったの?」
「え……?」
 突然だった。
 もう忘れた、そんな答えで良かったかもしれない。
 でもなぜか、彼女には嘘をつこうと思わなかった。
 あれは俺がまだ幼かった頃の話――。

  *  *  *

「るっせーなああああ! 誰のおかげで飯食ってんだあああ⁈」
「あなた落ち着いて‼」
 また始まった。
 父親の醜い罵声と暴力。
 食器が次々と割れる音が耳をつんざく。
 小さかった俺は怯え、自分の世界へと逃げ込んだ。
 布団にくるまり、イヤホンで耳を塞ぐ。
 音の世界。
 風が吹き、木々が揺れ、ザワザワと葉が擦れる。川のせせらぎ。鳥のさえずり。
 そんなありふれた音が、俺の鼓膜を優しく揺らし、荒んだ現実から隔離してくれる。
 
 中学の頃。なんてことはない。肩が軽く当たった、それだけのこと。
 俺は同級生に対して、父親と同じことをしてしまった。
 停学になり、母さんも限界を感じたのか遂に離婚。そのまま登校することなく母方の実家に引っ越すことになった。
 その頃だ。俺がさらなる癒しを求めて『彼女』に出合ったのは――。
 
  *  *  *

 話し終えると、彼女は泣いていた。
「ごべん……。でもはなじでぐれでありがど……」
 同情どころか、お礼を言われるとは思わなかった。しかも号泣で。
 それがあまりに愛おしく、つい彼女の頭に手を乗せてしまう。その手を彼女はうれしそうに受け入れてくれた。
 気づくと日は傾き、夕日のせいか彼女の顔は赤らんでいた。

  *  *  *

 ピンポーン。
 俺は震える指でインターフォンを押した。
 息を深く吸って落ち着こうとはしたが……ムリ。
 ガチャっとドアが開く。
「はーい、どちら様?」
「あ、あの。奏さんのクラスメイトできさらぐ……。如月と申します……」
「あー、あなたが如月君? よく奏が話してる子ね」
 一体なんと言われているのだろう。
「もういいみたいだから、どうぞ上がって」
「お、お邪魔します……」
 
 彼女はプリンとアイスとケーキと……、喰いまくっていた。
「んんんんんんんんんんんっっっっ⁈」
「ね。元気そうでしょ?」
「き、如月君。これはその……」
 口にスプーンをくわえたまま、いつもの彼女にホッとする。
「ぶっ……。良かったよ……。元気そうで……!」
 彼女があまりにも慌てるので吹き出してしまった。
 彼女の母親もクスクス笑っている。
 むくれた彼女は俺の手を引き、リビングを出た。
「奏ー、まだ食べる?」
「イ・リ・マ・セ・ン‼」
 彼女は勢いよくドアを閉めた。

「もーホント、お母さん信じらんない‼」
「ごめん、急に来て。三日も休むから……」
「あ! ううん。それはまあ……、嬉しかったんだけど……」
 ニヤニヤしたみっちゃんに「如月―。見舞い行きなよ。奏の家教えっから!」と言われたことは黙っておこう。心配だったのは本当だし。
「ならよかった。てかもう夏風邪? 動画もまだだし心配したよ」
 彼女はそっぽを向いた。
「あはははははは……」

 呆れた。
 土曜の収録を終え、徹夜で編集作業。パソコンの前で寝落ちし、気づいたら月曜の朝だったらしい。まだ夜は冷えるし、疲労もかなり溜まっていただろう。風邪をひくわけだ。
「これからはムリしないように‼ できることは手伝うし」
「ホント⁈」
 詰め寄る彼女。近い近い‼
「じゃあさ、参考までにさ、なんで私の動画を見てくれたの?」
 照れくさい。言いたくない。俺は目を逸らす。
「み、見つけた時になんとなくいいなあって……」
 彼女がほっぺを膨らます。
「もおお! 手伝うって言ったじゃん‼ 全然回数伸びないから参考にしたかったのに……‼」 
 いつになく真剣だ。さすがに申し訳なく感じる。
「ご、ごめん……」
「何がよかったの!」
「…………声」
「声?」
「聴いた瞬間好きになってたから、あんまり参考には……」
 本人を前にこのセリフ、告白みたいでメチャメチャ恥ずいのだが!
「そ、そっか……。ありがと……」
 というか俺ばかり辱められるのは不公平ではなかろうか。
「……そ、そもそも、なんでYoutuber始めようと思ったの?」
「ええ⁈ ああ……。ん〜と……」
 これでおあいこ。
「あの……。赤ちゃんが泣き止む裏ワザって知ってる?」
 予想だにしない質問。
「さ、さぁ……?」
 精一杯の返事がこれ。
「昔のテレビって、映らないチャンネルは砂嵐流れてたでしょ? ザーってやつ!」
「あー、アナログの時の」
「そうそう! 私、赤ちゃんの時、夜泣きが酷かったらしいんだけど、それ聴かせたら泣き止んだって」
「……へ〜、そうなんだあ」
 ――まだ幸せだった頃、母さんがよく耳元で本を読んでくれていたのを思い出した。
「なんかお母さんのお腹の中の音に似てるんだって。それで安心するらしいんだよ」
「うん……」
 父親も隣で聴いていて、いつの間にか寝ていたらしい……。
「さすがに赤ちゃんの記憶はないんだけど。親戚の子を預かった時に試したら本当に泣き止んだの!」
 俺は父親に肩車してもらうと泣き止んだらしい。憶えてはいないが。
「それでかな……。音ってすごいって。もっと色んな音を聴きたいって‼」
 かつては俺にもあったのだ。幸せな思い出が。
「それから音を探しに外出たり、色んな物試したり、動画も探すようになってYoutuberに行きついたって感じ!」
 楽し気に話していた彼女の顔から笑みが消える。
「勢いでさ、手っ取り早く自分の声アップしたら意外と見てもらえて……。うれしくて続けてみたけど今じゃほとんど見てる人いない……」
 クマのぬいぐるみを取り、いじりだす彼女。
「でもさ……。一人だけ。応援してくれた人がいたの……」
 チラっと俺を見る彼女。顔が赤いような……。
 あれ、そういえば一回だけ……。MIYABIにメッセージを送ったことがあったような。
「それって……」
 遮るようにパンっ! と手を鳴らす彼女。
「と! いうわけで! このままじゃくやしいし、なんとかしたいの‼ お願い‼」
 そんなに拝まなくても、最初から俺の気持ちは決まっている。
「しょうがない、手伝うよ」
 まあ照れ隠しくらいさせてほしい。
「やったーーー‼」
 ギュッ。彼女が抱き着いてくる。
「ちょっ⁈」
 温かい。とても。
 ガチャ。
「奏ー、お茶くらい持って行きな……」
 飛び退く彼女。
 俺は一瞬で銅像のごとく固まる。
「ちょっ⁈ 違うよ! 違うから!」
 俺も彼女もきっと、トマトの様な顔になっているだろう……。
「よっかたわー。あんたの貰い手がいてくれて!」
「だから違うってばーーーー‼」
 脳内の俺が木魚をポンポン叩き、チーンとお鈴の音が聴こえた気がした。
 
 さて、気を取り直して真面目にやろう。
 まず、彼女の動画内容の確認。
 って……あれ。
「動画のタイトルはどうやってつけてます……?」
「え? 内容が分かるようにって」
 そのせいか。『うちの猫がエサを食べる時の音』、『親戚の子がオモチャで遊んでる時の音』……。当然すべて聴いたが、中身は悪くない。問題は……。
「タイトルが微妙……」
「そう?」
 このまま検索しても、ASMRとは関係ない動画ばかりが出てくるだろう。
「まず、『ASMR』ってつけた方が検索には引っ掛かりやすいと思うよ」
「あ、そっか」
「それと、『エサ』は『カリカリ』。『オモチャ』は『積み木』とかの方が音をイメージしやすくていいかも」
「ああ! 確かに‼」
「あとタッピング系はもう少し優しく、ゆっくりが良いかも。早かったり強かったりすると落ち着かないから」
「ふむふむ……なるほど……」
 正直合っているかは分からないが俺なりにアドバイスしてみる。
 それをふまえて編集していく彼女。
 パソコンに向かい、マウスやキーボードをカチカチ鳴らす。それは時にリズミカルで、時に不規則で。聴いてるとウトウトしてくる…………。 

  *  *  *

 ――いつの間にか寝てしまったらしい。
 夢見心地の中、耳にポリポリと何かが当たる音がする。
 まるで寝起きにひと伸びしているような、爽やかな痛気持ちよさを感じる。
 頬に伝わる柔らかさと温もり。
 俺の全てを理解してくれていると思えるほどの安心感。
 俺はひとつの『答え』にたどり着き、恐る恐る瞼を開いた。
「あ、起きた?」
 彼女が耳元で囁く。
 なんと甘美で気持ちのいい声だろう。
 一瞬、夢に戻りかけたが意識を引き戻す。
「あ、はい! えっと……、何をなさっているので?」
「耳かきと膝枕?」
「……」
 一気に顔が熱くなる。
「俺、寝てた?」
「うん。一応起こしたけど『あと三分~』とか言いながら、二度寝するんだもん。カップラーメンかって突っ込んじゃったよ!」
 どこかに穴はないだろうか……!
 居心地が良くて、すっかり自宅気分だった。
 彼女の膝枕を惜しみつつ起き上がる。
「ご、ご迷惑をおかけしました……」
「こちらこそ。おかげで動画完成!」
「そっか、いっぱい聴いてもらえると良いね」
「うん!」
 すっと彼女が俺の肩に腕を回す。
 顔を近づけ、彼女が耳元でささやく――。

「ありがとね……」

終わり