これをやりたいんだ。
あるじサイド
1歳を超え、小僧は体重11㎏の中型犬に成長した。細かった脚はいつの間にか筋肉が発達し、後ろ足などは鶏もも肉のように弾力がある。毎日同じ距離を歩いているはずなのに、なぜ小僧の筋肉だけが発達していくのかは謎だが、大胸筋も大腿四頭筋も十分に育ち、今や立派なフレンチブルドッグだ。
険しい山でもその筋肉で簡単に登っていく小僧にたくましさを感じつつも、私にはひとつ、憧れているモノがあった。これだ。
これさえあれば、小僧を背負って自転車で移動することもできるし、ペットを歩かせちゃいけない場所にも入れる。
そして何よりも、かっこいいではないか。
適応体重も13㎏までと、中型犬の小僧にも十分対応している。
私は、これがほしい。これを買って小僧を入れて、自転車で疾走したいのだ。
「見てみろ、小僧。これ、カッコいいと思うだろ?」
小僧にスマホ画面を示して同意を求めると、不審げな顔で私を見上げ、ふっと目を反らす。まんざらでもない、とでも言いたいのだろう。
ということで、早速このK9スポーツサック、XLタイプをポチった。価格の安い、似たようなリュックもあったが、ジェネリックよりも本物の方がやはりかっこいい。
さてと。これにどう、小僧を誘導するか。
小僧は初めて見る、知らない物が苦手だ。警戒心が強く、なかなか近づこうとしないだろう。そこで私が繰り出した手段は、「ハズバンダリートレーニング」だ。
だがしかし、ハズバンダリーはとにかく時間がかかる。せっかちな私は、とてもじゃないがそんな牛歩戦術はとっていられなかった。
K9リュックを床に広げると、案の定小僧は警戒して部屋の隅まで後ずさった。そこで、秘密兵器の登場だ。
小僧サイド
あるじがなにか、企んでいる。変な袋を取り出して、部屋の真ん中に広げている。嫌な予感しかしない。俺は慎重な男だ。たとえあるじといえども、変なモノを出すなら黙っちゃいないぞ。
一定の距離を保ちながら、あるじの様子を観察する。ん?あるじがなにか取り出したぞ。アレは俺の大好きな鹿肉チップスではないか。なんだ、それくれんのか?くれんのか?
あるじサイド
小僧の大好きな肉片おやつを、リュックの上にばらまくと、案の定、小僧はリュックのことなどすっかり忘れ、短い尻尾をちょこちょこ振って肉片に飛びつき、食べ始めた。すべて食べ尽くすと、再び肉片を撒いてやった。それを繰り返すうちに、新品のリュックには小僧のヨダレがべっとりとこびりつき、すっかり小僧の一部となった。
その後時間を空けて数回同じことを繰り返すと、小僧はすっかりリュックが好きになった。小僧の位置を微調整し、リュックの中に入れることに成功。小僧はあっさりとリュックごと背負われた。しかも、この顔である。
よし、これでかっこよく町中を自転車で颯爽と走るぞ。
小僧サイド
あるじにあの袋のなかに入れられたが、思ったほど気分は悪くない。あるじは俺を背負いたかったみたいだけど、あるじの背中は俺には狭すぎて、結局あるじの手下が俺を背負うことになった。やつは、あるじの手下であり、俺の手下でもある。
手下に背負われて見る景色、聞く音、感じる匂い。どれも新鮮だ。俺は手下の手綱を握って、いつもよりずっとずっと早く走る。みんなイカス俺を見上げて声援を送る。
とってもいい気分だ。
あるじサイド
残念ながら、私の背中は小僧の重さに耐えきれなかったので、小僧を背負う役は夫に譲った。K9スポーツサックに小僧を入れ、たくさんの場所に出かけた。小僧を背負って自転車で疾走する夫の後を、私も自転車で追いかける。小僧は前を見たがって、リュックの中でピンと足を伸ばして左肩から顔を出す。向かい風を浴びて金色の毛が流れ、大きな耳は興味がある方向へ自在に向けられた。
小僧を背負う姿を見た人は、最初は驚き、次の瞬間笑顔になった。
肩を落として歩く人が、すまし顔の小僧を見て息を呑み、ふっと寄せた眉間を緩める。
混雑した市場ですれ違う赤ん坊が、父親の背中から小僧にそのぷくぷくした手を伸ばす。
小僧に気づいたお店の人が、サービスに甘栗を一つ、分けてくれる。
興味津々で夫の右肩、左肩から自在に顔を出し、周囲の人を笑顔にする小僧。その大きな耳をぺたんぺたんと倒しながら、私は小僧の頭をグリグリと撫で回してやった。
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