見出し画像

「マグヌス効果」と変化球

前回のおさらい、そして

本シリーズ(たぶんシリーズ化する予定)では、ボールがどのような力を受けて変化するのかを考えていくつもりであり、前回はストレート(バックスピン)に対して働く「マグヌス効果」について考えてみた。

とんでもなく簡略化すると、「マグヌス効果」とは、ボールの回転によって上向きの力が働くことで、重力による落下を抑えることができる効果のことであった。

が、この「マグヌス効果」に関する解説を見てみると、ストレートだけではなく変化球に関しても本効果が働くとの記述がある。これはどういうことなのか、前回同様に一歩一歩順を追って考えてみたい。

スライダーの場合(サイドスピン)

前回は縦回転(バックスピン)を基に考えてみたが、変化球、特にスライダーやシュートといった横方向(水平方向)に変化する球種は、横回転(サイドスピン)をかけることでボールに変化を与えている。
今回も前回と同様、話を簡単にするため、完全なサイドスピンがかかったスライダーが右投手から投げられたものと仮定して、ボールの動きを考えていく。

図1:サイドスピンのイメージ

ここで「回転軸」というものに触れておきたい。
「回転軸」とはその名の通り、回転の中心軸がどこにあるかを示すものである。図1のようなサイドスピンの場合、その回転軸は垂直(縦)であり、図2のようなバックスピンの場合、回転軸は水平(真横)となる。この回転軸が変化の方向・量を決める重要な要素となる。

図2:バックスピンのイメージ

サイドスピンの軌道に話を戻すと、バックスピンの時と同様に回転の向きによって空気の圧力が変わることとなる。上から見た場合の動きを図3に示す。
サイドスピンの影響により、ボールの左側(図3の下部)と右側(同上部)にて空気の流れに差が発生する。前回記事に記載した内容と同じように、ボールの左側は空気の流れに沿い、右側は空気の流れと逆に動く。これにより左側の圧力が低く、右側の圧力が高い状態が発生することとなる。

この圧力の差により、圧力の高い方から低い方へ向かう力が働く。バックスピンの場合は「揚力」と呼ばれる上向きの力であったが、サイドスピンの場合は横にその力が発生する。方向こそ違え、しくみは同じである。
この結果、サイドスピンのかけられたボール(本例では右投手が投げたスライダー)は図3の中央矢印のように、右打者から逃げるような軌道を描く。

図3:サイドスピンのボールが描く軌道(上から見た場合)

前述の通り、しくみとしてはバックスピンと同じなのだが、理解をややこしくさせているのは、バックスピンの時に「揚力」と呼ばれたものと同じような力が、左右方向にも働いているということである。
「揚力」と聞けば上向きの力をイメージしがちで、「マグヌス効果はボールを浮き上がらせるなにか」として捉えられかねないのだが、実はサイドスピンでも同じ事象が発生しているのである。
こうした誤解を避けるためか、他のサイト様によっては「マグヌス力」と総称されているところもある。

サイドスピン、つまり横の変化に関する動きがなんとなくわかったところで、次はフォークを例に、縦の変化に関する仕組みについて考えてみたい。

フォークの場合(負のマグヌス効果)

フォーシームとツーシーム

昨今において、従来「ストレート」と呼ばれた球種を「フォーシーム」と呼称する一方、速くシュート方向に変化しながら落ちる変化球を「ツーシーム」と呼称することが当たり前のようになっている。しかし、両者に共通する「シーム」とは「縫い目」の意味であり、「フォーシーム」と「ツーシーム」というのはボールが1回転する間に縫い目が現れる回数の違いを意味する。結果的に軌道の違いを示すことにはなるのだが、必ずしも直截的に球種の違いを意味するものではないことには注意が必要である。

図4にフォーシーム、図5にツーシームの動きを示す(実は図2もツーシーム)。本項に挙げたフォークは、このうち後者のツーシームに該当する。

図4:フォーシームの回転イメージ
図5:ツーシームの回転イメージ

フォークにまつわる疑問

フォークの変化に関する従来の説明は、以下のようなものであった。

フォークはストレート(フォーシーム)よりもバックスピンの量が少なく、速度も遅い。このためマグヌス効果による上向きの力を得られず、重力の影響を強く受ける。これにより放物線に似たような軌道を描くことで、打者からすると「落ちた」という印象を与える。

フォークは無回転で重力の影響を受けた場合の軌道よりもさらに落ちることがある。しかしながら、フォークには少ないとはいえバックスピンがかかっているため、マグヌス効果による上向きの力を得ており、重力の影響に多少なりとも反発する動きを見せるはずである。にもかかわらず、前述のように現実はそのようにはなっていない。
つまりここまで考察してきたマグヌス効果の働きだけでは説明に限界があり、それ以外の力が働いているのではないか、という疑問が生じる。

「負のマグヌス効果」とは

ここで登場するのが「負のマグヌス効果」なるものである。
この研究は東京工業大・九州大・慶應大の共同研究チームよって行われ、2020年11月に開催された「日本機械学会シンポジウム:スポーツ工学・ヒューマンダイナミクス2020」にて発表された内容を基に、その後データを加えて2021年3月に発表された。比較的新しい考えである。
ここで一気に難易度が上がるのだが、取り急ぎ自分のわかる範囲で把握してみたい。

図6:負のマグヌス効果(出典:九州大学HP)

図6はツーシームにおけるボールの回転と、ボールに働く揚力を示したものである。
ここで特徴的なのは、ツーシームの場合、ボールが1回転する間の特定の瞬間(図6の角度が-30°〜90°の間)において、マイナスの揚力、すなわち下向きの力が働いているという点である。
このような揚力の変化はフォーシームには見られず、本例と同じ速度・回転数のフォーシームではプラスの揚力、すなわち上向きの力が働き続けている。
この結果変化量に違いが生じ、球速150km/h、回転数が1,100rpmのツーシームとフォーシームでは、打者の手元でのボールの落差が19cmも異なることが明らかになったとのことである。
この下向きの力が「負のマグヌス効果」と称される。ちなみに、これまで話してきたマグヌス効果は、「正のマグヌス効果」と呼ばれる。

なお、先述の共同研究チームの発表によると、負のマグヌス効果によるツーシーム/フォーシームの落下量の差は回転数が少ない場合に大きく、回転数が多くなると縫い目の出現頻度が増えることで正のマグヌス効果がより強く働くため、落下量の差は小さくなるとのことである。

ここまでをまとめると、フォークを含むツーシーム系の球種では負のマグヌス効果(=ボールに対して下向きに働く力)が働き、フォーシームよりも落下量が大きくなるらしい。また両者の落下量の違いから、縫い目の違いが何かしらの影響を及ぼしているようだ。
少なくともここまでわかれば、「ふーんツーシームだと落ちるんだね」というところまではわかる。これで十分なのかもしれない。

が、なぜ縫い目の違いが負のマグヌス効果を発生させるのだろうか。
なんだか踏み込んではいけない領域に足を踏み入れている感じがするが、ここからはそのしくみについて素人なりに考えていきたい。

以降は全く自信がない上に無駄に冗長なため、ご興味ある方のみご覧くださいませ。

「負のマグヌス効果」のしくみ(1. 縫い目の動き)

改めて「縫い目」なるものを考えてみると、そこには突起、つまり高さが存在する。
縫い目の高さは約0.9mmとのことだが、その存在ゆえに、ボールが空気の流れに対してマグヌス効果などでは説明できない変化をもたらす。これがMLBで言われる「シーム・シフト・ウェイク(SSW)」というものに相当する。
SSW全般については改めて別の記事で取り扱いたいと考えているが、負のマグヌス効果も縫い目の影響によることから、SSWの一種であろうと思われる。

縫い目がどのような動きを見せるのか、そしてそれによって空気の流れがどのように変わるのか。この2点を考えることが必要になりそうだ。

図7:ツーシームとフォーシームの回転イメージ(バックスピン)

まず、縫い目の動きについて考えてみる。図7は右から左にバックスピンのボールが投げられた場合の回転をイメージしたものである。なお、図6とは流れが逆なのでご注意いただきたい。
ここでツーシームに目を向けると、空気と縫い目がぶつかる回数がフォーシームに比べて少ないのもさることながら、縫い目ではない皮の部分と空気がぶつかる時間に長短の2つが存在していることがわかる。ざっくり言うと「皮(長め)→縫い目→皮(短め)→縫い目→皮(長め)」というサイクルになっている。
その一方、フォーシームは皮の部分と空気がぶつかる時間に長短の別はあまりなく、「皮→縫い目」のサイクルが規則的に続くように見受けられる。

この縫い目と空気のぶつかる時間の差が、どのように空気の流れに影響するのか。

「負のマグヌス効果」のしくみ(2. 空気の動き)

ここから負のマグヌス効果における空気の流れを考えていくわけだが、まずその前に抑えておくべき空気の特性がある。それは、「空気は粘性を持つ」という点だ。
普段暮らしている中でそんなものは全く感じないが、ごくわずかながらも空気には粘り気が存在する、ということである。
この空気のくっつき(付着)とはがれ(剥離)具合を極めて単純化したものが図8である。

実際はこんな単純な話ではなく、くっついたりはがれたりを無数に繰り返しているし、層になったりもするのだが、敢えて無理やり単純化したものとお考えいただきたい。
また前述の通り空気には粘性があるため、縫い目部分だけでなく皮の部分にも付着するのだが、ここでは敢えて付着の度合いが高くなる縫い目部分に焦点を当てて表示している。話を簡単にするため、以降も縫い目部分の点だけを考えていく。

図8:フォーシームの回転と空気の付着・剥離イメージ(バックスピン)

バックスピンしたボールは、縫い目がある角度に来てから空気の付着が始まり、一定程度回転した後に、それが離れ始める(剥離し始める)。
空気を「砂の集まり」、縫い目を「ぐるぐる回るスコップ」と例えるならば、このスコップがある角度から砂をかき込み始め、一定程度回転したら斜め下後方に放り投げるような運動になる。このため、ボール後方の空気の流れは下向きになる。これが正のマグヌス効果におけるボール後方の空気の流れである。
特にフォーシームにおいてはこの「分子放り投げ運動(仮)」が高頻度かつ定期的に行われることで、後方の流れが下向きに維持され、かつボール上部が下部よりも圧力の低い状態が発生していることで、正のマグヌス効果が発生しているものと思われる。

が、問題はツーシームにおける負のマグヌス効果である。正のマグヌス効果を得る際、ボール後方の流れが下向きになるということは、負のマグヌス効果においてはその逆、つまりボール後方の流れが上向きであり、ボール上部が下部よりも圧力の高い状態になっていると考えられる。そのような状態はどのようなしくみで発生するのだろうか。
前述の研究によると、負のマグヌス効果は-30°〜90°の間で発生しているとある。この間のツーシームの回転と、縫い目における付着・剥離を図9にてイメージしてみる。

図9:ツーシームの回転と空気の付着・剥離イメージ(バックスピン)

ややこじつけの感もあるが、負のマグヌス効果が発生している-30°〜90°におけるツーシームの回転具合を見ると、その区間では縫い目からの空気の剥離が発生していない、あるいは少ないように思われる。空気の剥離は斜め下後方に向けて発生するので、これがないということは後方の流れを下に向ける力がない、あるいは弱いということが想像しうる。

ここで残る疑問は2点ある。「ボール後方の流れはどうやったら上に向くのか」「ボール上部の圧力はどうして下部よりも高くなるのか」だ。
特に後者が下向きの力を発生させる直接の要因と思われるが、順を追って考えることとする。

まず前者の「ボール後方の流れが上に向く」ために考える必要があるのが、「縫い目がない時の付着・剥離」である。前述の通り、空気の付着・剥離は縫い目だけではなく皮の部分(平滑面)でも発生している。
ここまでは縫い目部分だけを考えていたが、今度は縫い目以外の部分も含めて図にしてみる。

図10:ツーシームの回転と空気の付着・剥離イメージ(バックスピン、縫い目以外も含む)

負のマグヌス効果が発生している角度(図9参照)におけるボールの上部・下部における縫い目の動きを見てみると、上部では前方側に縫い目が出現する一方、後方では消えていく動きになっている。

縫い目には突起があるゆえに、付着した空気がはがれにくくなる。一方、平滑面ではそのようなことはなく、付着した空気がすぐにはがれてしまう。前述の砂とスコップの例えに加え、平滑面の場合をスコップではなく板と考えると、もしかすると違いがわかりやすいかもしれない。

縫い目に比べて平滑面は空気がはがれやすいので、空気の剥離が発生するポイントがより早く、より前になる。より前のポイントで空気の剥離が発生した場合、縫い目からの剥離が発生した場合のように斜め下後方に空気が流れるのではなく、斜め上後方へ空気が流れる状況が生じうる。こうして、ボール後方の流れは下向きではなく上向きになるものと思われる。
極端に単純化すると、図11のような感じである。

図11:縫い目と皮の空気の流れの違い(イメージ)

最後に(ようやく…!)考える必要のある点は、「ボール後方の空気が上向きになると、なぜボール上部の圧力が高くなるのか」である。
正のマグヌス効果にあった通り、空気の圧力に差が生じた場合、圧力の高い方から低い方に力が働く。なので、負のマグヌス効果が働くには上部の方が下部より圧力が高くなければならない。

繰り返しとなるが、負のマグヌス効果が発生している区間(図9参照)では、ボールの上部・下部における縫い目の動きを見てみると、上部では前方側に縫い目が出現する一方、後方では消えていく動きになっている。このため、ボール上部では縫い目と空気の衝突が発生するが、下部ではこれが発生せず、空気は平滑面を流れていく。これにより、正のマグヌス効果が発生した時に比べると、上部での圧力は強く、下部での圧力は強くなる。

また、前述の研究成果に立ち返ると、変化量の差は特に低回転の場合に発生しているとあり、回転数が増えれば増えるほどツーシーム/フォーシームの落下量の差は縮小するとある。つまり低回転バックスピンの場合、回転によってボール上部・下部にかかる空気の流れの加速・減速効果が弱くなる。空気の流れが速いと圧力は低く、遅いと圧力は高くなるため、これもまたボール上部の圧力上昇・下部の圧力低下要因となりそうである。

図12:ツーシームにおける低回転バックスピンと空気の流れ

ややこしくなってきたので、ここまでの要因をまとめると、以下の3点が考えられる。

  1. ボール上部では縫い目が出現し、空気と衝突している。

  2. ボール下部では縫い目が消失し、流れがスムーズになっている。

  3. 低回転のため、回転で生じる上部・下部の空気の流れに差が発生しづらくなっている。

これらの要素が絡まり合い、ボール上部が高圧に、ボール下部が低圧になる状況が発生した結果、正のマグヌス効果とは逆の下向きの力、つまり負のマグヌス効果が発現すると考えられる。とても自信がないが。

ツーシームであっても負のマグヌス効果が発現するのは回転の一部の区間であり、回転全体で発生しているわけではない。しかし、フォーシームが継続的に上向きの力、すなわち正のマグヌス効果を得続けていることに比べると、一部であっても下向きの力である負のマグヌス効果が発現することは、ボールの落下量に少なからず影響を及ぼしている点は無視し難いものがあると考えられよう。

まとめと補足

本記事ではスライダー(横変化)・フォーク(縦変化)とボールの回転に関する関係を考察した。まとめとしては以下の2点で済む。

  1. スライダー(サイドスピン)の場合、ボールの左右に圧力の差が発生し、圧力の高い方(=回転の方向)へ曲がる

  2. フォーク(ツーシーム)の場合、負のマグヌス効果が発生し、下向きの力が発生することで落ちる

スライダー(サイドスピン)に関する原理については、前回記事の内容を応用することで比較的イメージしやすいが、フォーク(負のマグヌス効果)については正直「これが初見殺し…!」というのが正直な感想であった。

負のマグヌス効果については、本来ならば「層流(Laminar Flow)/乱流(Turbulent Flow)」「境界層」といった流体力学的な用語を交えて考えるべきなのであるが、「イメージしやすさ」を優先することとし、これらを意図的に排し極端に簡略化した説明とした。この簡略化の過程で認識の不十分・齟齬があると思われるので、その点はあらかじめお詫びしておきたい。
ただし、「ツーシームでは乱流が発生し、空気の向きが逆になるから」という説明では「フォーシームだって乱流なんじゃないの」という疑問がどうしても離れず、層流/乱流に関する考えとは乖離した理解となってしまった。この点は知識の不足に起因するため、詳しい方がいらっしゃったら教えてください。

その他の解釈にも誤りが含まれている可能性が多分にあるが、あくまで「素人が吐きそうになりながらこう考えてました」程度にご笑覧いただければ幸いである。

マグヌス効果に関する考察はちょっとしんどすぎてもう考えたくないんで今回をもっていったん区切りとし、次回以降は別のテーマを取り上げる予定である。シリーズと銘打ってしまった以上、もう少し考察を続けていきたいと考えている。

参考サイト

https://www.nagare.or.jp/download/noauth.html?d=40-5_3_gencho.pdf&dir=166

https://www.keio.ac.jp/ja/press-releases/files/2021/3/23/210323-1.pdf


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?