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書評

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海外文学の新作の書評。
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#ジョゼ・サラマーゴ

優れた詩人は、世界のできごとに無関心でいてはならないか?

『リカルド・レイスの死の年』ジョゼ・サラマーゴ 岡村多希子訳 ポルトガルを代表する詩人カモンイスの詩句「ここで大地は終わり、海がはじまる」を逆説的に言い換えた冒頭の一文「ここで海が終わり、陸がはじまる」から、懐かしい映画を見ているようなサウダージの気分が辺りに満ち溢れる。黒っぽい船が雨にけぶるテージョ川を上ってゆく。大西洋横断用の船だ。十六年の時を経て、旅人はポルトガルに帰ってきた。 川沿いのブラガンサ・ホテル、川の見える二〇一号室に宿を取った旅人は宿帳を書く。名前はリカ

宗教裁判と大聖堂建設に揺れるポルトガルの空を飛ぼうとした男と女

『修道院回想録』ジョゼ・サラマーゴ  谷口伊兵衛/ジョバンニ・ピアッザ訳 一七一三年、ポルトガル王ジョアン五世は、首都リスボンの西、マフラの地に宮殿、修道院、大聖堂からなる壮大な伽藍を建設しはじめる。事の始まりは、修道院を建てれば世継ぎが生まれるという、一フランシスコ会士の言葉だった。予言通り王妃が懐妊すると、王は約束を果たすため、五万人という人員と、巨額の建設費を注ぎ込んで大事業に乗り出す。 はじめは小規模な修道院を寄進するはずだったが、サン・ピエトロ大聖堂のレプリカを

「象は、大勢に拍手され、見物され、あっという間に忘れられるんです」

『象の旅』ジョゼ・サラマーゴ 木下眞穂 訳フランシスコ・ザビエルが日本を訪れた頃の話。彼を派遣したポルトガル王ジョアン三世は、舅であるスペイン国王を訪ねてバリャドリードに滞在中の従弟のオーストリア大公マクシミリアン二世の婚儀を祝う品は何がいいかと頭を悩ませていた。妻のカタリナ・デ・アウストリアが、象がいいと言い出したのが事の始まり。二年前にインドから来て以来、毎日、樽一杯の水を飲んで、大量の飼葉を食べ、寝ているばかりで何の役にも立たない。いっそのこと、他国にやってしまえば厄介