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書評

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海外文学の新作の書評。
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2021年7月の記事一覧

へなちょこ探偵のセンチメンタル・ジャーニー

『仏陀の鏡への道』ドン・ウィンズロウ 東江一紀 訳この痛快さはどこから来るのだろう。国家のイデオロギーや指導者の大局観などとは一切無縁。一人の青年の美しい女性に寄せるひたむきな愛が、成就されることもなく、そうとしか有り得なかった結果を引き出す爽快ともいえる空しさにあるのかもしれない。生粋のストリート・キッズが、大自然の要害に徒手空拳、よれよれのからだで挑む、向こう見ず極まりない冒険の成り行きが、なまじい世間を知った年寄りにはただ切なく眩しいのだ。 はじめてドン・ウィンズロウ

今宵一夜の逢瀬に一生分の愛を込めて

『友達と親戚』エリザベス・ボウエン 太田良子訳第一次世界大戦は終わったが、次の大戦がすぐそこまできている、そんな時代のイギリスが舞台。ジェーン・オースティンでおなじみの姉妹の結婚問題が主たる話題。コッツウォルズの西の方チェルトナムに、ローレルとジャネットという姉妹が住んでいた。父はコランナ・ロッジの当主で退役軍人のスタダート大佐である。まず姉が結婚し、そのあとを追うように妹が婚約する。婚約相手はバッツ・アビーというカントリー・ハウスの領主にして、猛獣狩りで有名なコンシダインの

少年が大人になるには越えなければならない一線がある。

『フリント船長がまだいい人だったころ』ニック・ダイベック 田中 文 訳 スティーヴンソンの『宝島』に出てくる「フリント船長」が題名に取られているところから分かるように、主人公は十四歳の少年である。時は一九八七年、合衆国北西部ワシントン州にあるロイヤルティ・アイランドという漁師町が舞台。町の男たちは大半が漁師で船に乗ってアラスカにカニをとりに出て行く。一度漁に出ると一年のほとんどは家を空ける。残された妻や子はひとしきりその不在をかこつ、そんな小さな町の話だ。 十四歳の少年カ