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あのときの、甘いもの

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佐賀県唐津市のフリーペーパーfeel連載 2022年〜 唐津市バスセンター内のカフェfeelが発行する町の情報誌に詩が載りました。 2022年春にはじまったこのシリーズは 20…
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記事一覧

ことばなしのビン

キッチンのキャンドルに火を灯す 前の日から コトコト コトコト 窓辺の瓶は 音を立てています そろそろかしら そのいびつな蓋をあくせくあける ”なんにもないようにみえるけど” と声がするので フォークでくるりとひとすくいしてみせた “なんにもみえないけれど”と声は言うので “これをパウンドケーキにのせるのよ”と答える すると 文字のようなものが ふっと姿をみせて すぐに消えてしまった “はやかったみたいね” 熟成させましょうもう少し なんにもない瓶でもう少しだ

月菓

深い森にしずみゆく 風に溶けこむめぐる音 耳をあわせて 満ちてゆく 月の菓子を頬張ると わたしの笑顔 まるく膨らむひととき

暁月果実

月霞む 夜明け前 波音の丘へ 黄色い果実をとりにゆく 陽が昇ると消えてしまうから 知っている人はきっとほとんど居ない 黄色い果実を丸ごと搾ってつくる、 ほろ苦いケーキは 不思議なことに 口にふくむとパチパチスパークする つま先立ちで実をもいでいると ”もうすぐみんな眠りから覚めるよ” 東の風がわたしの髪をゆらして知らせる 空にオレンジが滲み 黄色い果実は 白い月と一緒に ゆっくり透けてゆくのでした

フウロ茶

仄暗い箱の中 そこでは 時を飲むことができる 季節になると お湯が湧き 風は舞い 若葉を落とす お湯の中で 葉は踊る 時を飲む 風は沈黙し 真っ直ぐに流れ出す それがフウロ茶です

おませなピンク

出かける支度をはじめた彼女は わたしを見上げて 言うのです “あたし ぴんくがすきなの” その横顔はスンとして 随分とお姉さんになっていました ちいさな鞄の隙間から ちらりちらり ぴんくのおやつ 見え隠れ いってらっしゃい

火蜜

やっぱりすきなのです 外へ外へと目を向けていたものだから いつのまにか 見失っていたようです 外を見ると “甘いもの”はいくつもありました だけどキミが炎の中から巻き取る透き通った蜜は特別 火口から溢れる溶岩のようなのです 生地にかさねるとジュッっと蒸気で包みこみ 濡れたお菓子に仕上げてくれる 火の蜜

星屑寒天

その日、月のない宙に散りばめられた瞬きが わたしの中に染み込んでいった 降り注ぐ光を追いかけると カケラフタツ落ちていたの “これを寒天でとじこめてみてよ“ 声はしても姿はない ポケットにしまって声を探しながら来た道を戻った 溶かした寒天の中にカケラフタツを落とすと キラキラと散らばって とろみの中に染み込んで固まった ひとつまみして そのやわらかな星屑を唇にあてる 目をとじると 彗星のそそぐ夜に わたしに触れたあの声が聞こえるのでした

琥珀色の湖

ぽとぽこもこ あつい水で雲をつくる人がいます ぽとぽこもこ ぽとぽこもこ ぽとっと垂らした水で ぽこっと雲を膨らませると ポットからつーっと細い水を注ぐ そうやってもこもこに膨らんだ雲から降る琥珀色の雨を ガラスに集めて湖を作ってくれる その湖はブルーベリー模様のカップにそそがれて 私の前に置かれるのです 角砂糖ぽとり 琥珀色の水面に三日月ふたつ浮かんで 見上げると珈琲屋の店主はにっこりでした 2022年 ブルーベリーが色づいてきた

笹に雫

いつからそこにいたのかしら 笹の葉を集めるわたしを 虫籠を持ってじっと見ていたの その瞳に映るサラサラの葉に気づいて “これはおやつの飾りつけに使うの” そう声をかけると さっと走り去ってしまった 立ち尽くすわたしの頬に水を含んだ風が触れて 空のこぼしたひと雫はポロンと笹の葉を鳴らすので 今朝、天気予報で眺めた傘マークの数を思い出す 2022年 もうすぐ七夕