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「食」を通して、障がいのある人の未来を支える 杉本町みんな食堂(大阪)

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大阪と和歌山をつなぐJR阪和線の杉本町駅。周辺には大阪市立大学があり、学生や昔から住んでいる人が混在した地域です。全国的な人口減少の余波はこのあたりにも波及しており、高齢化が進み空き室が増えてきていた団地の抱える問題を解決するのに一役買ったのは、団地のなかで住人たちがランチを楽しむ食堂でした。地域のつながりを取り戻すこと、障がいのある人の雇用を生み出すこと。この二つの課題解決に取り組んでいる、NPO法人チュラキューブの代表、中川悠さんにお話を伺いました。

取材レポート

大和川のほとりに大阪府住宅公社が運営する団地があります。この102号室を丸ごとつかって2018年にオープンしたのが、「杉本町みんな食堂」。地域の住民が入れ替わり立ち替わりランチを楽しむ空間です。私たち取材チームも実際にランチを食べながら、中川さんのお話を伺いました。

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▲取材当日のランチ。彩りもきれい。
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障がいのある人の就労支援に取り組んできた中川さん。ご自身が福祉の環境に身を置くうちに、福祉の世界にビジネスの感覚を持ち込む必要があると考えたそうです。中川さんによると、福祉施設もハローワークも、障がいのある人を雇用したいという企業も、障がいのある人が継続して働ける環境づくりにまで目を向ける余裕がないのが現状だと言います。そのためNPO法人チュラキューブでは、障がいのある人が無理なく充実した仕事を続ける環境を作るためにこれまで図書館内のカフェ運営や、企業と障がいのある人をマッチングさせた仕事を数多く手掛けてきました。

いっぽう、大阪府住宅供給公社は団地の「大家さん」。部屋の補修や賃貸管理をするのが主な役割でしたが、住民の高齢化が進み、単身高齢者の孤立の問題に直面する中で、住民同士や住民と地域のつながりをつくることの必要性を感じたといいます。人々が出会ったり頼りあえる機会や仕組みをつくること、いわばハード面だけでないソフト面の充実を図ろう、という思いがあり、すでに他の地域で実践されていました。

中川さんと大阪府住宅供給公社は、それぞれの思いが重なり、「団地の空き室問題の解決と障がいのある人が継続して働ける環境づくりを同時に実践する」という構想が動き出しました。団地の一室にだれでも利用できる地域食堂をつくり、地域の人と住民とが出会う場をつくる。そこでは障がいのある人がスタッフとして働き、利用する人、働く人、関係するすべての人にとって居心地のいい場所になるようにみんなで工夫する。そうしてできたのが「杉本町みんな食堂」です。企業の障がい者雇用の促進が難しい中で、障害のある人が企業の中で働くのではなく、地域食堂である「杉本町みんな食堂」の穏やかな空気に包まれた職場で働き、所属する企業の社員として給料を得る。働きやすい環境や仕組みを用意して、結果的に継続した雇用につなげようという試みです。

「杉本町みんな食堂」は団地の一室を改装しているので、まるで知り合いの家を訪問したようなゆったりとした空気が流れていました。キッチンやダイニングをうまく使い、スタッフのみなさんがいきいきと仕事をしていました。テーブルには常連さんと思しきお客さんの姿があり、和気あいあいとした雰囲気。一つ一つ丁寧に運ばれてくるランチは彩りもきれいで食欲が刺激されます。栄養バランスも考えられたご飯はしっかりとボリュームもあり、350円とは思えない満足感。そばで調理、準備しているスタッフの方々の動きが見えることもあって楽しく食事をいただくことができました。

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▲料理を待つ時間も、家でご飯を待っている感覚。ゆったりとあたたかい空間です。
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▲みなさん声をかけあってランチを用意します。
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「長く働きたいという強い思いを持った人を応援したい」と中川さんは言います。スタッフの多くは精神やコミュニケーションに障がいがある人たち。この家庭的な空間で、お茶をこぼしても怒られない、寛容なお客さんに支えられているといいます。ここには毎日のランチメニューを写真に撮ってアルバムにしてくれるような、みんな食堂の継続を応援し、食堂を続けられることを心から喜んでくれる人たちがいます。

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▲食堂を応援してくれる常連さんとのひとときも楽しい時間
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また、スタッフが働きやすい環境を作るために、一人ひとりをどうサポートするかのきめ細やかな工夫が凝らされています。食堂は狭い空間のため、一人で落ち着ける場所がありません。もし、気持ちがしんどくなった場合、どういう配慮が必要かあらかじめ確認しておき、疲れたら気持ちが落ち着くまで好きなように過ごすことができます。お客さんを含めた周りの人たちもそれを理解しているので、だれもとがめることはありません。また、スタッフは毎朝インターネット上のフォームを使って、自らの日報を書いているのですが、記入項目の一つに「余裕度」という項目を設けています。現在の心の余裕がどれだけあるのか、自分で自分の状態を確かめた上で仕事に取りかかることができます。こういった細かな工夫が、スタッフの働きやすい環境をつくり、自然と笑顔で接客ができる食堂づくりにつながっています。障がいのある人がこの先、自分の力で生活をし続けていくという未来を想像しながら、そこから逆算をして働く環境を準備する。「食」という、生活の中心にある活動に関わることで、人として豊かに生きていく力を養うことにつながる、と中川さんは力説されました。

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▲NPO法人チュラキューブ代表の中川悠さん
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食堂運営だけでなく、大阪市内の農家とのイタリア野菜作りにも取り組んでいるそうです。作った野菜は大阪のイタリア料理店(大阪は東京に次いでイタリア料理店が多い)向けに卸しているのですが、だんだん認知度が上がってきて、問い合わせが増えてきました。食堂運営時間以外の時間を使って、みんな食堂でスタッフと袋詰め作業をしたりもするそうです。「食」をとおした仕事の展開はまだまだ可能性があると中川さんは言います。

実際に働いているスタッフのみなさんにも、みんな食堂で働いての感想をお聞きしました。取材当日に働いていたのは4名のスタッフ。食堂で一番長く働くスタッフに、みんな食堂での仕事のやりがいをお伺いすると、「悩んだ結果いい方向にことが進んだとき、良かったと感じます。」と話します。当日のシェフを務めていた別のスタッフは、「当初違うレストレンで働く予定だったのですが、新型コロナの影響があり、みんな食堂で働くことになりました。メニューの提供を自分のペースで決められることや、お客さんとの距離が近いため、生の反応がもらえることが自分の成長につながっています。」と言います。ご飯を丁寧に配膳していたスタッフは、「まわりに色々迷惑をかけることもあるけれど『大丈夫』と受け止めてくれる環境なので安心して楽しく働くことができます。」と話しました。そして、この4人の中では一番新しく、以前は会社員をしていたというスタッフは、「ここの仕事の特徴としてバイタルチェック、メンタルチェックを丁寧に行なってくれる。常に自分たちの状態を気遣ってもらいながら、自発的にできることをなんでもやらせてもらえる環境にやりがいを感じている」と言います。また、「この場所が単なる食堂でなく、団地というコミュニティだからこそ、食堂の仕事以外にもお客さんのちょっとした困りごとを解消するために、自分ができることをして喜んでもらう。そんな働き方に充実感を覚えているんです。」ということです。
お話を伺っている最中も、みなさんわいわいと終始楽しい雰囲気で、4人のチームワークの良さも感じられました。

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▲食堂の仕事だけでなく、地域の方のお困りごとも相談にのります。
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最後に、大阪府住宅供給公社の田中陽三さん、片山祐梨子さんにも、みんな食堂の取り組みについてお話いただきました。

「当公社では、茶山台など他の地域では団地再生の活動をしていたのですが、杉本町では取り組めていませんでした。最初はなかなか住民の方とコンセンサスがとれる機会がなかったので、この食堂がうまくいくか不安でしたが、中川さんのパワーで住民のみなさんをまとめていただきました。学生さんや働いている人が来たり、お手伝いしたいという人が現れるなど、活動を外にも開いていただいた結果、さまざまな人たちが交わる拠点になっています」
田中陽三さん(大阪府住宅供給公社 経営管理部 住宅経営課 団地イノベーショングループ長)

「実は私、前職が看護師なんです。当公社に転職してきた時には、すでに食堂の活動ははじまっていました。はじめは、健康増進、高齢者の孤食対策など、とてもいいことをしていると思ったのですが、実際に食堂に来て、利用者や食事を提供する障がいのある人たちの交流する様子をみて、あらためてこの場所の大事さを実感しました。私は、健康は食事や運動することだけでなく、さまざまなかたちで社会参加することが大事だと思っています。そういう視点では、この食堂は高齢者や障がい者だけでなく、一般の人にとっても意義があるのではないでしょうか」
片山祐梨子さん(大阪府住宅供給公社 経営管理部 住宅経営課 団地イノベーショングループ 副主査)

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写真:衣笠 名津美

《団体情報》NPO法人チュラキューブ/杉本町みんな食堂
代表:中川 悠(なかがわ・はるか)
所在地:大阪府住吉区
http://minna-shokudo.jp/
2018年8月より大阪府住宅供給公社とNPO法人チュラキューブがタッグを組み、高齢者の多い団地で運営する地域食堂。障がいのあるスタッフが作ったランチを提供することで地域の方々の食生活を支えると同時に地域のコミュニティ作りにもつながっており、さらに地域の方が障がいを持つスタッフを見守る助け合いの関係も生まれている。2019年度グッドデザイン賞、健康寿命を伸ばそうAWARD2019 厚生労働大臣団体賞を受賞。


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