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うん、これがロマンが強すぎてから回るってやつだ

最近、期待というハタ迷惑な心情に振り回されてる。自分事なんだけど、古い青春の記憶を掘り出して昔はこうだった。だから今のこれはその本文とずれてないかと、投げかけたりするんだけど、自分自身の過去の経験と照らし合わせて期待と違ったことに対する憤り、いや裏切られた感まで感じ否定的になってるその姿はなかなかに滑稽だ。

アウトプットって大事だなとハタと思う。自分の言動をアウトプットすると、それをやはり注視する。そうすると、何か自分の発言がおかしいなと気づく。なるほど、そういう事なのか。

さて、こういう何とも言えぬ自分の稚拙さを痛感した時はGPT4だ。聞いてみた。

過去の記憶に固執して現代の姿を批判的にみるのはロマンが強すぎると言えますか?

ロマンとは、一般的には理想化された美学、感情、またはノスタルジアの追求を指します。それは現実よりも理想、夢、または過去の美化された視点に重点を置く思考の傾向があります。

例えば、過去の記憶に固執して現代を批判的に見る行動は、確かに「ロマンが強すぎる」と評されることがあります。これは、現実ではなく、過去の理想化された視点や、現実が理想とどのように異なるかに対する固執から来ています。その結果、現実の状況や将来の可能性を冷静に評価する能力が損なわれ、過去の幻想に囚われてしまう可能性があります。

じーちゃん

あー突き刺さる。これが老害への入り口なのかもしれない。老兵はただ去るのみの歳になってきたな。

とりあえず限界近くまで山を歩き、疲れ果てたら過去の固執どころじゃない状態になった。
そしたらすこし冷静になれた気がする。

ここ数日の自分を振り返って考えてみた今日この頃。

今ならアバンストラッシュも打てそうだ。

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