7/6

指導医の後ろについて歩いていると、
「先生(僕のこと。医学部では学生医のことを先生と呼ぶ)は医者よりも演劇をやりたいの?」
と聞かれ、一瞬、息が止まって、それから
「どういう流れで言ってるんですか?」
と聞くと
「いや、秘書さんがそう言ってたから」
と言われた。あの秘書さんか、と思った。油断のならない人だと思った。当然そんなことは言っていないのである。
それからは、指導医の後ろを歩いていて、指導医が半身になってこちらに向かうたびに何か言われると思って、身構えた。
患者の前ではなるべく学生は存在感を出さない方がいいので、ぼやけたような気持ちでいると、急に先生から話が振られたりして、その瞬間に自分の存在が凝結して、居なければならなくなるので、何だか自分の身体が鬱陶しいような感じもしてくる。

駒場アゴラでオフィスマウンテンの『ホールドミーおよしお』という舞台をみた。開演の20:00まで目黒から渋谷を散歩して時間を潰していて汗だくで、それからガンガンにクーラーの効いた劇場に座ったので、途中で意識が飛んだ。それからまた目を開くと、目の前に他人の身体と身体があって、目を合わせたりしてくる。容易ならない奴らだと思った。

帰りに歩いていると後ろを歩いていた女の人がいきなり
「ケンジ!」
と呼ぶので振り向いてから彼女がみている先を見ると、松濤の坂をLOOPに乗って両腕にタトゥーの入った男の人が下ってきて
「おう」
と言うのである。
「ケンジ、待ってて」
「待っててじゃない」
と言って、LOOPは渋谷の方に向かって去っていった。

渋谷スクランブル交差点で信号待ちをしているとき、隣の人が目に入った。白人男性で、tシャツはピンク色が胸の辺りから腹に向かってフェードアウトして行く。色のなくなった腹のあたりはかなり出っ張っている。僕がしているようなポーチをしていて、ズボンは緩い。この人に話しかけたら、何か起こるのだろうと思って、何もしなかった。信号が青になった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?