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そもそもの始め、新宿から乗り換えようと思ったのがいけなかった。
階段まで伸び入り混じった行列と共に中央線に乗り込むと、車内に大声で歌いながら周りの人に難癖をつけ怒鳴りつける人がいた。黄色いゲームボーイを持って、タカアンドトシのタカの、ライオンが描かれた赤いシャツを着ている。車内全員でそれに耐え続け、武蔵境まで行った。最後までその人は降りなかった。僕は少し離れたところにいて、タカアンドトシの近くにいた高校生が耳を塞いで携帯をいじっているのを見て、自分ごとのように苦しんだ。「中央線をご利用いただき誠にありがとうございます」というアナウンスがなった。

神経が過敏になってしまって、彼女の家にいても少しの汚れが気になってしまう。当てつけにみえてもしょうがないくらいに無言で掃除をする。よくないとわかっていながら、やめることができない。
イトーヨーカドーで買った刺身が不味くて、お互いにそのことを気づいているのだが、気を使って言うことができない。

なんとか落ち着いて、これらのことをゆっくり話せるようになったのは2時を回ってからで、横になったまま2人で中学のときの話などをする。
僕が科学パソコン部の部長をしていたときの話で、幽霊部員の「ゆうま」が来ないのを、「そうき」という部員が鬼の首をとったかのように、当てつけのように、顧問の先生に聞こえるような声で「今日もゆうま君いませーん!」と言う。そのあからさまな態度が気に食わなかったのか、顧問の先生が「そうき」の方を怒る。あの時間はなんだったのだろうか。あの部活に来なかったからといって、怒られるべきことは何もない。なのにやたらと出席が厳しかった。ミジンコの観察しかすることがなかった。アオミドロが溜まった貯水槽が3つあって、そこにズックの足を滑らせた部員が何人もいた。メガネの子デブ同士が、慣れない取っ組み合いの喧嘩を何度もして、その度に部長の僕が責任をとった。責任をとるといっても、当人らと一緒に顧問に怒られるだけだったが。科学パソコン部は、略して「カッパ部」と呼ばれていた。

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