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紫陽花の咲きかけの、平面の淵のところだけ花開いているのを見るといつも

マリオカートDSの、ロボットのカートを思い出す。

風呂に入りながら、永井均の『〈子ども〉のための哲学』をパラパラ読んでいると、本がブワブワになる。
永井均が、ものごころがついた時の話をしている。小学校2年生まではぼんやりと生きていて、世の中が自分に何を求めているのかわからなかった。それが3年生になって、大人が自分に要求していることの意味や毎日させられていることの意味が急にはっきりするようになり、自分を含めた世界全体がきれいにくぎられていくのを感じた。母親から「このごろ、おりこうになった」と言われた。その話を読んで当然、僕はどうだったのかを思い出そうとした。
ものごころ、ここには何かあるように思う。
大人が自分に要求していることの意味がわかり始めたのは、小学校5年生とか、そこらだったと思う。怒られたりする意味がわかり、自分の書き言葉と話し言葉の範囲についてもわかった。だけど、その時点が重要だとは思えない。いや、重要なのだが、それは別の話のように思う。
僕にとってのものごころは、昨日と今日、そして明日という区分ができたときのことかもしれない。
それは幼稚園だろう。幼稚園に入る前、幼稚園というところに行かなければならないこと、そこには友達も行くから大丈夫だということ、そこは時間の多くを居ること、などを母親から説明され、パンフレットを一緒に見た。
それまで、その前までのことは全て、大きな過去の塊でしかなくて、同時にあったということもできるし、同じ厚みの中だったということもできる。

その翌日から、すぐに「1日」が始まったかというと、それは違くて、幼稚園での情緒の動きや出来事の反復によって教わったのだろう。
例えば、
幼稚園でカラスが繁殖して、子育てをしているので気性が荒くなり、園児を襲ったこと。それから避難するために屋外に逃げて、僕はそのとき怖くて泣いた。
その翌日、先生に向かって、その言葉が好きだったので「なめんなよ!」と大声で叫んだら、隣にいた園児が「昨日泣いてたくせに、なめんなよ、じゃねぇだろ」と言った。
そのとき、自分のことを観測する人間が、世界に居て、そいつは、僕の行動を記憶し、翌日もその記憶が引き継がれ、僕に恥を与えたりする、ということがわかり、その経験が僕に、昨日、今日、そして明日、を教えた。
例えば、
中庭で遊んでいて、ずっと遊んでいて、そのうち仲のいい3人だけになって、楽しかったのが、だんだん不安になってきて、周りに僕ら以外誰もいないことに気づき始めて、雲は立ち込めていて、全体がくすんでいて、それで3人でチャペルに向かうと、もう集会は始まっていて、僕らだけがいつまでも気づかずに遊んでいたということがわかった。
その中庭の暗さが、僕に日課ということを教え、時間の区切りを教えた。
大学に入ってその中庭を見たとき、その中庭が記憶よりあまりに小さいのでずいぶん驚いたのだが。

どうしてものごころがついたときのことは重要だと思うのだろう。
小竹向原の場所の記憶と相まって、この辺りの時間は、僕の創作の原基をなしているように思えてならない。



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