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今日も米を炊いている。この寮は部屋に独立した水道とトイレがなく、共用で、それが一番のストレスだ。共用の水道で米を毎日研いでいるのはおそらく僕だけだ。味噌汁を「料亭の味」に変えたら、うますぎて驚いた。出汁の味はほとんど自宅で作るものと変わらない。代用生活もあと一週間で終わる。

昨日も話したビックボーイとココスがある国道に、カフェがあるのにはだいぶ前に気づいていた。

今日は午前で実習が終わって、暑すぎるから昼寝をして、汗がすごくてシャワーを浴びて、それでも15:00とかだったから、さすがにどこかに行くことにして、そのカフェに向かった。
その時間、病院の近くの高校の放課と重なって、登下校する高校生らに混ざって、国道を歩くことになる。
車道を挟んで反対側のローソンでお金を下ろす必要があって、無理に渡る。普段は車通りが多くてスピードも早くて渡れないのだが、今日は渋滞が起きていて渡ることができる。信号はだいぶ遠くに行かないと無い。
高校生たちも、この大通りを渡ることにトライしている。

カフェは外装から想像していたよりも広く奥に続いており、テーブル席が9席くらいあって漆色の板張りの床で、天井は少し低くシーリングファーが4つくらい回っている。
コーヒー豆の量り売りもやっているらしく、カウンターバーの下、ガラスのショーケースにはまるでケーキのように豆が並んでいる。
僕は手前の窓際の4人席に案内され、硬い木の椅子に座った。僕は腰が弱く、ソファ席ではないので心配になる。

カボチャのプディングと、コロンビアのストレートコーヒーを頼む。
カボチャのプディングには、深いカラメルがかけてあって、分量を間違えるとむせてしまいそうなくらいに濃い。一旦崩して、ソースのようにつけて食べる必要がある。たぶんたくさん裏漉しなどをしたであろう歯触りのプディングは、カボチャの味が下品にならないようコントロールされている。
ストレートコーヒーは雑味なく、そのまま、その特徴を伝えるような、簡潔な味をしていた。一言で説明されているような感じ。

多分夫婦で経営していて、二人とも60代くらいだと思う。
夫がマニアなのだと思う。店内には飛行機の模型が吊るされている。夫はほとんど喋らず、お客さんから話しかけられても苦笑いするだけだ。髪は黒髪で長いが、量は少ない。
妻は愛想よく客と話しているが、とても腰が低い。はにかみ笑いしながら後ろに下がっていく。コーヒーを置くとき必ず「ありがとうございます」と言っている。
店内には常に僕の他に3、4人くらい客がいて、みんな本か新聞を読んでいた。
「今朝は冷え込んでたけど、本当に暑くなって、天気予報当たってすごいなって」
「さっきその通りで事故があったみたいで、なんかタイヤ?が外れたとか言って、救急車も来てて、それで渋滞なってるみたいですよ」
という話を、3、4回くらい、他の客に話しているのを聞いた。
おじさんが座って、日刊フジを読んでいる。
妻の方に「大学教授がこんなこと言ったんだってね。だめだね、この世代は」と言っていて、どの教授のことだろう、と思ってチラ見したら島田雅彦のことだった。
島田雅彦が、作家よりも先に、教授として話されている。
他は、基本的に静かで、店内は若干暑い。
選挙カーだけがはっきりした音量で喋る。
「ミツイフミヨシの選挙カー、走ります」
と聞こえて、僕だけが笑った。
壁に、太陽光のプリズムが見えた。

その間、『街とその不確かな壁』を読み続ける。
これは、時間感覚の話なのだとわかってくる。
主人公は今までの村上作品と同じように、独身男性のアイロンがけやパスタ作りのルーチンワークをするが、今まではそれは、準備や、祈りだった。
それが今は、空しさの目線で語られている。
17歳の初恋と、45歳の恋愛が、平行で語られる。
針のない時計台のある街、針のない腕時計をつける幽霊。
ストーブが暖まり、冷える時間。
雪が積もり、溶ける時間。
雲の流れ。
そして、あざとくすらある自己作品の引用。
これらは、74歳の作家の、死の準備に見える。

結局4時間座っていたのだが、全く腰は痛くならなかった。
椅子も、いい椅子なのだろう。

帰ると、部活帰りの高校生とすれ違う。
1年生は今は部活見学だけで、本入部は先なんだろう。行きのとき混ざった行列は多分、先に帰る1年生だった。
奥山たちの代も、僕が3年生の時、5月前後くらいまで入部していなかった。それから2ヶ月くらいで僕の卒業公演に参加したわけだ。
そう考えると、高校生活は短すぎると思った。
『街とその不確かな壁』に、人に生年月日を聞き、その曜日をすぐに言い当てる少年が出てきて、僕も気になって自分の生年月日を調べたら、金曜日だった。
そのサイトは、生まれてから今日で何日かも計算してくれていて、9057日と書いてあった。
たった9057日で、僕になるのか、と思い、
3年は365日×3で1095日で、9回やると27年になる。という計算をやった。
他にもかけたり、割ったりして、考えた。
わからなかった。




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