高樹のぶ子「甘苦上海」

2014年3月19日

 高樹のぶ子「甘苦上海」1巻2巻読了。上海が舞台である必要があったかどうか、やや疑問。だが、これで東京だったら、ありふれていて、誰も読まないかも。実利に奔走する人々の群れ。その一歩裏町に入れば昔ながらの中国。そして上海人と外地人(他の田舎の省)の立場の違いなどが背景にはなっている。そういえば、いつの頃からいつの頃までか、日本人も世界中からエコノミックアニマルなどと言われたっけ? あれは貧しさから脱出するための勤勉さだっただけで、今のほうが、楽して如何に儲けるかの悪魔になっただけだと想えるが。
 しかし、上海を舞台にしても、主人公が妻子ありの日本の企業マンで、その恋人が上海に来た外地人の女性だったりしたら、俗っぽすぎて小説にもならない。一応、読ませる設定になっているのは、主人公が51歳の女性経営者で、女性専用エステを上海に展開させて儲けている日本人だから。彼女は若い日本人の男性が复旦大学で博士論文を書くために必要な文献の購入に協力するという名目で大金をはたき、その男と寝る。しかし、男には中国人など何人も女がいるほか、妙な影がある。主人公51歳日本女性は老い始めた作者高樹のぶ子自身が投影されているのだろうか。主人公ももうひとり「二人目でもいい」と言った日本人企業マンとも寝る。ある種、女性から見た中年ポルノにもなっている。作家をやっている友人の証言によると先輩たる高樹のぶ子に「一番、楽しいことはなんですか?」と数年前に聞いたとき、「決まってるでしょ。恋愛よ」と言ったという。
 上海の地名に中途半端な地名がカタカナで振ってあるのは、かえって興をそぐ。が、描写されている光景は僕の知っている上海に近い。発行は2009年で、まだ万博の前だが、森ビルも建っているし、僕の好きな卫慧の「上海宝贝」(邦訳「上海ベイビー」)が、完全に別世界であるのに対して、これは確かに知っている街、知っている光景だと思う。
 二巻の終わりごろになって、やっと登場人物たちの謎(闇)が次々浮上してくる。やっと小説らしくなってきた。まだあと二巻あるらしい。そこまで労力を使わせて、謎(闇)の底が浅かったら、怒るでぇー。
 高樹のぶ子は若い頃の「光り抱く友よ」などを、自分の学生時代読んで好きだった。老いて(失礼)どんなものを書いているか関心があったが、もちろん熟練して青臭くなくなっているところはあるが、むしろ思いつめる集中力が落ち、弛緩しているという印象の方が強い。なかなか、力を抜いてなおかつ滋味を増していくような作家は少ないようである。「上海ベイビー」の方が遥かに文体に緊張感があり、性描写に格調があり、僕は結局、今でも青春文学が好きなのかと思ったりもする。

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