燕

ぷちえっち・ぶちえっち9 タケノコ剥ぎとの闘い

 この連載はちょっと笑えるちょっとエッチなエッセイです。 
 もう随分と昔の話である。
 大学1年生の時、同級生の林君と新宿の歌舞伎町で飲んだ。まだ入学してから数か月たったころだった。
 林君は大阪の出身で、ばりばりの大阪弁を使っていた。僕は北海道から上京してきた。二人とも田舎者であった。受験の重圧から解放され、見るもの聞くもの珍しい華やかな都会で遊びまくって浮かれていた時である。何もかもが楽しくてしょうがなかった。
 その日も安い居酒屋でしこたま飲んで、たらふく食べて、話しまくって、二人ともハイになっていた。
「なあ、もう一軒いかへん」。
時刻は夜の9時ぐらいだったと思う。まだ終電には間がある。僕にも異存はない。
「よし、行こう行こう」。
となった。
 二人で歌舞伎町で次の店を探していると、
「兄ちゃんたち、かわいい子いるよ。一人3000円ぽっきり」
呼び込みの男が声をかけてきた。年は40ぐらい。不健康に痩せた貧相な男だった。
「どんな店なん」。
林君が呼び込みに話しかけた。
「20歳のスリムでかわいい女子大生。最後までできるよ」。
林君は目を輝かせた。一見こわもてだが、実は人を疑うことを知らぬ子供のように純真なやつだった。いや、訂正する。子供だったら20歳の女子大生に目は輝かせない。でも純真なのは本当だった。
僕は嫌な予感がした。呼び込みのおっさんのよどんだ目が信用できなかったのである。
「なあ、いかへん」。
「なんかあやしいよ。やめとこうよ」。
僕は言ったが、林君は
「かまへんかまへん、金は俺が出すさかい」。
といってすたすたと呼び込みと一緒に店に入ろうとする。僕も仕方なく後ろをついていった。
 店に入ると、林君と僕は別々にボーイに案内され、奥へと連れていかれた。安っぽいピンクの壁の通路の両脇にドアがあり、その1室に押し込まれた。2畳もない小さな部屋にぼろいソファが一つ置かれていた。
「女の子来るまで待ってて」。
ボーイはそう言い残すとドアを閉めた。
 それから2、3分後。ドアを開けて、何かの物体がぬっと入ってきた。

 性別が女である、という以外は、20歳のかわいい女子大生とは似ても似つかぬ生き物であった。体重は100キロを優に超えている。薄いキャミソール越しに、たるんだおなかの肉がぶるんぶるんとしているのがわかる。年は40歳前後。顔は相撲取りの朝潮そっくりであった。
「システムを説明するね。ブラジャー取るのは2000円、パンツは3000円、おっぱい触るのは3000円」。
「帰る!」
僕は話が終わる前にはっきりと言った。何が悲しくて朝潮のブラジャーを取るのに2000円も払うのか。そんなものはNHKの相撲中継でタダでいくらでも見られる。
「だめ、何か入場料以外に払わないと出られないシステムなの」。
当時僕は知らなかったが、「タケノコ剥ぎ」という一般的なぼったくりのシステムである。下着を脱ぐ、触らせる、男のあそこに触る、といった段階ごとにタケノコの皮をはぐように段階的に金をむしり取り、最後は5万、10万と巻き上げる。
「帰る!」
僕はだんだん腹が立ってきていた。こんな馬鹿々々しい茶番には付き合っていられない。ソファから腰を浮かしかけた。その時である。
「帰さないわよ」。
朝潮がドアをふさぐように仁王立ちになった。いや、本当に肉塊でドアは完全にふさがれた。

 僕の怒りは頂点に達した。ぶよぶよの腹の肉を思い切り強く横に押し、朝潮がぐらついたチャンスにドアノブに手をかけて開き、廊下に飛び出した。それから一目散に入り口に向かって駆け出した。
「待ちなさい!」。
朝潮が大声で叫ぶ。何事かと黒服のボーイがあわてて出てきたが、僕は一直線に全力で駆けた。僕高校生の時は陸上部のキャプテンだったのだ。「まじかったるいぜ」。と思いながらやっていた毎日の練習がまさかこんなところで役に立とうとは。
無事に脱出した僕は、店の入り口が見える物陰に隠れて林君を待った。林君もすぐに出てくると思ったのだ。
しかし、20分、30分経っても林君は出てこない。不安が募った。40分後にようやく店から出てきた。
 林君のもとに駆け寄ると、店に入る前にあんなに浮かれていたのがウソのように意気消沈していた。入学して会ったときから始めて、いつも明るい林君がこんなに落ち込んでいるのを見た。
「帰ろうか」。
林君がぽつん、と言った。
何があったかは聞かなくてもわかる。武士の情けである。僕たちは無言で歌舞伎町を後にした。

 林君は大学を卒業して商社マンになった。厳しい交渉や駆け引きの世界でこの失敗が少しでも糧になっていたのなら幸いである。

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