燕

ぷちえっち・ぶちえっち13 初めてのぼったくりバー

 この連載はちょっと笑えるちょっとエッチなエッセイです。今回は「ぷちえっち」編。軽くえっちなお話です。
「先輩、うれしいっす。ありがとうございます!」。
竹内君が電話口ではしゃいだ。
竹内君は大学のサッカーのサークルの後輩である。僕は大学を卒業して社会人1年目であった。7月の始め、初めて「ボーナス」というものをもらった。
 当時はバブルの絶頂期だった。世の中みんな浮かれてちょっと頭のねじが緩んでいたのである。まだ何も仕事らしい仕事をしていない僕にもそこそこの金額が支給された。まだ学生で、金のない竹内君に飯でものおごってあげようと連絡したのだった。
 僕と竹内君は待ち合わせて、新宿の回らない寿司屋に行った。竹内君は北海道の人の数より牛の数のほうが多い田舎町の出で、純朴な奴だった。
「寿司屋のカウンターに座るの初めてです!」
「ビールめちゃめちゃうまいっすね」。

やたら感動しまくっている竹内君がかわいく思え、僕も気分がよかった。
 生まれて初めて「うに」を食べて、おいしさのあまり3回もお代わりした竹内君につられて僕たちはがんがん注文し、2人してお腹いっぱいになって、これ以上ないご機嫌状態で寿司屋を後にした。
 新宿駅に向かって歌舞伎町の通りを歩いていると、竹内君が
「先輩、もう1軒おねえちゃんのとこいきたいっす」。
といった。
時刻はもう11時を過ぎており、ここからもう1軒いくと終電を逃すな、とチラッと思ったが、かわいい後輩のリクエストである。僕もハイになっていた。
「よし、いくか!」
と気勢を上げたところに、一人の呼び込みが声をかけてきた。

「カラオケパブどうすか。1時間一人3000円。20代のかわいい子いますよ」
「先輩、カラオケしたいっす。行きましょう行きましょう!」。
竹内君はすっかり乗り気である。
 僕は歌舞伎町の呼び込みには何度か痛い目にあっている。ちょっと疑わしいなと思ったが、
「先輩、ほらほら、早く早く!」
と僕の腕を取った竹内君につられて、
(まあ、カラオケパブならそうひどいことはないだろう)
と思って店に入った。
店に入ると、おっさんがでかい声でステージでカラオケを歌い、女の子が寄り添っていた。
(まあ、先客がいるんなら大丈夫だろう)。とちょっと安心した。

 ボーイにゆったりとしたソファに案内されると、2人の女の子がやってきた。一人は茶髪のショートカット、もう一人は黒髪のセミロング。確かに2人とも20歳そこそこでまあまあ可愛い。茶髪が僕の隣に、黒髪が竹内君の隣に座った。二人とも、パンツが見えそうな超ミニのドレスである。香水の甘い香りがする。竹内君はこうした店にもあまり来たことがないらしく、早くも興奮気味である。
「いらっしゃい、お仕事の帰り?」
茶髪が僕の手を軽く握った。黒髪は竹内君に早くもしなだれかかっている。照れながらも笑いがついつい顔に出てしまう。

 ここまではよかった。
「何か飲んでいい」。
茶髪が言うので、僕は

「どうぞどうぞ」。
と言った。
茶髪がボーイに合図手を挙げて合図した3分後。
ボーイが2人も出てきて、一人はどう見てもやばいぐらい高そうなウイスキーと氷のセット、一人は豪華なフルーツの盛り合わせとおつまみを僕たちのテーブルに乱暴に置いた。もちろんそんなものは一切頼んでいない。
(やられた!)
ぼったくりバーである。間違いない。
(走って逃げよう!)
と思ってドアに目をやると、プロレスラーの藤原喜明のようなガタイのいい、目つきの悪いおっさんがドアの前にすでに立っていた。逃げ道はすでにふさがれていた。
「すみません、お会計お願いします」。
僕が被害を最小限に食い止めるために言うと、
「あら、もう帰っちゃうの?」
茶髪の女の子が意地悪な目つきで笑った。
ボーイから渡された伝票は10万円であった。店に入ってからまだ15分しかたっていない。竹内君は何が起こったのかわからずに目を白黒させていた。

 かろうじて僕の財布の中には10万と少し残っていた。僕は払った。もうそれしか選択肢はなかった。
 席を立って帰り際に、茶髪の女の子にこう言った。
「そんな若いのに、こんなことしてると性根が腐るよ」。
女の子は激怒した。
「何言ってんだこの馬鹿野郎!」。
本当に怒っていた。僕に殴りかかろうとした。僕は身をかわして、竹内君の腕を引っ張って店を出た。

「先輩、すみません、僕がもう1軒行こうなんて言うから」。
竹内君は意気消沈していた。さっきまでの楽しい気分がウソのようだった。
「いいよ、しょうがない」。
僕たちはとぼとぼと駅への道を歩いた。
バブルで出たボーナスは、まさに泡のように一瞬のうちに消えたのだった。






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