神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (116) 世界の終わり
その日の朝、突然コズイレフ帝国がフォンテーヌ王国に宣戦布告し戦争が始まった。
あまりに突然のことで、コズイレフ帝国にあるフォンテーヌ大使館の職員は逃げる時間がなかった。大使であるアンドレも当然残っている。
アンドレたちが人質になったら、フォンテーヌ軍を率いるトリスタン国王やリュシアンは非情になりきれず国益を損ねる可能性がある。
アンドレたちは大使公邸に結界やバリケードを張った。アンドレは逃げたい職員は密かに公邸から抜け出せるように手配し、残って戦うことを誓った職員を広間に集め、まずは全員で固まって防戦することにした。
帝国軍はアンドレやフォンテーヌ職員を人質にするため多くの兵を出し、フォンテーヌ大使公邸への攻撃を開始した。帝国の騎士団や兵士が大使公邸を包囲し攻め入ってくる。そこはすぐに戦場と化した。
アンドレはエディに逃げてくれと懇願したが彼女は断固として拒否した。ここで逃げたら一生後悔の念が残り不幸な人生を送ることになる、責任が取れるのかとアンドレを脅して大使公邸に残ることに成功した。
アンドレは柄にもなく真剣な顔で「君のことは絶対に僕が守る」とエディの瞳を覗き込む。エディは「らしくないわね。なにカッコつけてるのよ!」と言いながら心臓の動悸が早くなるのを止められなかった。
フォンテーヌの護衛騎士団団長が守備の陣頭指揮を執り、敵を次々と撃破していく。アンドレも剣術や魔法が驚くほど強く、騎士団長に引けを取らない戦いっぷりだ。エディはちょっと見直した。
騎士たちは全員が手練れだ。帝国軍の一陣は無事に退けることができた。
第二陣が来る前に逃げ出そうと話し合っていた時のこと、突然公邸の結界が破られた。予想外に魔力の強い兵が混じっていたのかもしれない。広間に帝国の兵士たちがなだれ込んできた。
彼らは一斉に矢をつがえる。嵐のように数多くの矢が降ってきた。
魔法で止めようにも数が多すぎて逃れられない。エディの目の前に矢が迫る。
『もうダメだ!』とエディが思った瞬間、視界が真っ暗になった。
(矢が消えた?まさか・・・でも、痛くない)
エディはアンドレに強く抱きしめられていた。
『こんな時に何してるのよ!』とエディがアンドレを押しのけようとすると手にべっとりと赤い血がついた。
(なにコレ・・・・まさか!?)
エディを抱きすくめるアンドレの背中にはハリネズミのように矢が刺さっていた。
再び矢が降ってくる。しかし、アンドレはエディを庇ったまま動かない。アンドレは敵の矢をその体に受け続けた。
エディは気が狂いそうだった。
フォンテーヌ騎士団の団長や騎士らも矢に打たれたのだろう、床に転がりのたうち回って苦しんでいる。近くにいたジョルジュも肩に矢が刺さった状態で蹲っていた。
アンドレの体から自分を抱きしめる力が失われていくことが最大の恐怖だった。アンドレの表情は全く動かない。目も閉じたままだ。それでも矢は降り続く。
(ねえ、どうして?どうして動かないの?アンドレ、目を開けて!私を見て!こんなところに私を独りで残していかないでよ。ずっと私に付きまとうって言ってたじゃない?)
「いやあああああああああああ!」
エディは声の限りに叫んだ。涙が次から次へと溢れてくる。
(嫌だ、こんなの、胸が破れる、耐えられない、お願い、お願いだから・・・)
「アンドレ!アンドレ!お願い死なないで。私を独りにしないで。・・・あなたを愛しているの。だから、お願い・・・戻ってきて!」
エディは泣きながらアンドレに泣き縋った。帝国兵士たちは矢の嵐を止め、用心しながら近づいてきたが、もうそんなのどうでも良かった。
ただただ、アンドレが恋しかった。アンドレの体にしがみついて泣き続ける。
「へっ、まだピンピンしている奴がいるぞ!」
一人の兵士が他の兵士に呼びかけた。
「人質になるのを拒むようなら皆殺しって命令だ。どうする?」
「面倒くせーから、全員殺しちまうか?」
と兵士がエディに向かって剣を振り上げたその瞬間、彼女は死を覚悟した。しかし、キーンと鋭い音がして、帝国兵士の剣が大きく弾き飛ばされる。
エディが顔を上げると、そこには銀色の髪、赤い瞳、皮の鎧を身にまとったキーヴァが毅然とした姿で立っていた。
「・・・ごめん。遅くなった」
という声にエディの全身の力が抜ける。キーヴァは外に向かって何か合図を出した。すると窓をぶち割って、獣人の群れが公邸になだれ込んできた。帝国兵士の動きが一気に乱れる。
それからはあっという間だった。
村長の加護を受けたキーヴァの強さは群を抜いている。帝国軍はほとんどキーヴァ一人で撃破し、獣人たちは激しい戦闘の中、怪我人の救助と手当てを始めた。
エディはただそれを眺めているしかできなかった。胸にポッカリ大きな穴が開いて、そこから酸素が漏れ出ているような感じがした。息をしているはずなのに、苦しくて空気が入ってこない。アンドレのいない世界がこんなに恐ろしいものだとは知らなかった。
エディは長い間独りで生きてきた。だから独りでも平気だと思っていた。しかし、アンドレに出会って、エディは彼の優しさに包まれて心安らかに日々を送れるようになっていったのだ。再び独りになると自分でもどうしていいか分からない。不安で怖くて堪らない。
(アンドレ、ねえ、アンドレ。お願い。目を開けてよ。もう一度あの熱っぽい赤い眼で私を見て。冷たくしてごめんなさい。今度こそ素直になるから。ねえ、お願い)
エディの瞳からとめどなく涙が溢れる。
(クリストフのことを愛していた。それは変わらない。でも今はあなたのことを愛しているの。だから、お願い。戻ってきて)
エディはアンドレの体にしがみついて泣き続けた。ジョルジュが悲痛な表情でエディの隣に座りこむ。
「旦那様、奥様・・・申し訳ございません・・・」
とジョルジュも泣き崩れた。
(ほら、こんな忠実な執事を泣かせちゃダメだよ。アンドレ、帰ってきて。お願い・・・)
公邸での戦いが終わり、キーヴァと獣人が怪我人の手当てをしているが、彼らもアンドレの体を見て気の毒そうに首を振った。
**
その時、大きな地震が公邸を襲う。
こんな時に地震まで起こるなんて・・・。
でも、エディにとってはもう全てがどうでも良かった。アンドレのいない世界なんて意味がない。
空が真っ黒な雲に覆われ人々が悲鳴を上げている。
ほら、アンドレが死んだから世界も終わっちゃいそうだよ。
エディはただ呆然と座り込んでいた。しかし、多くの人が空を見上げて騒めいている。エディが人々の指さす方向に涙に濡れた目を向けると、真っ黒な獣が空を飛んでいた。その獣が赤い炎を地上に向かって吐いている。
「あれはなんだ・・・一体何が起こっているんだ・・?」
キーヴァが呟いた。
すると今度は巨大化した村長が現れた。黒い獣より遥かに大きい。そして村長の背中には三対六枚の羽が優雅に広がっている。村長はあっという間に黒い獣を握りつぶした。
(すごい、さすが神様だ・・・)
でも、村長の目は真っ暗で虚ろだ。
(きっと私も同じ目をしているに違いない。もうどうでもいい、愛する人を失って世界が終わってもいいと思っている・・・そんな瞳だ)
子供の頃に母マレードが話していたことを思い出す。
「村長の怒りに触れると世界が終わるの。全てが破壊し尽くされて、何もかも無くなってしまうのよ」
誰かが村長の逆鱗に触れたんだ。
何をやったんだろう?
その時、大きな落雷が皇宮に落ちた。ものすごい威力だ。あんな閃光見たことない。
あれだけの衝撃だと皇宮が全壊したかもしれない。地震もずっと続いているし。
もうこの世の終わりなのかもね・・・。
アンドレがいない世界なんて無くなってしまった方がいい。
全てが破壊し尽くされて無に帰するならその方がいいとエディは涙の滲んだ瞳を村長に向けていた。
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神の力を貰ったので遠慮なく世界を癒します (117) 再生|北里のえ (note.com)
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