第6章 ∞の地中の向こう側


幻界と水プラズマ海

化け物、いや作業員は、にんまり笑って言った。
『心配せんと!
駅長が守ってくれるんや!』

それから、鼻息荒く、こう付け加えた。
『しかし、それは駅長に気に入られなければ、、、の話だ!!!』

作業員は、ハンドルのような取っ手を回し、重い扉を開けた。
扉には、魔界の言葉で何やら書かれている。
゛関係者立ち入り禁止゛のような言葉を思い起こさせるような、重々しい扉である。

突然の作業員の言葉に唖然としていると、急かすように言われた。

『何、ぼぅっとしてるん!
入りぃ!!』

悪意はなさそうだが、得体の知れない生き物の案内する場に行きたくないのが正直な気持ちだった。

エリカは心を奮い立たせて中に入った。

マリアは、エリカが覚悟を決めている間に平然と入っていた。

2人が入ると重い扉は閉められた。

中には、予想通りであって予想外のものがあった。
数多の”機械”である。
世話しなく動く、巨大な金属の塊。。。

森を抜けるまでは、
まさか魔界で目にしようとは微塵も思わない物であった。。。

機械を操作しているのは、つなぎを着た大勢の作業員。

エリカは、その光景に釘付けになって見ていた。

作業員は、2人を案内しながら得意気に話し始めた。

『ここではな、電磁波の源、電子を大量に抽出してるんや!
水プラズマからな!!
残りは核融合して、運び屋やワイらが作られるわけよ!』

「水プラズマ……?」

エリカが思わず呟くと、
作業員が更に興奮して言った。

『そう!知っとるだろうが、気体の次の状態のことや!

この地面の向こう側は、水プラズマの海で覆われる地なんや。

人間界に対して魔界と言われるこの世界は、
地面を挟んで向こう側=水プラズマ海と、こちら側=幻界の2つの空間から成ってるんや!

そして、その幻界は、妖精の国、悪魔の国に2分される魔物の世界。
幻界と呼ばれるんは、魔物が幻覚だからや!
魔物が幻覚言うんは知っとるやろ?』

エリカは「はい。」と頷いた。

『水プラズマ海はな、、、
恐らく、この地中の∞光年も先にある。
そこから、やって来る。

永遠がこの世に存在するかは分からんがな、計算上はそうなる。
永遠の先からやって来ることが出来るのも、何故か矛盾してるがな。

その2つのパラドックスを解決する方法は、宇宙の神のみぞ知る、ゆーことや。』

エリカはふと、先程の現象を思い出した。
アリスが悪魔に襲われている最中、青い光の出現と共に、地面が崩れて空いた穴。

あの穴は、、、向こう側に続いているのだろうか。
∞の距離を超越して、、、。

エリカはその疑問をそのまま口にした。
「さっきここに来る途中で、突然青い光が放たれて、地面に穴が開いたんですが、、、
その穴は、向こう側、水プラズマ海に、続いているのでしょうか、、、。」

作業員は突然足を止めた。
エリカとマリアも、止まる。

エリカは何事かと作業員の顔を見上げた。
崩れた顔ではあるが、表情が固まっていることが良く分かる。

何か、、、まずいことでも言ってしまったのだろうか。

『ほんまかぁ!?!』
作業員は感嘆した。

それから興奮気味に言う。
『そりゃ運が良いやら悪いやら!
しかしまぁ、
引きずり込まれずに珍現象見れたなら、まぁめちゃくちゃ運が良いゆうことやな!』

更に口早に続けた。
『わいらが誕生する瞬間や!
水プラズマ海はまれに、水プラズマの逆噴射を起こす。
するとな、この幻界と繋がることがあるんや。
その現象で、わいらが生成されつつ、この幻界にやって来るわけや!』

「、、、秘少石をご存知ですか?
青い光を放つ石です。
私達はそれを探しています。
逆噴射の際に発せられた光は、その光なのでしょうか。」
マリアが尋ねた。

『秘少石なぁ、知っとるよ、、、
だが、どこにあるかは知らない。

逆噴射の青い光は、地中の歪みゾーンから来てるという説がある。
そこは、数十メートル下以降にあるゾーンで、そこは常に光が充満しとるんや。

諸説あるがな、秘少石の通り跡とも言われとる。』

時間の存在

作業員は、話を変え、運び屋の原理について話し始めた。

『運び屋は、最初とろとろ走っていき、急激に加速し、光をも越える速さで走るんや。

電磁波の力も借りつつ、自身の瞬間移動能力を使うことで、その速さを実現化する!

瞬間移動いうけど、ほんのわずかな距離しか出来んからな、それを繰り返し行うことで、長距離を移動出来るいうことなんよ!』

「光を超える……」

そう呟いて、エリカはフランチェスカの吐露した疑問を思い出した。

”相対性理論”、、、
動く物の中では、光速に対して相対的な時間の流れ方をする。

エリカは食い気味に尋ねた。

「私達人間の世界では、光速に近づくにつれ時間の流れは遅くなり、光速で時間は止まると、
計算上は考えられています。

私達実は、光速を越える船に乗って来たのですが、過去に戻っていません。

つまり、この理論では過去には戻れないということでしょうか」

しかし、作業員の反応は釈然としないものだった。

『まずその船について突っ込みたいとこやが、、、。

なんや?その理論は??
それが成立するには、光速が絶対的なものじゃなきゃあかんやろ?
動く物の中では時間の流れが違うことにならんといけんやろ?
そんなわけないやん。』

「でも、、、現にそう証明されているのですよ?」

エリカが戸惑いながら言うと、作業員は腰に手を当てて言った。

『お前らの世界はそうなんか?』

「では、時間とは一体何なのですか、、、?」

エリカがぽつりと呟いた。

「時間なんぞ、ただの幻や!
事象の速さが時間に見えているだけなんや!!!」

作業員のその言葉に、エリカは頭の中が真っ白になった。
そうか、そうとも考えられる。。。
時間というのは、人間が作り出した幻想に過ぎないのだろうか。

否違う。
ならば、時間の流れ方が変わるなどということはないはずだ。

呆然とするエリカ。
作業員は、そんなエリカの心の声を汲み取ったかのように言った。
『時間の流れ方が違う言うんも、時間の存在の証明にはならんよ!、、、というやつもおる。
そんなんはな、事象の速さが環境によって変わっただけや!、、、というやつもおる。』

「ん?」と眉を潜める。
半ば強引すぎる考えだと思ったのだ。

「いやいやいや!キリがないじゃないですか。そんなこと言ったら!」
思わず声をあげる。

「例えば、建物の装飾を、建物の一部を装飾だと感じているだけみたいな考えくらい、意味不明ですよ。」
エリカが納得いかない面持ちで言うと、
作業員は力強く言った。
『全然違うな。
装飾は建物から切り離しても、装飾に見えるやろ。
つまり、建物とは独立している存在なんや。』

「、、、」
何も言えずにいると、作業員が追い討ちをかけるように問うた。

『時間が、速さと独立して存在すると思うか?』

「いや、独立して存在してたら、もはや時間とは言わないですよ!」
エリカが答えると、
作業員は、顔つきを変えて言った。

『1つだけ、、、時間の確固たる存在を証明する方法がある、、、。』

それから、目をギラリと光らせて言った。

『過去に戻ることや、、、』

ハッとした顔つきになったエリカ。
その隣では、マリアも少しだけ、顔つきを変えていた。

『過去に戻れるというならば、確固たる時間、という存在があることになる。。。
ワイはそれを信じとるがな。』
作業員はそう言うと、
エリカは苦笑しながら返した。
「信じてたんですか。。。
時間の存在について、否定派みたいな言い方してたじゃないですか。」

作業員は、エリカの言葉を無視し、
ニヤニヤと不気味な笑みを浮かべて言った。
『地中には、そのヒントがあるかもしれんな。』

「地中、、、?」
エリカが首を傾げると、作業員は話し始めた。

地中の時空

『まぁ、時間の存在は不明やが、便宜上時間という言葉を使うならば、、、
地中では、奇妙な時間の歪みかたをしているんや!

1光年の深さまで地中に潜ったとして、また1光年かけてこの地上に戻ってくる。

すると、なぜか、地中に潜る前の時間に戻っているわけ!

つまりだ!
その2光年の間には、地上にいる自分と地中にいる自分の2人が存在することになるねん!』

「………
それは、過去に戻っているということでしょうか」
マリアが無表情な顔で尋ねた。

作業員は言った。
『突き詰めるとそういうことや。
しかし、本当に全く同じ時間には戻っていないっていう研究結果もある。
そうなると、地上と地中で時間の速さがめちゃくちゃ違うだけってことになり、
本当の意味で過去に戻っているわけやないってことになる。
そうじゃないと証明するには、めちゃくちゃ長い間に地中にいなければならん。』

『ま、実際はそんな長い時間地中にいることは出来んがな。

何光年どころか、3ヶ月といれん。

無の壁が迫り来るんは、地中も同じやからだ。

その前に地上に戻れば、時間は巻き戻されるが、戻らなければ壁と共に消え去る。』

とんでもない話にも、マリアは無表情のまま尋ねた。
「地中で北へ逃れながら、定期的に浮上したりは出来ないのでしょうか」

作業員は、両手を広げて言った。
『それが出来れば苦労しないわ!

実際、歪み地点までは深く潜らないかんし!

ここではな、重力に反することが非常に難しくなっているんや。

よって、浮上したり地上に戻ったり、そう言った繰り返しは出来ん!!』

「歪み地点、、、?」
エリカが首を傾げた。

『そうや!
さっき言った、青い光が充満するゾーン言うたやろ!
秘少石の通り跡とかいうな。
そこより下やないと、時間が歪むエリアには入らんのや!』

エリカはふと、別の疑問が沸き上がった。

「話は変えますが、、、、」
と言葉にすると、
『おぉ、変えなされ変えなされ』と作業員。

エリカは尋ねた。
「光年とか、私たち人間と同じ時間の表し方をするのですね。
そもそも、言語が同じなのも不思議です」

作業員は答えた。
『そりゃ悪魔が話してるからや。
自然と覚える。

まぁあいつら頭悪いから、光年ゆう概念は理解できん。

わいらが考えた概念や。
不思議やな、あんたらと全く同じ単位で表現しとる。

天文学的数値を扱う時にゃ、多少の相違があったとしても、いずれ交じりあう運命なんかな』

「そもそもなぜ、悪魔は人間の言葉が話せるのですか?」
エリカが改めて疑問をぶつける。

「そんなん知らん。
悪魔に聞いてみるか?」
作業員は、脅すように言った。

エリカが何も言えずにいると、それはフッと鼻で笑った。

それから、にやにやしながら自分の頭を指さして言った。
『あんたら、やけにここが働くな!』

『ならば、ワイらの計画に協力してくれんか?』
そう言って2人を凝視する小さな目は、ぎらぎらとしていた。

何か、嫌な予感がする…。

「……計画?」

エリカが呟くと、
作業員は声を潜めて言った。

『悪魔を全滅させるんや』

「なぜ?」
エリカは、眉を潜めて尋ねる。

作業員は、大声に戻って言った。
『なぜって、イヤなやつらやろ?
あんたらだって、散々な目にあってきてるはずや!』

エリカは、努めて冷静に返した。
「無理です。
悪魔には物理行使が利きません。」

作業員は、更に声を大にして言った。
『ワイらは出来る。
しかし、大打撃与えるにはもうちょい科学の技術が必用や』

エリカは、それに相対するように小さな声で言った。
「そんなことしなくても、運び屋に乗せなければいいだけではないですか?」

作業員は、両手を広げて言った。
『それが出来たら苦労はしない!!
ワイらはな、この仕事をせんと、生きてけないようになってるねん!
なぜかは知らんよ。
天の神様に聞いてや!』

天の神様……

それは言葉の綾のように思えた。

しかし、作業員の次の言葉で、それはそのままの意味だということを知ることとなった。
彼はこう言った。
『そうや!
このずっとずっと上に存在する、天地創造の神がいる。
自然を神と言うやつもいるが、そいつは紛れもなく、人格を持った具体的な存在だ!』

お伽噺の世界で見るような、意志疎通が出来て具象的な姿形が見える、人間が思い描いたような神様が実在するというのだろうか。。。

エリカが唖然としていると、
作業員がパンと手を叩いて言った。

『……ま!誰も行ったこともなければ、行く方法も知らんよ。

ただ、使いがやって来るだけだ。
奴らは神の言葉を伝えるだけで、意志疎通が出来ないからな。
聞くことも出来ないわけだ!』

それから、作業員は大声で捲し立てるように言った。
『話が脱線してしまた!
で!
単刀直入に聞くぞ!
計画に協力するか!?』

化け物の見た目に慣れたかに思えたが、並々ならぬ形相で睨み付けてくる様は、最初に見た時の衝撃を彷彿とさせた。

「わ、私達、駅長さんのお手は煩わせたく、、、ありせんし、、、」
エリカは弱々しく言った。
生来のきつい目元は今や恐怖で震えていた。

化け物は、エリカに顔を近づけ鼻息荒く恫喝した。
『正義の鉄槌を下すんや!!
善行に荷担したくないんか!?!?』

その剣幕に、エリカは目をぎゅっと瞑ったが、
覚悟を決めて、目元を引き締める。

「荷担しません!!!」
力強くそう言ったエリカに、化け物は今にも掴みかからんばかりの勢いで罵声を浴びせた。

『ならなんや?
悪魔と友だちになるか?道徳を解くか?!!』

マリアはエリカの前に立ちはだかって言った。
「私どもは、この辺で失礼させていただきます。
お邪魔しました」

マリアは、キリッとお辞儀をすると、「撤収です」とエリカに言って走り出した。

エリカも、続けて走る。

化け物の歪んだ顔は、怒りで更に歪んでいき、小さな目は瞼に埋もれて見えなくなった。

『客人から侵入者に変わりおってー!!!』

激昂の叫びをあげ、柵を棒で叩きならしてから鼻声を響き渡らせた。
『ヤローども!!!
侵入者を捉えろー!!
人間の小娘2人だー!!』

つなぎの化け物達が作業を止め、獲物を捉えるような目付きに変わった。

出口に向かって逃げる2人を狙って、
梯子の下から、上から、後ろから、やって来る。

そして遂に、、、、
行き先を塞がれた!!!

マリアが腰の剣を抜いた。

「やつらに物理行使は効くのですか?」

エリカが耳打ちをすると、彼女は答える変わりに、化け物に向かって剣を振りかざした。

次の瞬間、それはのたうち回りながら転がっていく。

何と、、、剣が貫通したのだ。

それを見た他の化け物達は、
憎悪の念を深く顔に食い込ませていく。

それから、無規律に襲いかかってきた。

エリカも否応なしに剣を抜く。

海賊から盗んだ剣を護身用にと手渡されたもの。
それが今役にたつときがきた。

素人だ、達士だと言ってられない。

エリカは、震える手に力を入れて切りかかった。

エリカとマリア、2人の攻防戦が始まる。

しかし、切っても切っても、敵は押し寄せてくる。

その時であった!!!

マリアの背後から、化け物の手が伸びるのが見えた。

エリカがその手に剣を振りかざした瞬間、両腕を力強く捕まれた。

マリアも、化け物に拘束されている。。。

2人同時に捕まり絶体絶命な状況に陥ってしまった!!!!

その時、複数の駆け音が近づいてきた。

化け物は騒わめき立ち、その音の方へと注意を向けている。

バタバタと重い物が床におちていく音がして、見ると、そこには希望の光があった。

公国の紋章の刺繍された軍服を身にまとい、。
二等兵ではなく、上等兵の色のステッチ。。

リー大佐が率いる軍、公国軍である。

助けが来たのだ。

『侵入者の一見が来よる!!!
殺れー!!』
鼻にかかったかけ声が響き、化け物達が大佐へと一斉にかかっていく。

放り出されたエリカ達は、床に倒れた。

マリアがさっと立ち上がり、腰の銃を抜いて発疱する。

それを見て、エリカは驚いて言った。
「黒玉の銃じゃなかったんですか!?
何で今まで使わなかったんですか?」

「忘れていました。
どうぞ」
そう言って、もうひとつがエリカに手渡された。

「しかも、もう1つあったとはね…」
主人に似たのか、マリアの奇行に呆気に取られながら、エリカは銃を受け取り立ち上がった。

いやしかし、いつも完璧なマリアにしては失態だ。
しかも、プロとして決定的な。。。
もしかしたら、彼女にかけられた魔法が解けてきているのかもしれない。。。

どんな魔法なのか、本人さえも忘却してしまう呪いがかけられているが、エリカは直感でそう感じたのであった。

マリア、エリカの発疱も加わり、次第に化け物の方が窮地に追いやられた。

梯子から降りて逃げていく様を見て、軍人が追いかけようとしたのを大佐が制した。

もう1人別の軍人が、制された軍人に言った。
「ここの作業員だ!
今の闘いで相当数を減らしている
既に、作動ふ可能な状態まで減らしてしまったかもしれない……」

「その必用はない。
只、俊敏な彼等を追いかけるだけ時間の無駄になる」
大佐が言った。

彼の言う通り、地下へと続く管から続々とつなぎの作業員が出てきて、先ほどのことを忘れてしまったかのように作業を始めだしている。

軍人らの後ろには、フランチェスカ、船長、アリスがいた。

「この穴を上がった所にある建物は、駅のようですね。
魔物の歩くガラス廊下がそちらに繋がっているのが見えました。
しかし、何体かは、私達の付近に迷い込んできました。
それを見たアリアさんは、取り乱して泣いてくれましたよ。
そのお陰で、駅にいる魔物達は、黒い涙よりも、北へと逃げることに必死なのだということが分かりました」
フランチェスカは、そう言いながら、
下がる軍人達の間を歩き、エリカ達の元へとやって来た。

「でかしたぞ!
アリア”女史”!」
船長が、アリスの背中をバシッと叩いた。

フランチェスカは、微笑を浮かべながらマリアとエリカを交互に睨み付けた。
「マリア!
何をしていたのです?
あなた達を助ける為に、あの運び屋なる生き物と交渉する余裕もありませんでした。
有益な情報をお聞かせください?」

「私の責任です!
軍人でもないのに、名乗りをあげてルイスさんについて行ってしまったから、、、」
そう言ったエリカの傍らで、
マリアは無表情で最高敬礼をして、淡々と言った。
「不手際をお許しください。
あの生き物は、作業員とは異なり、誰でも平等に乗せるとのこと」

「その言葉、信じて良いのでしょうね」
フランチェスカは、やけに優しげな声色で言った。

「はい。
もう1つ、ご報告があります。」
マリアが言った。

フランチェスカの顔つきが変わる。

マリアは、作業員に聞いたことを話し始めた。

「この世界の大体の構造が分かりました。

ここは、
地中を挟んでこちら側の地、通称幻界と、
向こう側の地、通称水プラズマ海に分かれています。

地中は、∞の距離あると言われています。
それを超越するのか、水プラズマの逆噴射。
それが地中に穴を開け、こちら側幻界向こう側水プラズマ海を繋げるのです。

私達は、先程森にいた時、その現象を目の当たりにしました。
その時、、、秘少石の青い光が発せられていたのです。

その光は、地中数十メートル下にあるゾーンに充満していると言われています。

また、そのゾーンより下は時空が歪み、そこでどれほど過ごそうと、出た途端入った時と同じ時間になっているとのこと。
但し、無の壁からは時間通りにやって来て逃れることが出来ないそうです。」

そこで言葉を区切り、要約するように続けた。
「つまり、秘少石の光は、地中の時空の歪みゾーンに充満しており、
それはこちら側幻界向こう側水プラズマ海を繋ぐ逆噴射の際に地上に発せられるということです。

、、、報告は、以上になります。」

フランチェスカは、マリアの話を聞く間、
目を輝かせたり、好奇心を露にしていたが、
全部聞き終えると、
「了解です。」
と一言だけ言った。

「その青い光のゾーンを探る前に、、、まずは地上をもう少し調査してみましょう。」
そう言ったフランチェスカは、いつにも増して真剣な表情であった。

研究者たる風格を感じる。

マッドサイエンティストなどではない、学者としてのフランチェスカ。。。

エリカが、その珍しい姿に見入っていると、目が合った。

フランチェスカは、エリカを見て言った。
「待機していた二等兵ですが、全滅しましたよ。
身を潜めていたあの板は、強力な永久磁石。
その磁力を抑えていた覆いが外されたのです」

フランチェスカは、船長とアリスの方を見て言った。
「1人(アリス)はそのずっと前に、取り乱して逃げ出し、それを1人(船長)が追っていましたから、2名は無事でした。

覆いは非常に分かりにくい外れ方をしていましたので、
この程度の判断力しか持ち合わせていないと糾弾するつもりはありません。

学園の上等兵を連れていくことが法で禁じられてしまったのがいけないのです。

魔界へたどり着く前にリー大佐と合流出来ましたのが、不幸中の幸いです。

法により命を奪われた兵の殉職に合掌」

エリカは震えあがりながら、片手を反対の肩に当て、公国による祈りの体勢をとった。

もしや自分の行動が、兵の命を奪ってしまったのでは、、、。
その強い懸念は振り払っても振り払っても、エリカに付きまとってくる。

「魔界に来るまでに既に数多の死傷者が出ています。
なぜ動揺しているのですか?」

ふいに声をかけられた。
マリアだった。

意外な彼女の言葉に、エリカは答えた。
「自分が行かなければ、もしかしたら覆いが外されたことに気づいたのかもしれない。
彼等は死なずに済んだのかもしれない、、、」

マリアは怪訝な表情で言った
「、、、??
たらればを言っていてはキリがありません。
先輩は、鍛練してきた軍人よりも危機察知能力がおありだと、そう自負しているのですか?」

「、、、そうは言っておりませんが、、、」
戸惑うエリカに、マリアは初めて自身の気持ちを吐露した。

「私が、全滅に追いやりました。
最高責任者として、してはならぬ過ちでした」

無表情ながら暗い声でそう言う彼女と、エリカは自責の念を分かち合い、少しだけ救われた気がした。

マリアは言った。
「周りに意識が向いていなかったようですが、そのようでは追いていかれてしまいます」

気づくと、みな先に進んでいた。

2人はその後を追って作業室を出る。

外では、肌色の皮膚の作業員達が淡々と作業をしていた。

相変わらずに不気味な姿ながら、
先ほど激昂していた灰色の個体よりも、ある意味恐ろしかった。

微動だにしない顔の表情、決まった動きを等間隔で行い、汗を拭うなどの仕草が一切見られない。

本能のみで動いているように見えたそれは、人間にとっては得体の知れない生き方、、、。
話が通じないという点で、暴走した本能に歯止めが効かないのだ。

フランチェスカが、恐れる理由をエリカは身をもって突きつけられた。

しかし、当の本人は、それに続く者達を連れて、その中を優雅に歩いていた。

どの個体も、人間には一切興味を示していなかった。

フランチェスカには、敵意を剥き出しにする本能をかぎ分ける敏感さがあるのかもしれない。

マリアは、一直線に彼女の元に向かい、エリカもそれに続いた。

~~~~~~

一同は、1番近くの溶鉱炉の池に来ていた。
乱闘があった建物のすぐ隣にあったので、幾ばくもせずたどり着くことが出来たのだ。

熱気が体を包む。
周囲の温度計は50度近くを示していた。
まるで昼間の砂漠かのような気温である。

そこまでの高温に体が保つことは驚くべきことだ。

間近で見ると、池の液面は、何十mか下にあった。

液面は、ぼこぼこと泡だち、何か得体の知れないものが少しずつ、浮かびあがってきていた。

それは、先ほど、穴の上から鳥瞰していた謎の生き物であり、
作業員いわく、運び屋なるものであった。

長方体の化け物が、超高温の液体から姿を現していく。
その外観は、池を覆いつくすほどに巨大で、俯瞰した通り、前後に非常に長い構造をしていた。

そして、液面の高さが増していくと共に、その生き物もこちら側へと上がってくる。

化け物が地面から顔を覗かせる高さに来た時、液面の上昇は止まった。
液面は地面よりまだずっと下にあるが、
その巨体ゆえに、体高は人間よりも遥かに高い。

こちら側の側面は、気味の悪い沢山の唇のようなものがつき、息を吸ったり吐いたりしているかのように開閉していた。

そして、一同の付近正面には、顔がついていた。

長い体の為、向こう側の正面は見れない。

運び屋の巨大な顔が、今間近にいる。

顔にある、棒のように飛び出た目が、横を向き、こちらをぎろりと睨んでいた。

下から見ると余計に、不気味な見た目の醜怪さを感じられる。

フランチェスカは、その目を見上げて言った。

「わたくしどもも、乗ります故、よろしくお願いしますね」

運び屋の、大きな口が開かれる。
黄ばんだ歯を見え、何人かが嘔吐してしまった。

悪臭を放ちながら、その口は舌足らずな声で言った。

『、、、イイヨ、、、』

そして何やらもごもごと喋り出したその化け物、、、。

みなが恐怖と吐き気が入り交じった表情になる中で、フランチェスカは頬に手を当てて言った。
「さて、どうやって穴の中を出ましょうか、、、」

それから彼女は辺りを見渡した。
見渡す限り、高く精巧な建物が立ち並んでいる。

「あそこに入り込むことが出来たなら、駅へ直行出来そうです。」
フランチェスカはそう言って指差した。

彼女の指し示す方向には、ガラス張りの空中廊下があり、駅に直行している。

船長は望遠鏡を手に眉を潜めた。

「しかし、あれは運搬用の、、、なんてんだ?
あ、ベルトコンベアか。みたいなもんだぞ?」

出身国にはない機器(ベルトコンベア)の名前を、つまらせながらも口にする船長。

彼は更に続けた。
「すごいスピードで、荷台が走っているし、危険すぎだろ。」

「チェックポイント的な場所があって、そこでは一時停止しているようですよ。」
フランチェスカが言った。
彼女も同じく、望遠鏡を手にしている。

「じゃあ、あの荷台に乗っていくわけですか?
もし、行きつく先が、危険な部屋だったりしたらどうするんですか!?」
アリスが叫んだ。

その時、エリカは、懐に違和感を感じた。

手を入れてみると、違和感の元に触れる。
それは、魔界の地図、、、その裏側に現れていたのは、
「構内図です!」

声をあげたエリカ。

フランチェスカに視線を向けられると、エリカは地図を示しながら言った。

「ここに、構内図が書いてあります」

「お見事です。」とフランチェスカは言って、地図を受けとる。

しかし、、、予想外の出来事が起こった。

彼女に地図が手渡された瞬間に、印字がすっと消えてしまったのである。

フランチェスカは目を見開いた。

「もしかしたら、、、」

彼女は、エリカを真っ直ぐに見据えた。

それから、言葉を続ける。
「あなたにしか、この地図は、姿を現さないのかもしれません。」

フランチェスカは、静かに、地図を差し出した。

エリカが手にすると、彼女の言った通り、地図はたちまち印字されていく、、、。

まさか、、、
まさか、、、

私が、唯一の、、、

という心の声を、フランチェスカが引き継いだ。

「唯一の生還者発見です。」

笑顔で衝撃的なことを言ってのけると、
エリカの気持ちが整わぬ内に急かされた。

「それで、あの空中廊下は、どこに続いているか分かりますか?」

「あ、はい。。。」と返事をして、慌て地図を見る。

複雑な図であり、目をしかめていると、「どうぞ。」とマリアから虫眼鏡を差し出された。

暫く見て、「え」と感嘆するエリカ。

皆が緊張の面持ちを向ける中で、エリカは伝えた。

「普通に駅構内に入っていますよ。
只、暫くすると、地下に潜っていくので、
その前に、荷台から降りなきゃいけませんが、
潜る前にチェックポイント的な場所があるので大丈夫です。」

「道案内、お願いしますね。」
とフランチェスカ。

「こっちです。。。」とエリカ。

案内に従い、そこからから去っていく一同。。
それを目で追う化け物の姿は、まさに怪異だった。
、、、エリカは、その目に、いつぞやの魔物と同じ物を感じた。

魔法学校の厨房に魂を閉じ込められ、魔物と成り果ててしまった元人間、、、。

いつか、この化け物も解放されるだろうか、、、。。。



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