転校生

「わ、、、わ、私の名前は、地味子じゃ、、、ない。」
愛子は絞り出したような声でそう言った。

そんな愛子の様子を楽しむかのように、真奈美が大声を上げた。

「何ですかー!?聞こえませんけどー!!」

「私の名前は、斎藤愛子、、、だよ。
ちゃ、ちゃんとした名前、、、あるから。」
愛子は、消え入りそうな声でそう言った。

学校での休憩時間。
思い思いに、それぞれが好きなことをして過ごしている。
この教室も雑談の声でそれなりに賑やかだったが、
何人かは愛子と、真奈美達3人組のやり取りに注目していた。

”もう消え去りたい”

そう愛子が思った時、チャイムが鳴った。
ホームルームの開始を告げる合図である。

「あ〜!!だる!」
そう言いながら、真奈美達3人組は、各々に自分達の席へと散って行った。

”開放された”
愛子はほっと胸を撫で下ろした。

教室のみんなが席についた頃、扉が開き、担任の先生が入ってきた。
そして、その先生の後ろを、見たこともない女の子が歩いていた。

「誰?」
「転校生?」

教室内がざわめいた。
先生と、その女の子が教壇の上に立つ。

「はい!静かに!」
先生がそう言って声を張り上げると、教室内は静まり返った。

「転校生を紹介します」
先生は、誰もが予想していた言葉を発した。

その瞬間、教室内がどよめいた。

「やった!可愛いじゃん!」
「小動物系?」
「アイドルみたいー!!」

愛子は、先生の隣に立つ少女をじっと見つめた。
みんなの言う通り、確かにとても可愛らしい子であった。

とても整った顔立ち。小さな顔に、大きな目が輝いていた。
大人っぽい美しさというよりは、あどけない可憐さのある可愛らしい顔である。

「じゃあ、自己紹介よろしくね。」
先生がそう言うと、教室内は再び静まり返った。

百合河ありさ と言います」
少女は可愛らしい声でそう言うと、黒板に名前を書いた。

その容姿からは想像もつかないほどに、堂々とした達筆な文字であった。

「珍しい苗字!」
「ありさはひらがなかぁ」
「字かっこいい」

教室内がどよめく。

”百合河、、、どこかで聞いたことのあるような名前、、、”
愛子は思い出そうとした。

”芸能人?知り合い?
いや、全く思い出せない。
後で、スマホで調べてみよう。。。”

そう思った時、1人の男子生徒が大きな声を張り上げた。

「おい!百合河ってさ!
あの百合河爆破事件の実行犯と同じ苗字だぞ!」
そう言った男子生徒は、スマホを見て、半ば楽しそうにしていた。

「田中くん!
ホームルーム中はスマホしまって!」
先生が咎めるも、その男子生徒(田中)は興奮気味に続けた。

「大きな組織犯罪が疑われたが、未だに真相は闇の中だって!
こわっ!」

愛子はハッとした。
そうだ。
確か今から10年ほど前、この都市の幹線モノレールが爆破されたのだ。
実行犯は名前が百合河あおと(30)

確かに、中々ない苗字である。

「いい加減にしなさい!!」
先生が声を荒げた。

「確かに珍しい苗字だけど、たったそれだけの理由で何の確証もなしに決めつけていいわけがないでしょう。
大人になってそれをやってみなさい。
田中くん、あなた、名誉毀損で訴えられたら完全に負けるからね!」
先生が物凄い剣幕で田中を叱りつけた。

教室がしーんと静まり返る。
田中は目を丸くして固まっていたが、ハッとして取り繕うように慌てて謝罪した。

「ご、ごめんね。百合河さん。」

百合河ありさは、しばらくじっと立っていた。
体が小刻みに震えている。

「あー田中泣かせたんじゃない?」
「最低ー!!」

教室中からヤジが飛び、田中は顔面蒼白になった。

しかし、ありさは泣いていなかった。
笑っていたのだ。

そのことに皆が気づいた時、教室内が再び静まり返った。

ひとしきり笑い終えると、ありさは口を開いた。

「先生、結構ですよ。
本当のことを明らかにしましょう。」

先生までもが、ありさの奇行に唖然としていたが、ありさは構わずに話し始めた。

「私は、その爆破事件の実行犯、百合河あおと、当時30歳の娘です。
私は当時3歳で、その事件には関与していませんし、そのことについて知ったのは、ほんの3年ほど前のことです。
それまでは施設を転々とし、たらい回しにされていました。
その度に転校もしていました。
進路もあるので、高校生では何度も転校したくはないと思っています。
ここで3年間みなさんと一緒に過ごせたら嬉しいです。」

重い身の上について、つらつらと話してのけるありさを、皆が唖然として見つめていた。

「え、じゃあやっぱり、犯罪者の娘ってことじゃん」
しばらくの沈黙の後、1人がそう呟いたのをきっかけに、再び教室内がどよめいた。

「こわっ」
「でも可愛いから許す」
「可愛いからって近づいたら殺されるかもよ」

愛子は、そんな皆の様子を見て、密かに期待を募らせた。
”これで、いじめの標的が自分からこの子へ移るかも”
我ながら卑怯な考えだと思った。
けれど、本音だということは否定しきれなかった、、、。

「いい加減にしなさい!!」
再び先生が声を荒げた。

「親の罪は親の罪。
子どもには全く罪は無いでしょ!!」
先生のその言葉も全く響くことなく、教室は暫く盛り上がってしまった。

美川鈴音先生。
若くていつも一生懸命な先生だが、生徒達をいつもうまく制御できず空回りしている。

愛子は、この先生には何も相談できないと思った。
下手なことを言えば、いじめが激化する可能性さえある。。。

◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇

チャイムが鳴り、ホームルームが終わった。
愛子は速攻で荷物を手に取り、教室のドアへと向かった。
”真奈美達にまた、色々とからまれる前に早く帰らねば。”

「ねーねー!!」
真奈美の黄色い声が聞こえ、愛子はびくんと肩を震わせて立ち止まった。

恐る恐る見ると、真奈美は教室の真ん中で他の女子達と盛り上がっていた。

今日は愛子には絡んで来ないようだ。

真奈美は、転校生の百合河ありさに興味を寄せていた。

「百合河さんってさー超可愛いよねー。
ありさって呼んでいい?」
真奈美が黄色い声で話しかけている。

「ありさって名前も可愛いよねー」
「ねー」
「名前負けしてなーい」
取り巻きの女子達が同調している。

「はい。好きに呼んでください。」
ありさが静かにそう言った。

彼女の顔は驚くほどに無表情であった。
場が一瞬静まり返る。

「なんで敬語なのよー。」
真奈美が少し焦ったような口調でそう言った。

「そうそう。私達、タメだよ」
「もーありさってば面白いー!」
続けて、取り巻きの女子達も苦笑しながらこびへつらう。

ありさは、椅子から立ち上がると、とんでもないことを言い放った。

「私は13歳なので、みなさんより2年も後輩ということになりますから。」

みな、意表を突かれたように固まる。

「へ?どういうこと?」
真奈美が尋ねた。

「私は転校を繰り返しており、今後もその可能性があるため、勉強が遅れてしまう心配があります。
そのため、先取りする必要があるのです。」
ありさが、つらつらと答えた。

真奈美の顔が一瞬固まる。

愛子はそんな彼女の様子を遠くから眺めて、また期待してしまった。
ありさにいじめの標的が移らないかと。
真奈美は変わり者を忌み嫌うところがあるからだ。
本当に最低な考えであると愛子は自覚していた。

「へー!何?飛び級ってやつ?」
真奈美の黄色い声が響いた。
彼女は、愛子の期待とは裏腹に、パッと顔を輝かせてはしゃいでいる。

「すごーい」
「先取りしすぎー」
「才色兼備ってやつ?」
取り巻きの女子達も盛り上がる。

愛子は、真奈美達の予想外見えたから反応に希望を打ち砕かれそっと教室を出た。

”あんな可愛い子がいじめられるはずないよね。
というか、いじめの標的変わるかも、なんて期待しちゃうなんて、最低だ、、、。”

そういった黒黒とした思いを抱えたまま、愛子は帰路についた。

つづく

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