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祝杯の味
今から4年くらい前。私の描いた絵が公募の小さな賞に選ばれたので、とある巨大なイベントスペースに出かけた。
表彰式は本来トップ3しか出られなかったのだが、
「賞を手でもらいたいんです… 現地まで行きますので…」
とわがままを言って、なんとか参加させてもらった。
建物内にカフェがあり、そこのランチセット券を運営の人から貰った。本来表彰者だけに渡しているものっぽかったので、ちょっと恥ずかしかった。
そこでオムライスを頼むと、田舎じゃ見たことないオシャレなふわとろオムライスが出てきたのでついついパシャリ。
外の景色を眺めながらゆっくりとサラダを食べていると
「受賞者の方はお集まり下さーい」
とエレベーターの方から声が。
まずい。カフェの人に声をかけて取っておいてもらわなくてはならない。さささっとサラダだけ食べ終えたところで、ふとよくないことが頭をよぎった。
「ドリンクだけは口をつけて、1/3だけ残してから声をかければいい。帰ってきた時にまた1杯分注いでくれるはずだ。1/3だけ注ぐなんて店側も気まずいだろうし」
テーブル中央、セットのジンジャーエールに目をやる。
冷えたグラスには結露で水滴がつき、ライトに照らされ輝く黄金色の冷えた祝杯が、いかにも飲まれたそうにしている。
「サッと飲んじまえば分かんねえって。指摘する方だって恥ずかしいし、そもそもそんなとこまで見てねえって」
右手をグラスに伸ばし、喉に流し込んだ。
店の人には
「すみません、今から式があって… 取っておいてもらえたりしますか?」
といかにも申し訳なさそうに振る舞った。
式は大盛り上がり。運営の人達も事前に私の作品のスライドや紹介の台詞を準備してくれていて、はるばる遠方から来た甲斐があったと思った。
そして盾と商品券をもらってカフェに戻り
「すみません、先程の者ですが…」
と店の人に伝える。
「あ、はい今お持ちしますねー」
と店の人。
わずか数秒。パリッとモダンユニフォームを着こなしたポニーテールの女性店員が来た。
温かいオムライス。
と、グラス一杯のジンジャーエールをテーブルに置いた。
「お客様、こちら手をつけられておりませんでしたので、そのままお持ちしました」
と微笑んで、ゆっくりと厨房に戻って行った。
やっぱり、ちゃんと店の人は見ていたのだ。
水のグラスだけにしておいてよかった。
どうも楽しい旅が台無しになるような気がして、
結局ジンジャーエールのグラスには手をつけられなかったのである。
あの時私が考えていたことなど、店の人はとっくに分かっていたのだ。
私は全く気づかなかったが、運営の人に呼ばれたあの時、私はすぐに席を立つことはしなかった。そして恐らく、じっとジンジャーエールを見つめていたはず…
さーっとして背筋が伸びた私。手荷物を椅子に置いて席に座り、黄金色の祝杯にそっと手を伸ばした。
今でもよくないことを思いつくたびに
「やっぱり悪いことはするもんじゃないよ」
と、あの頃の私が肩にそっと手をやる。
あれから4年経った今でもあの時の黄金色の祝杯の思い出が、脳裏に焼き付いて離れないのだ。
どんな些細なことでも、見ている人はちゃんと見ている。
結局、そういうものだと思う。
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