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みちのく潮風トレイル冒険録13:信仰の山・田束山(志津川駅→本吉駅)

 前回、遂に難敵雄勝半島を攻略した。これで、福島県相馬市から宮城県南三陸町までの区間を一筆に歩き切ったことになる。石巻周辺は旅程の立てづらいセクションが多く、攻略する順番を入れ替えたり南北を逆に歩いたりと、色々と工夫が必要で苦労した。しかし、南三陸町から北のセクションはしばらくあまり苦労せずに攻略できそうなセクションが続くようだ。さあ、旅をどんどん続けよう。

Day18:志津川駅→入谷簡易郵便局

2022年4月9日(土)
 高速バスでJR志津川駅に降り立つ。プレハブの志津川駅の斜め向かいには、南三陸さんさん商店街があり、観光客で賑わっている。このあたりは志津川の震災前の市街地だが、住宅は高台に造成された住宅地に移されている。

 南三陸さんさん商店街からは、建築家隈研吾さんがデザインしたというおしゃれな中橋という橋で川を渡って震災遺構南三陸町防災対策庁舎のある復興祈念公園に移動することができるようになっている。この震災遺構は震災前の南三陸町役場の一部を保存したものだ。津波に飲み込まれ犠牲になる直前まで避難をよびかけるアナウンスをしていた職員のエピソードは、多くの人が耳にしたことがあるだろう。この場所では多くの役場職員が犠牲になり、屋上によじのぼった町長などわずかな職員だけが生き残ったという。今は、鉄骨がむき出しになった建物が津波の威力を今に伝えている。

 復興祈念公園を後にし、トレイルは内陸部の入谷という地区に向かって進んでいく。南三陸町はみちのく潮風トレイルの受け入れに積極的なようで、ところどころに見どころを紹介する看板があり歩いていて楽しい。この大雄寺という名のお寺は奥州藤原氏にも所縁のある古刹だそうだ。

 夕暮れ時の入谷地区は、海岸部の漁村とは違った里山の風景が美しい。入谷簡易郵便局を本日のセクションの区切りとする。今日の宿は、このすぐ近くにある「南三陸学びの里いりやど」を予約してある。この宿は、大学生の研修施設として建てられた宿泊施設を一般にも開放しているそうで、宿の中には自由に読める図書が並ぶスペースがあるなど合宿所のような独特の雰囲気で妙に居心地がよい。夕食は南三陸産のタコや気仙沼産のサメなど地場のものをふんだんにあしらった御膳で、ふだんそれほどお酒を嗜まない私も調子にのって瓶ビールを注文し、美味しい料理に舌鼓を打った。

Day19:入谷簡易郵便局→本吉駅

2022年4月10日(日)
 早朝、宿を後にし、朝もやの中を歩き始めてまず入谷八幡神社に参拝する。南三陸町はタコが名産だが、それにちなんだオクトパス君というキャラクターが南三陸町のマスコットになっており、「置くとpass」というダジャレから学業成就のお守りとしての扱いも受けているそうだ。入谷八幡神社にも大きなオクトパス君の人形が置かれており、小さなオクトパス君の中におみくじが入ったものが売られていたので、これを記念に購入して持ち帰った。

 トレイルは田束山の山頂に向かって緩やかに登っていく。途中、トレイル標識の隣に地元の方が建てたと思われる手書きの看板が立っている花壇がある。季節柄、花はまだ咲いていないが、みちのく潮風トレイルの取り組みを地元の方も歓迎してくれていることが感じられ、あたたかい気持ちになる。

 この看板がある花壇のすぐ近くには、「神行堂山麓の巨石」という大きな石があり、ここに立ち寄りしばし休息する。

 緩い登り坂をのんびりと歩き、田束山(たつがねさん)の山頂へ。山頂は標高512m、これまでの旅で最も標高が高い地点である。山頂からは、これまで歩いてきた南三陸町方面だけでなく、これから歩むことになる気仙沼方面の海岸線も一望することができる。山頂付近はつつじの名所だそうだが、つつじの季節はまだ先だ。

 田束山は、信仰の山としても知られる。奥州藤原氏が権勢を誇っていた時代、奥州藤原氏はこの田束山を厚く信仰し、この山に寺院を築き、山頂にはお経を奉納した塚をいくつも造成したそうだ。寺院はその後衰微し今は残っていないが、経塚は現代にも残り奥州藤原氏の栄華と浄土信仰を今に伝えている。なぜ奥州藤原氏が本拠地平泉からやや離れた田束山を信仰の対象にしたか。それは恐らく、南三陸周辺は奥州藤原氏の繁栄を支えた黄金を産出していたエリアだったから、そのエリアを一望にすることができるここ田束山に寺院と経塚を築いたのだろう。奥州藤原氏の栄華の終焉は、今年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」でも、源義経の最期に合わせて静かに描写された。私は、東北人の端くれとして、前九年の役から奥州合戦に至るまでの奥州藤原氏に纏わる歴史が個人的に好きなので、田束山の景色は強く印象に残った。

 田束山から下山する道は「行者の道」と呼ばれる自然歩道になっている。山岳信仰の盛んだった時代、修験者の修行のために使われていた道だというが、途中には滝もあり、木彫りのモアイ像が道案内をしている。自然を楽しみながら心地よく下っていくと、多くの登山客とすれ違う。とても歩き甲斐のある気持ちよい道だ。

 行者の道を下り終わり、南三陸グリーンロードという車道を歩いていくと南三陸町と気仙沼市の境界を越える。平成の大合併前の町名で言うと旧歌津町と旧本吉町の境界を越えたことになる。トレイルのルートは久しぶりに海岸線に近づき、陸前小泉駅の付近で津谷川という川に差し掛かるのだが、ここで地図上のルートに川を越える橋が無く、川を渡ることができない。あわててみちのくトレイルクラブのホームページを見ると、橋の架け替えによりルートが変わった旨の注意事項が掲載されていた。こういう情報は出発前にきちんと確認すべきだった。今後は気を付けよう。
 架け替えられた新しい橋で津谷川を渡り、しばらく進むと旧本吉町の中心市街地に差し掛かる。今日はJR本吉駅でセクションを終えることとし、気仙沼線BRTに乗り込んだ。天候にも恵まれ、心地よい山歩きを楽しんだ2日間となった。

 余談ではあるが、帰りの気仙沼線の車内で、千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希投手が完全試合を達成する瞬間の中継をスマートフォンで見届けた。震災でお父さんを亡くしたという彼の地元である陸前高田や大船渡を歩くのは、もう少し先のことになる。

 南側のセクションは↓

 北側のセクションは↓

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