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春名真歩《A full scale hole》観て考えたこと by J.M

2023 年の夏は東京近郊の絵画ラバーにとっては最高の夏です。特に抽象絵画をかじっている私には特別ですね。アーティゾン美術館では「ABSTRACTION 抽象絵画の覚醒と展開 セザンヌ、フォーヴィスム、キュビスムから現代へ」が開催されています。ポール・セザンヌ(1839-1906)の《サント=ヴィクトワール山とシャトー・ノワール》(1904-06 年頃)から展覧会はスタートします。展覧会のタイトルにあるように印象派からフォーヴィスム、キュビスムそして抽象絵画へと絵画史を辿っています。国立新美術館で開催されている「テート美術館展光 ― ターナー、印象派から現代へ」もイギリスのテート美術館の収蔵作品を通してアーティゾン美術館と同
様の主旨の展覧会が行われています。こちらは 18 世紀からスタートしています。絵画だけにとどまらない展示内容です。絵画では、最終的にゲルハルト・リヒター(1932-)に接続しています。
これらの展覧会に呼応するように東京都美術館ではアンリ・マティス(1869-1954)、東京都現代美術館ではデイヴィッド・ホックニー(1937-)の回顧展が行われています。
これらの展覧会を観ることで古典絵画のルールを作家たちがどのようにして再編してきたかという道程が歴史の中を歩くように感じることができます。
特に抽象絵画が誕生した流れや当時のアーティストのことを理解するためには有益な場です。
テートとアーティゾンではバウハウスのことを取り上げていました。ワシリー・カンデンスキー(1866-1954)やパウル・クレー(1879-1940)が教鞭をとっていたわけですから、抽象絵画を考える上でも非常に重要だとい
うことですね。
また、タグボートが主宰する若手作家のイベント「Independent Tokyo2023」でも抽象絵画の作品は多数出展されていました。作家にとっても「抽象画って魅力があるのだ」ということを考えました。

《a full scale hole》, 2023, Maho Haruna

そんな中、江戸川橋のギャラリーaapliot で行われた春名真歩「まっすぐ歩く」を観てきました。抽象画の作品が中心です。その中で、心にとまった作品が《A full scale hole》です。
縦が 1303mm、横が 1940mm の横長の大型作品です。大きなグレイの円が前面にあり、キャンバスを覆っています。グレイの下にはブルーが描き殴られたように存在します。その下のレイヤーにはほぼ真っ直ぐ引かれた三本の黒い線。そこから派生した黒い線。これらの奥にはギターのネックのように薄い線が上下に引かれています。また、キャンバスの情報にはアクション・ペインティングのようなしぶき。最初の印象はマテリアルの可能性を追求する絵画なのかと思いました。グレイの円の絵具の厚塗り具合が強くて心に残ったからです。しぶきも然りです。
しかし、これらの円に対抗するような黒のほぼ真っ直ぐに引かれた線は円の奥底にある世界を表現しているように思えました。これは、タイトルにある穴。とても深い穴なのか。落とし穴くらいの深さ?もう一度、全体を眺めてみると円が口のようにも見えてきます。巨大な生物の口。全てを飲み込むのうな大きな生き物。そんなことを考えていると「星に願いを」という曲が頭の中に流れてきました。この曲はディズニー映画「ピノキオ 」(1940)で使われていた曲です。子供のいない老人が人形を作って人間になって欲しいと願う曲です。
そう、彼らはクジラに飲み込まれるのです。この円はクジラの口で飲み込まれる時の腹の中を描いているようにも見えるし、彼らがクジラから出る時の外の世界のようにも見えます。ピノキオ で考えれば幸せへの出入口ということでしょうか。これは、1940 年に製作されたディズニー映画でのお話です。ピノキオを作った老人の願いはストレートで夢のような願いでした。そのレベルになれば星にしかその夢は叶えられないでしょう。今の私たちにとってはどうでしょうか?物や情報があふれる現代社会、叶えたい夢は現実に即したものでしかないかもしれません。鑑賞することで、そんな思考を巡らせることができるのが、抽象絵画の魅了なのでしょう。展覧会でみてきた作品たちと上手く接続できる文章が書ければと思ってきましたが、まだまだ、思考の訓練が足りないようです。星にお願いするようなレベルではないですね。

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