見出し画像

書きたいだけ書く日記【2021/05/31~06/06】

制服問題と連絡先消去、雲仙普賢岳大火砕流から30年、ボヘミアン・ラプソディ、の一週間。

2021/05/31(月)
 夕方になってものすごく暑い。なんだろうこの、気がついたら暑いって。生きたまま茹でられるカニのことを思う。
 掃除をしてからエアコンを入れようとしていたところ、明日から6月であることに気づく。衣替えでは。息子1の半袖開襟シャツを出したり、指定水着を出したりして汗みずく。帰宅した息子1に半袖どうするのかと聞くと、「着ない」という。息子1の学校、今年から妙なことになっていて、一年中、学校指定であれば夏・冬・中間、好きな制服を着ていい、となった。自由があって素敵なことだが、実情としては困るの一言。というのも着衣には必ずプラの名札が縫い付けられていないといけない、というルールがあるから。名札は4枚しか無い。それでやりくれと言うのだ。学生服とセーターはつけ外しを繰り返すと傷むので固定として、シャツに使える残りは2枚。だから、今日は長袖明日は半袖、なんてことをしたいなら洗濯の度に名札を縫い付け直すことになる。それが嫌なら名札を追加で買えとのこと。
 そもそも縫い付け名札が納得いかない。つねに名前が見えた状態は防犯の観点から言ってありえ無い、と学校からのアンケートに書いたら見事に削除されていた。挟むタイプのクリップ式の名札なら2つもあれば足りるというのに、なぜ縫い付けなのだろう。納得いかない。
 体制への怒りは置いておいて、我が息子は人と違う格好ができるチャンスを見逃さない。かぶきたい派である。園児時代は全身星の服で固めて全身柄物のガラガラヘビと呼ばれ、小学生の間は冬でも半袖半ズボン。中学では校則でそれも出来ず落ち着いたと思っていたら、この服装ルールの変更に乗って、「俺はなんとしても夏の間も長袖シャツで行く」とのこと。一瞬強い意志に関心しかけたが、ほんと学校側、いらんことしてくれる。私にはわざわざ暑い格好するのは合理的と思えず、熱がこもって熱中症予備軍になるのがこわい。この受験期に面倒なことはやめてほしい。

2021/06/01(火)
6月。先月のかぶれで皮膚科の先生から化粧にストップがかかったまま。どうしても髪を切りに行きたいが、化粧ができないとどうしようもないので皮膚科へ。許可は出た。そして別の皮膚科でやろうと思っていたシミ治療の提案があって驚きつつ、驚きを隠してお願いする。
 息子1の制服のこと、続き。19日は部活の写真撮影なので半袖で行くという。そこで息子に「えっ、名札そこで半袖につけて、また長袖に戻すの?!めんどくさ」と言ってしまった。すると不機嫌そうながらも考えている。失敗した、と思う。親ならば息子をとことんバックアップするものではないのか、という思いが湧いてきた。そうだよ。やるならとことん付き合ってやる。夏中ずっと学生服でもいい。面白ければそれでいい、と決意する。

2021/06/02(水)
 片付けものに注力。特に本と資料。7月の原稿や、これから書きたいものの資料は切り取る。超アナログだけどこの方法は頭に入るので。
 調子が出てきたのであちこちから来た封書もどんどん整理する。見ると色々な思いが去来する、と言えばかっこいいが、とても嫌な人の不愉快な記憶が蘇る。最初から最後までほんと嫌な態度の人だった。人を蔑していることを隠そうともしない。結構な扱いも受けて腸煮え返る思いもしたけれど、業界の人だからこそスルーしてきた。でも今時間が経ってわかる。私の世界にいらん。これからは信頼できる人としか付き合わない。ということで、私がこの人からの仕事を受けることはもう無い。連絡先を消去し、その人とやり取りしたものは全部シュレッダー。消えろ消えろ。すっきり。
 息子1の制服話、さらに続き。昨日私がたどり着いた結論を伝えると、困った顔で「えっ、学ランは無理」と言う。なんだよー。でもホッとする。オットが今やガチ応援団ですら本番しか着ない時代だよ、と言う。そうだよなあ。
 
2021/06/03(木)
 起きて、整頓と食事準備。朝食、主食・タンパク質・野菜・果物が充実すると気分良し。家族の出る準備の間、私は寝室の整頓、食後の洗い物、洗濯の仕込みなど。
 送り出して、梁を読む。やっと寝かし期間が終わって読む期間となった。いつのまにか雨は蕭然と降りしきり、動く絵としてつけっぱなしのテレビでは野茂英雄の2001年のノーヒットノーランが写っていた。Baltimoreとか、懐かしい地名。そこから別の歌集歌書も読む。一段落して立ち、昼食の仕込みをしてレモンティーを作り、書き物。原稿の構成も考える。
 普賢岳の火砕流から30年。当時私は歴史学科の2年生。前年度から雲仙が活動を活発化していたことを受けて必須の地質の講義が例年とは違う内容に変更され、しばらくは雲仙や熊本の過去の火山活動や地震について特化してやったように思う。その時担当のM先生が、「火砕流の下る流路で人が逃げて逃げ切れるわけがありません。無駄なのです。死ぬのです」と言って一人一人の顔を見回し、それぞれが頷いたのを確認してから話に戻ったことを、この日になるたびに毎年思い出す。そして、この講義があったから、避難が出来ない自分と息子2が平成の熊本地震で生き延びることが出来た、とも。とにかくM先生が大好きだった。鉱石に名前がつくほどのその道の権威なのに数年だけ私の大学に居て、講義も雑談も最高で。声が小さく細身でかわいらしいのに中身は骨太で。先生は私の卒業の翌年亡くなってしまった。ウィキペディアに載っている先生の写真は私が大学に居た頃のもので懐かしくて思わず合掌してしまう。
 冒頭の画像は数ヶ月前の普賢岳。熊本の御輿来海岸付近で撮ったもの。

2021/06/04(金)
 映画「ボヘミアン・ラプソディ」初視聴。
私はまあまあクイーンのオールドファンである。身の回りにあって小さい頃からクイーンを知っていたし、ライブエイドもその時見ているし(ただCMとか中継でめっちゃ切られていた気が)、クイーンやフレディの情報はこまめに摂取してきた。年経た今はフレディの持つ背景や孤独感・疎外感に共感しつつ、その感覚と楽曲との関係について見つめている。
 この映画、最初は何度でも映画館で見ようと思っていたが、流布されている事実から物語がどういう着地をするのか想像つかなかったり、これで目覚めた人たちの狂奔ぶりに気圧されたりで結局一回も見ていなかった。
 見て、最初に思ったのはラミ・マレックは似ていないこと。配役に苦労したと思う。そっくりさんではなく、ちゃんと演技が出来る人が必要だっただろうから。多分ラミしか居なかった。実際ラミで良かった。でも似ていないから、似てる似てると喧伝して誘導してきたのだと思った。ただ、ライブエイドのシーンの後ろ姿でオット(この人もまあまあなファン)が、「えっ、あっ、このシーンだけフレディ本人?!」と動揺していたが私もそう。あの首筋。ラミはフレディーよりも小柄で小顔なのに。憑依を感じるシーンがあった。
 ラミは似ていないけれど、他のメンバーや両親・関係者はよく似ていて驚いた。これまで伝え聞いていたエピソードやメンバー間での呼び名などが再現されていてファンとしては胸アツ。
 内容については事実とは別の物語だと感じた。現実・事実のエピソードが物語に都合よく、時に順を入れ替えて配置されている。フレディの境遇を際立たせ、見た人に強い感動を与えて共感できるよう、整合するには必要な操作だと判断してのことだろう。
 ライブエイドのシーンは本当によく出来ていた。学生時分に覚えるほど見ている私から言わせると、ものすごい出来。観客に裸の肩車のおっさんがいるところまで再現している。
 私は純粋に映画として見ることができなかったけど、これはこれとして良いのでは、と思った。これまで知らなかった人にあの音楽を知らしめることが出来て、ファンとしてはうれしい。そして私は私として、クイーンをフレディを、楽曲を見つめていきたい。
 ああ、こんなに字幅使って。一日色々したのに、頭の中はこれだけ。それでまだ書き足りないのだ。

2021/06/05(土)
 耳の状態がよく変化するのだが「音がうるさい期間」に入って音声の重なりがつらい。テレビは一日つけっぱなしが好きなのでつけてるけどミュート。動く絵として使う。日常普通に聞こえる音が一番落ち着く。通りが近いので聞こえてくる車やバイク、個体ごとに違う音がするし、音でスピードもわかる。鳥の声も、すずめでも一羽ずつ違う。窓の外ぐらいの音ならビビッドではなく、明度も彩度もちょうどよい色になって聞きやすい。
 午前書き物。2つの書き物が錯綜しているので整理。
昼に帰ってきた息子1に昼食(豚とキャベツのオイルベースのパスタ)を作って食べさせ、塾に送り出してから更に続き。
 昨日の映画「ボヘミアン・ラプソディ」からの流れで85年のライブエイドの動画を見る。3度見る。人の感想を検索して、当時の日本での中継のお粗末さを思い出す。クイーンが歌っているのにCMが入ったり、スタジオからの映像になったりしていて、結局しっかり見られたのは友だちが持っていたレーザーディスク版を見て、だった。その後ライブエイドと映画の再現シーンと画面を左右に分割して同時に流れるものも見る。映画の方のブライアン・メイが当時の本人にしか見えず大混乱する。
 その後は81年のモントリオール公演のDVD。私はこれが一番好き。息子2は幼児期、熱を出して園を休むとこればかり。フレディの着衣の変化(どんどん服が減っていく)に合わせて脱いでいたことを思い出す。午後の数時間をクイーンで消費してしまった。
 晩ごはん、バターチキンカレー、キャベツ・きゅうり・玉ねぎとちくわのサラダ

2021/06/06(日)
 日曜に家に誰もいない、昼ごはんも一人ということにも慣れてきた。
 オットは仕事、息子1は朝ごはんにミニクロワッサン3個、サラダ、ハム、目玉焼き、ヨーグルトという朝食をとって塾の模試に行った。朝に前夜のカレーを食べたいが、カレーを食べるとお腹が痛くなる予感がする、というのでこうしたが、ものすごい量。
 息子1の靴下が片方見つからず、探す。洗濯機の裏やソファーの下など。もちろん洗濯かごも。見つからず、ピアノ1の下、ピアノ2の裏、楽器部屋の楽器の物陰、テレビの裏。それでも無いので息子の部屋に侵入。結局掃除してやる羽目になる。それでも見つからず。
結局靴下は、パンツにくるまれたようなかたちで洗濯かごに入っていた。あまりにうまくそうなっていて気づけなかったのだ。脱力。なんだかこれでぐったり疲れてしまい、さらに梅雨の晴れ間でたくさん洗濯したので一日ぐだぐだに。
午後、梁(現代短歌・南の会)のFさんに稿料確認と参加費入金のメール。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?