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2022/09/27 大雨、日本の国葬を見て思ったこと

 いつも通り起きたら、とんでもない朝焼けでびびる。朝焼けというより、雷天気。これは我が家とその周辺で使っている言葉で、その後ほぼほぼ雷混じりの荒天になる時の空の色を言う。強烈にオレンジと黄色が混じったような空。雲が重たく出来上がっているところに光が指すからそうなるのだろう。とにかくそれでびびる。びびりつつ弁当を作る。

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 作るものが決まっていると安らか。中華風卵焼き、ブロッコリー・カリフラワーのスパイス焼き、焼ソーセージ、冷食。冷食バンザイ。

 その後、家族が起きだす頃から大雨に。スマホに来るようにしている防災の速報、大雨情報が何度も鳴って、外も大騒ぎ。雷とゲリラ豪雨。

 この土地に来て過去最大の降り。表も裏も水没。

 表。もう少し前が一番多くて、家のドアと同じ高さの段を少し超えた。

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 裏。

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 テラスの段の上まで来た。土のあるところ全部水浸し。

 オットは自転車通勤。ブラック会社はブラックなので雨合羽を着て出撃。ひどい雨なのでスーパーのビニール袋を足に履いて、ドラえもんの足で悪いけど笑ってしまう。子の学校は軟弱なのですぐ今後の指示の連絡が来るかと思いきや来ないし、床下の換気口から入ったら床下浸水だから気をもみつつ、アホ親子はどんどん写真と動画を撮った。その辺りで学校から無理して来るなとの連絡。アプリで遅刻の連絡を入れる。子は今しか出来ないことをするとして、すぐ出られない子達と通信でゲームしていて私は脱力。でもまあ、あの雨の中行かせたくなかったのでよかった。

 雨は8時半過ぎに弱まって、子は9時過ぎに行った。同じく遅刻組の友と自転車小屋で落ち合う約束をして。

 思う所あって、数日日記の更新は休んだ。この日記にはベースになる公開はしない日記があるのだけど、それも書かなかった。この間に、新しく始めたこと関係を拡充したり、新しく作ったアカウントを充実させたりしつつも、謎の脇腹痛で体調がちょっとやばいレベルになったり、そんな時に息子2が久々に帰宅したり、なんだかてんやわんや。

 息子2の帰宅は久しぶりで嬉しかった。可愛さが増した、と言うと本人は嫌そう。厨二病の中2としては耐えられないらしい。やっぱり家じゃないと言えないことも多いらしく、まあ色々話しての2日間。医療機関付属のところにいるので外泊の条件が厳しくて、出られる時に出ないと何ヶ月も帰れなくなってしまう。実行出来てよかった。

 せっかく子が帰宅したというのに、私はその前日から非常に体調が悪い。左の脇腹から肋骨あたりにかけての痛み。深刻な病気に繋がりそうな症状がないから様子見するも痛いのは色々と下がる。結局数日かけて治ってしまった。歳か。なんでも歳で片付きそうで笑ってしまう。ここまでが数日のこと。

 午後、安倍さんの国葬を見る。面白かった。
 以下は私の気づいたこと。
 昭恵さんにはちゃんと着物が着せられていて、車から降りた時に跳ね上がっていた帯の垂れも次に出てきた時には誰かが直してくれていて、今回はこの人にもちゃんとしてくれる人がいることにほっとした。

 安倍さんの弟の岸さんが拝礼して席に戻り車いすをバックさせる時、息子さんがサッと勝手にお父さんの手ごとコントローラーを操作していて、それを岸さんが驚くでもなく自然にさせていて、仲の良い親子なんだろうな、と思う。

 皇族女性陣がお辞儀とかそういうものがとても下手になった。こういう時はかなり上位の礼を取るべきなんだけど誰一人満たしてなかった。ゆっくりと歩くこともしっかりと礼をすることも出来ない。ちゃんと花を捧げることも出来ない。こうして文化は廃れていくのかも、と思う。一番ちゃんと出来ていたのは麻生さんの奥様。令和の即位の礼の時もこの方だけ完璧だった。

 高貴な人々の装飾品がジェットで揃っていた。ブラックパールと間違った情報も流れていたけれど、ジェット、黒玉。長く通販とかでワンランク上の喪の装いとブラックパールが煽り気味に売られていたけれど、しばらくはジェットがよく売れるかも、と思う。

 陸海空のそれぞれの音楽隊、うまかった。興味もないイベントを延々と音を出して見ていたのはひとえにこのため。ドボルザークの新世界の2楽章「家路」のコールアングレ、最高。あと最後の和音。あんな合い方…奇跡。命の捨てどころであんなに決まるなんて。『カヴァレリア・ルスティカーナ』を選んだ無学ぶりには笑ってしまったけれど、ユーフォの人とてもうまい。同じ楽器だからわかる。地味に難しいところを伸びやかに触り無く出来ていた。ただ、良くも悪くも今の日本の吹奏楽の音作りの傾向がよく反映されていた、と思う。調和を重視しすぎて吹奏楽器特有のきらめきを失っている、というか。国歌のテンポが早すぎることも気になった。

 『カヴァレリア・ルスティカーナ』がなぜここで無学と思うのかについては、この歌劇の中に恨みを持った人に殺されちゃうシーンがあること。他に選ばれていたアルルの女もどうなのかね、と思った。メロディーが美しくてもあれもひっちゃかめっちゃかストーリーだからお葬式に合うのかね、って話。学がなくても死にゃしないけれど、恥ずかしいものは恥ずかしいと私は思う。知らんけど。

 弔問外交とか狙いがあったのだと察しつつも無駄無駄しいイベントだと思った。もちろんあんな亡くなり方は全く許せるものじゃない。しかし国葬がふさわしいか言えばそうでもないんじゃ、と思う。権力ある人達に押し切られて軍事色の強い国葬がされたことが気になる。日本もまずい流れに乗っているなあ、と思う。私たちは慣れてはいけないことに少しずつ慣らされている。

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