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働き方改革2.0 ~産業や産業構造が変わることで働き方は変わる

2018年7月に成立した、
「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律」

いわゆる働き方改革関連法。

私が、組織人事コンサルティング会社を営んでいることもあり、この働き方改革関連法について、これまで何度かお話や講演する機会を頂きました。

そして、その時に、決まって聞かれていた質問のひとつに、「これからどのようにすれば、働き方改革は進みますか?」というものがありました。

この質問に対して、私と同じくしてコメンテーターとして参加している方々は、それぞれの立場から、

「会社のルール整備が必要です」
「ITインフラの整備が必要です」
「副業を支援する制度が必要です」など、

いろいろな角度から、この質問に対する回答をされていました。

そのような中、私は何と答えていたか?

それは、「このままでは、働き方改革は進みません。産業や産業構造が変わらないと、働き方は変わらない」でした。

これは過去の歴史を振り返っても言えることだと考えています。

例えば、高度経済成長期。

高度経済成長期は、諸説ありますが、およそ1954年~1970年に入った後くらいまでの約16~19年を指しています。「神武景気」「岩戸景気」「オリンピック景気」「いざなぎ景気」と、好景気が第一次石油ショックまで、高度経済成長期は続きました。

高度経済成長期の入り口では、繊維・機械の輸出が好調で、工場建設などの設備投資が盛んに行われました。そして、鉄鋼や化学、電力などの素材産業に対する設備投資も活発になり、石油化学産業へと発展していき、太平洋沿岸地域には、鉄鋼・石油化学などの臨海工業地帯ができ、そしてその周辺には、沿岸地域で働く人たちをターゲットにした住宅団地やベットタウンが出来ていきました。

どんどん新しい産業ができ、
そして、その産業が営まれる場所も変わり、また大規模になり、
生活環境も変わり、発展を遂げていったわけです。

では、この高度経済成長期に、
繊維業や重工業よりも前から存在していた農業はどうだったのか?

農業を、農業従事者数から見てみると、1955年頃に約2000万人いた農業従事者は、1975年頃には1500万人を割り込み、現在2020年においては、なんと145万人にまで落ち込んでいます。

これまで労働人口は右肩上がりだったけれども、農業従事者は右肩下がり。

この農業従事者はどこにいったのか?

減った農業従事者が全て、新しい産業の従事者となった。というような乱暴なことは言いません。もちろん、農業従事者の高齢化による廃業や、農業に対するテクノロジーの進化・発展に伴って、昔のような農業従事者数を必要としなくなっている部分もあるでしょう。

しかし一方で、

▼朝日と共に起き、田畑に行き、夕日が沈むと共に帰る。
▼一日中、重労働で、土や汗まみれで一日を過ごす。
▼季節や天候で収穫量が変わり、少な過ぎると生活できないが、多すぎても薄利多売となり、後々の取引に影響する。

といった、農業・農家の働き方から、

▼8時半の始業までに出社し、17時半の終業と共に家に帰る。
▼決められた場所で、決められた作業をこなし、直射日光の当らない場所で一日を過ごす。
▼サラリーを受け取り、継続的に勤務することで、そのサラリーも上がっていく。

といった、工場や会社勤めという働き方に人は流れ、
時間の使い方や受け取れる成果のカタチも変わったという事実もあると考えています。

そして、2020年4月。

2019年12月に中国/武漢から始まった新型コロナウイルスによって、産業や産業構造は変わってきています(本当はここからが書きたいこと…)。

この新型コロナウイルスによって、どのように産業や産業構造が変わり、働き方はどのように変わっていくのでしょうか?

次回は、新型コロナウイルスによって変えられた世界について書こうと思います。

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