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読んで損しない「君たちはどう生きるか」考察

ネタバレアリです。注意してください。

“誰かの不幸のもとに存在を許された者たち。それでも、幸せになって良い”というメッセージが込められた映画だと思います。

私の考察は『ナツコの子は宮崎駿自身であり作品の後に宮崎駿の人生が続いている』というものです。

2013年『腰ぬけ愛国談義』に宮崎駿監督は父親の再婚後の子供だということが記されています。
(宮崎駿の父は大恋愛で結婚した最愛の妻に結核で先立たれ、その後新しい妻を迎え、後妻との間に出来たのが宮崎駿監督です。)
書物によると

・就職時戸籍謄本を取寄せ判明
・前妻とは学生結婚
・生きるの死ぬのと大騒ぎして結婚
・結婚後1年も立たないうちに前妻結核にて死去
・宮崎駿の父も結核を患っていたので自分の結核が伝染したと言っていた
(戸籍謄本を取寄せ判明した後監督自身が父親に聞いたことが推測できます。)
・前妻との間に子供はなかった
・大恋愛の末の結婚で妻が亡くなった後父は周囲に心配されていた
・父は前妻の死去後1年も立たずに宮崎駿監督の母と再婚

だそうです。
今作はかなり直球ですよね。ナツコの子供は宮崎駿監督(や兄弟、少なくとも血縁者)がモデルになっていると推察できます。

この作品は主人公の少年が本当の母と決別、新しい母を母と認める冒険、自らの過ちを受け入れ大人になる物語でした。

物語で中盤に生命の誕生についての説明があり、わざわざその内容を入れている点や、身ごもっているナツコを助けに行くという進行にしたこと、宮崎駿監督の幼少の体験と照らし合わせると、宮崎駿監督は主人公や大叔父ではなくむしろ、後妻ナツコと父の間に生まれた幼子と捉えることができるかもしれません。(もちろん主人公や大叔父もそうかもしれませんが。)

主人公眞人がナツコの存在を受け入れ、赦し、助けることこそがナツコの子供を出生させることに繋がります。

この話は宮崎駿がこの世に生まれ落ちる少し前の物語。宮崎駿がこの世に生まれ落ちるための物語。この映画の後から宮崎駿監督の人生は続いていきます。

主人公の父と前妻が幸せに大往生していれば存在し得なかった世界。前妻の不幸の元に産まれた世界。それでも各々の苦しみと葛藤を乗り越え、受け入れられ、認められ、祝福され、存在を赦され、産まれた醜くも美しく尊い世界。そんな世界線に産まれた小さき者。その幼子は何にでもなれる自由を持っていて、とある小さき者“宮崎駿”は今やアニメ界の頂点とも言える存在になりそんな場所に生き続けている。

宮崎駿はこう生きた。それを今作を制作することで示し、さぁ『君たちはどう生きるか』というタイトルの観客への問いに繫がるのです。

みなさんこの考察どうでしょ?

明確に、ナツコの子供が宮崎駿監督かどうかというのはわかりませんが、そうではなくても、この映画の本当に伝えたいことは、様々な運が折り重なって繋がり産まれ落ちたその命を、私達は君たちはどう生きるか?という事だと思います。

そう考えると現在二分している評価がひっくり返りそうな、もう一度足を運んでみたいと思いませんか?

宮崎駿監督は今まで長いこと世間が求めるような作品を作り上げてきました。遺作になるかもしれないこの一作くらい自分の事を語る作品があっても良いと思います。

これは宮崎駿監督の遺言であり、芸術作品です。

きっと今の世間が求めているものを宮崎駿監督が作っても後世に語り継がれるものにはならないでしょう。この作品はね、今はきっと万人には評価されないかもしれないけど、私達が死んだ後、多岐に渡り、世界の文化・芸術の歴史に残りますよ。偉大だと思います。

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