エイプリルフール【下】
【真っ青な真実を想う僕の頭】
次の日にお店に行くと、そこには警察がいた。なんと、彼女は死んだとのことだ。
言葉は理解できても、実感できるとは限らない。
ただの客であった僕にわかるのは、彼女が自殺をしたということくらいだった。理由なんて結局わからなかった。
だけど、たまに見えたためらい傷は、彼女の危うさを表していたのかもしれない。
今となっては理由なんてどうでもいい。最後に会った日のことを思い出すだけだ。
ああ、そういえば昨日はエイプリルフールだったなぁ、なんてそんなことを考える。
僕に貸してくれた傘。
「私が出る頃には止んでるわよ」と言ったけれど、結局彼女の亡骸が運び出された時にはまだ雨が降っていた。
「大丈夫だから素直に借りてなさい」と言ったけれど、全然彼女は大丈夫じゃなかった。
「大丈夫よ」だなんて、君は大丈夫じゃなかったじゃないか。
「そんなすぐ謝る子、私嫌いよ」とか、本当は僕のことを少しは好きでいてくれたんだろうか。
「……またね」って、もう会えないじゃないか。
僕はただ打ちひしがれた。なぜ、なぜ、なぜ、あなたは死んでしまったのかと。
君の死はバラのとげのように僕の心臓に突き刺さる。
どんなに打ちひしがれても、僕と彼女は結局店主と客でしかないから何があったかなんてわからない。しかも、聞こうにも彼女の身内についてもわからなかった。
ああ、そういえば祖父の店を受け継いだってことしか聞いてなかったなぁ。
僕は君のこと、何も知らなかったんだ。
彼女の真実なんてわからないままだった。
それでも、若かりし頃の恋は思っていたよりも心に残るようだ。
あれから僕は何人かの女性と付き合った。しかし、結婚にまで至らなかったのはやはり君を一番の理想とするせいだろうなと思う。
君より危うくて、美しい、そしてバラのような人はいない。
思い出だからこそ美化されるのかもしれないけれど、結局君の年齢を超えた僕は独りのまま生きている。
「先生。めずらしいですね、うたたねなんて」
編集者が僕に声をかける。今日は打ち合わせのため、カフェに出向いた。
「ああ、昨日はあまり眠れなかったんだ」
何度目の4月1日だろう。毎年、「実は死んでなかったの」だなんて、君が笑いかける夢を見る。そんな質の悪い嘘を吐いてごめんね、と。
そして僕を抱きしめる。タバコのニオイと、ウイスキーの匂いが生々しくて、目が覚めた後も匂う気がするくらいだ。
結局、君の死に打ちひしがれて就活すらまともにできなかった僕は、しばらくアルバイトをしながら小説を書いていた。
そして投稿するうちに小説家として生きていける程度には名が知れるようになった。
「いや、先生にうちの雑誌で書いてもらえるなんて光栄です! 恋愛小説を書かせたら右に出るものはいませんもんね!」
何とも持ち上げてくる編集者だことだ。
恋愛小説というか、ある意味これまでの小説は僕が想う君の真実を想像した内容だ。
たくさん書いた。主人公の女性のシチュエーションや名前は変えて、君の真実を想像した。
何故、死ぬことを選んだのか。
どんなことに君が苦しんだのか。
本当のことなんて何一つわからないくせに、たくさん想像しては文字に起こした。
そんな僕の妄想が仕事になっているんだから不思議なものだ。
だけれど、こんなにもたくさん書いたのに君の死を受け入れらるような真実を書くことはいまだできずにいる。
「ではさっそく打ち合わせさせてくださいね」
「はい」
ああ、頭が痛い。昨日の夢を思い出す。
「ごめんね。もう、死なないから」
毎年、彼女はそう言う。そして僕は目を覚ます。
——それも結局、嘘じゃないか。
毎年毎年毎年、僕は君の嘘に首を絞められながら目を覚ます。
きっと、そのうち僕も自殺をするのだろうなと薄々感じている。
その時は僕も4月1日に嘘を吐いて、死ぬのだろう。
「次は、男性を主人公にしたいと思ってるんですよ」
「男性ですか? え、それって初めてですよね! 先生は女性の主人公ばかりで……」
編集者が露骨に喜んでいるのがわかる。そこそこ有名な作家が、それまでにない小説を書くのだから当たり前かとも思う。
「ええ。今回の主人公は男性です。死にたい男の恋の物語」
「死にたい男?」
「はい、死にたいんですよ」と、僕は編集者に笑いかけた。
今日は4月2日。嘘を吐けるのは昨日まで。
僕は、きっと、この小説を書きあげたら死ぬだろう。
そんなことを想いながら、最後の物語を頭に思い浮かべた。
——最期くらい、僕と君のハッピーエンドを想像した内容でいいだろう?と。
そうして僕は来年の4月1日を想いながら、君の真実を想像して文字を書くのであった。