花咲くカウントダウン【1】
【とある芽生え】
昨日から、左手がかゆかったのは覚えている。
虫刺されのように、ぷくりと膨らんでいたことも覚えている。
「まさか……」と、思わず僕はつぶやいた。
気づいたのは学校への道中。急いで学校に向かっている途中、引っかかった信号でふと見た左手。
なんと、昨日の虫刺されだと思っていた痕から、芽が生えていた。
文字通り「芽」だ。土から生えてくるあれだ。何ともこじんまりとした、つつましい芽が生えている。
でも、しかしいきなり、何でだろうか?
昨日と、一昨日の間に何かあるはずだ。虫刺されみたいな痕は、きっとこの芽が生える前兆に違いなかった。
「あ」
僕は気づいてしまう。それと同時に左手の芽はにゅるにゅると成長する。
まだ登校時間まで余裕があるにも関わらず僕が走る理由が、きっと原因だろう。
信号の向こう側には別の高校の制服を着た女の子。
僕は、あの子に、
「今日も可愛いな……」
一昨日初めて見かけたときに恋に落ちてしまったのだ。
もしかして、この芽は僕の恋心なんだろうか。だとしたら、この先恋をするたびに芽が生えてしまうのだろうか?と考えると、心臓がばくばくする。
そんなことを考えていたら信号が青に変わっていたことに気づかなかった。彼女が渡ってきて、信号を渡らずに青い顔をしている僕にちらりと視線を向ける。
「それ……手品?」と、驚いたように僕の左手に目を向ける彼女。近くで見ると、長い黒髪がまたきれいだなぁと感心する。
「え、いや、これは、その、そう……手品だよ!」
まさか話しかけられた驚きと、左手の芽をどうするかという動揺で声が震える。僕の動揺を表しているんじゃないかというくらい、芽が成長しようとうねうね動く。
「面白い手品ね、種はどうなってるの?」
「……種も仕掛けもございません」
いや、きっと種は君への恋心なんだ、とは言えない。どこのロマンチストだ! そして、ロマンチックも何もこれは僕に起きた現実だ!
「なんだか面白い人ね。確かその制服、高遠高校よね。友達が通ってるから今度文化祭行くんだけど、また会えたらいいね。そろそろ学校行くけど……文化祭で手品でもするのかな? じゃーねー!」
彼女は時計を見ると走り出した。
この恋心はともかく、手品の練習をしなければ!なんてどうでもいいことを考える僕であった。
(続く)
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