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クリスマスと日本文化

クリスマスを祝うことは日本文化として定着したと言って良いと思う。
半面、洗礼など「通過儀礼」を経たキリスト信徒は日本にはほとんどおらず、人口の2%程度とされる外国籍住民が信者の過半なほどである。

理屈で考えると、「日本のクリスマスは『邪道』」となりそうで、まぁそう思う人も一定数おられるだろうし、愚生の方は3歳の頃に「すくいぬしがうまれた」と伝えられ、たいした疑問ももたず気づくとすでに高齢者、このテーマで思い巡らしたのはたぶん初めてです。

まず、日本のクリスマスを思いっきり煎じつめると「陽気、カラフル、愛嬌があってかわいい」で良いと思うがどうでしょうか
これは「かつて『罪からの解放』を身を挺して実現した救い主がこの世に現れた、それを記念し再臨を待ち望む」という、愚生が「正統の神学」と考える物とピッタンコだと感じます。むろん、現代世界には質素に静寂の中で祀る文化もたくさんありましょうが、「陽気、カラフル、愛嬌」のキリスト教会もまた多数あり、しかも多数派(だから偉いということはまったくありませんけど)のように観察している。

それほどきちんと調べてもいないが、ごく最近になって「正史」のようなものを引いて編纂した「大日本史」のようなものを離れて、埋蔵史料や美術品、同時代の文学、とりわけ日記のようなものの印象では、いわゆる戦国時代より前縄文までずーーーと、本朝の文化は「陽気でカラフル、愛嬌があってかわいい」ものだったのではないだろうか?

という次第で、縄文以来の伝統として、「陽気、カラフル、愛嬌」の本朝文化がクリスマスするのはいわば普通であって、なんらかの「因果律」がつけいる隙もない。が愚説であります。


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