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父の小父さん

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#学童疎開

父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと16

父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと16

父のことを書き始めて約半年、この間、私の手元には、尾崎さんの全集や単行本だけでなく、尾崎さん関連の書籍や、東京大空襲にまつわる資料が増え続けています。中でも印象的な一冊は、葛飾区が発行した『戦後五十年によせて 永遠の誓い』という冊子です。葛飾区在住の戦争経験者の体験と、戦争を知らない中学生の、平和への思いを寄せた文集で(その巻頭に父の文が掲載されています)、この一冊から、私は学童疎開の実態を知るこ

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父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと15

父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと15

ここしばらく、父を襲った東京大空襲の不幸について書いてきました。父は「僕のことばかりじゃ、タイトルとたがわないか」と心配しています。でも、父が家族を東京大空襲で失ったことや、この後しばらく書き続ける予定の伊豆での日々の、その先に尾崎さんとの再会があり、そして、そして、と思うと、尾崎さん不在の時期を記すことは、本題からはずれてはいない、と娘の私は思っています。

でも、父を安心させるためにも、ここで

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父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと14

父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと14

父が家族の骨を持ち続けた話は、ずいぶん昔に聞いた記憶があります。でも、その骨、最終的にはどうしたのでしょうか。「しばらくは、いつもポケットの中に入れていて、手のひらに乗せて転がしたりしてたよ。辛い時は、しゃぶったこともあったなあ」。父母、兄、妹、その誰の骨かわからぬものではありましたが、父にとって一片の骨は、家族の象徴だったのでしょう。「心の支えだったんだ。でも長く持っているうちに、骨を持っている

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父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと13

父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと13

父は、辛いことがあると、頭がぼーっとして、頭痛が続くといいます。尾崎さんが亡くなった時、母が亡くなった時、同じ症状が出ました。発端は、東京大空襲で家族を亡くしたことにあり、そんな父の深い深い心の傷を、娘である私は、あまり感じることもなく、のんきに育ちましたが、それでも、それなりに生きてきて、ようやく最近、父の悲しみの片鱗を感じられるようになり、こんなふうに文章に残す作業を続けています。

東京大空

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父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと12

父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと12

人の運命というものは、あみだくじみたいなものでしょうか。この世に生まれるところから始まり、折々の岐路で選択しているような気でいますが、あらかじめ決まった道を我知らず進んでいるのかもしれません。東京大空襲の日、学童疎開していた父一人が生き延びたことを思う時、そんな思いにとらわれます。父が生き延びなかったら、母との結婚はもちろんなく、私も存在していませんでした。家族皆が助かったとしても、やはり、同じこ

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父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと11

父の小父さん 作家・尾崎一雄と父のこと11

父の一家が深川に引越しした頃から戦局が悪化、様々な統制とともに、学童疎開も始まり、慌ただしかった時期、尾崎さんの身辺では、尾崎さんの作家人生における一大事が起きていました。尾崎さんは、そのあたりのことについて、様々な作品で触れているのですが、ここでは『末っ子物語』から引用してみます。

昭和十九年、夏から秋に移ろうとするころ、大きな不幸が多木一家を襲った。ここ一、二年来、とかく不健康がちだった多木

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